第30話 辻の道で迷わないように
「はぁぁ……」
ドアにもたれかかり、ため息を漏らす。
心がちょっと追い付かないので、ふうっと一息入れて座り込んだ。
部屋にいるだけで宇宙を飛び越え、武市さんには殺されかけ、こうしてライレンと奇妙な約束まで交わした。リニアモーターカーで各地を巡る日帰り旅行みたいな気分。
あとは、この加速のまま紫雲山に乗り込むだけ。
天内源十郎を、強制的に心変わりさせれば……大願は起こり得ない。
アリカちゃんは悲しませちゃうけど、許してくれるまで謝る。
もう迷わない。
信じて踏み出したんだ。まっすぐ最短でいく。
それが私の、シロとともに選んだ道なんだから。
ん、警戒で敷いていた網に何かひっかかった。
けっこうな速度、走って向かって来てる。
好意的な不安、心配ってにおい……武市さん? いや—―
「メグ……!」
「うわっコウちゃん!? なんで、いんの?」
思わず立ち上がる。
携帯を片手に息を切らして、駅前からここまで全力で走ったみたいな汗をかいている。この時間は、大学で授業中じゃなかったっけ?
「なんでって……はは、ひでぇ言い方だな。でも無事か」
どういうこと? 昨日、炯眼を使ってコウちゃんの記憶は消した。
シロや私がどんな状態かとか、一日分すっぱり抜き落としたのを私が確認してる。疑われないよう昨日はお酒を自宅で飲んでたって思い込んでるはず。
「大学は授業終わったの?」
「ああいや、午前で抜けてきた。携帯さわってたら、メグとメッセージのやりとりが残っててさ。いちおう確認の電話やメールしたけど反応ないし、なんか嫌な予感がしたんだ。でも気のせいでよかったよ」
……マズったな。
本人に忘れさせるまではいいが、携帯とかまで頭まわらなかった。それに自分の携帯は病院に電話したあとバッグへ入れっぱなし。コウちゃんの電話に気付いてれば出ていくらでも言いくるめ出来たのに。
大学も早抜けさせちゃったし最悪だ。
「なんかバカみたいだな俺。でもメグの顔見れて安心した」
「そ、そう……」
「こないだの旅行は熱が出て残念だったけど、また行こうぜ」
「……うん」
みんなの予定合わせなくちゃな、って楽しそうにしてる。
その顔がとてもまぶしく見えた。
うう、コウちゃん、ほんと嬉しいんだけど、その、このまま帰るのはもったいないからもっと話したい! ってにおい全開で
今は、ちょっと、とんでもなく立て込んでるんだよ。
「メグ。もし平気なら、この後――」
「こっちは済んだぞ。中に入って服を脱げ」
ちょ、ライレーンッ!?
* *
あばば、あんた馬鹿じゃないの、馬鹿?
120%誤解するに決まってるでしょおおおお!?
私んちのドアから出て来て、そんなこと言ったらさぁ!?
「おい! いつ入った!? メグに何の用だ?」
「……本人に聞け」
ちょっ、こっちに助けを求めるな。あんたの失言でしょ!
ライレンの視線を遮るように、コウちゃんが前に立った。
大きな背中には溢れ出しそうな激情が渦巻いている。
ぶちぶちと、何か切れる音が聞こえてきそうだ。
「……てめえか? メグをひどい目にあわせたのは」
「そうだな」
「部屋で何するつもりだ?」
「嫁入り前の身体に傷を付けた。その責任は取る」
「や、やめてコウちゃん……! それ以上聞かないで!」
――ぜったい勘違いしてるから。
それにさ、ライレン?
わざとじゃないなら怒らないから、一度よく考えてみようか?
さいきん様子のおかしい私のことが心配で、息せき駆けてきて話してる時。部屋から知らない年上男性が出て来て『こっちで服ぬげ』『傷付けた責任は取らないとなぁ……』って言うとするじゃん。
コウちゃんの頭の中で、どんな図式が組みあがると思う?
……ね? 事実とはだいぶねじ曲がってるでしょ?
「メグは……化粧で隠してるけどケガの痕がある。二週間前、旅行に行けなかったのは熱のせいじゃない。俺たちにも言えないようなことが起きた。それが今確信に変わった! メグが家から出れなくなって震えていた時、俺は何も知らず遊んでいたんだ!」
そ、そこまで察してたから、より一層こじれてるのか!?
いろいろ想像より複雑だ。ああもう涙が出そうになる……ッ!
お互い嘘は付いていない。
ライレンは昨日戦った時の傷の話をしているのに、私の顔の傷を見たコウちゃんは、二週間前の話だと理解したのだ。もう私たちで勘違いを解こうとしても聞いてはくれないだろう。
「なるほど。よく辛抱したな」
「てめぇ……どれだけメグが苦しんだと思ってる!?」
「待って! 聞いて。この人は、私の傷を診てくれるの!」
「いや違うだろ、お前騙されてんだよ……この野郎は、メグの弱みに付け込んでる! 医者でも……接骨やスポーツの整復師でも無い。うさん臭さしか感じねえぞ」
「お願い! コウちゃん……信じて」
ライレンに向ける刺々しい敵意は、すでに煮え立つ殺意に変わりつつあった。殺したい、と思うことと実際に行動することには大きな隔たりがある。でも今……なにか精神に一石を投じてしまえば、感情が弾けて身体を突き動かすだろう。
それだけ危ういにおいを発している。
「何を信じればいいってんだ……! このゴミクズ野郎か?」
「私を信じて! コウちゃん」
「……ッ」
ぎりぎりと噛みしめた歯の音まで聞こえてきそうだ。
握りこぶしも、これ以上ないってくらい力が入ってる。まるで引き絞られた弓のよう。言葉かけでダメなら――いよいよ炯眼を使うしかない。
コウちゃんが正面から視線を外し、一瞬だけ私を見た。
がちり、とコウちゃんの中の何かが強く引っかかった。魂に混じるいくつもの意志や記憶の方へと比重が傾き、大きく揺らいだ感情を静かに引きずり込む。
その想いが、刹那の衝動を抑えてのみこんだように感じた。
すごい。チートなし、自分の精神だけであそこから立ち直るなんて。
「……ああ、そうだな。信じるよ。傷の手当ては部屋でするのか?」
「うん。ちょうど今から始めるところ」
「なら俺も立ち会わせてくれ。何もないとは思うけど一応……」
「それはだめ」
「おおぃ!? なんでだよ!?」
ライレンの施術はたぶん一般向けではないので、見られると困る。
どうして……コウちゃんを非日常から遠ざけようとすればするほど上手く運ばないんだろうか? もどかしいが嘘を言うわけにもいかない。
今度は本当に涙が出そうだ。ここまで心配して来てくれたコウちゃんに……苦しみや悲しみの顔しかさせてない私が、いやになる。
「理由は言えない。自分でも都合のいいことばかりだって思うけど。コウちゃんには言えないの」
「……はぁ、分かった分かった。もう信じるって口にしたからな。ここで終わるまで待ってる。それくらいはいいだろ?」
首を縦に振ってみせる。
私の同意を確認して、コウちゃんは道を開けた。
ライレンには相変わらず厳しい視線を向けたままだけど。
「話しはまとまったようだ。始めるぞ」
「メグ。少しでも変なことされたら俺を呼べよ」
「……ありがと」
「おいお前、メグに何かしやがったら、容赦しないからな!」
「安心しろ……男に引っ掻かれる趣味はない」
あのー、ライレン? さっきっからワザと煽ってないです?
また捉えようによっては紛らわしい言い回しを……!
い、胃が痛い……。
間違っても大声は出せないな。コウちゃんが来ちゃう。
まあライレンが
ライレンの治療。
肩の傷以外に……胃痛にも効くなら、そっちもお願い。
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