第27話 それぞれの正義
「あんたは昨日、現場にいた。ってことは三人をあざやかに殺してのけた犯人の仲間か、そうでなければ……その武道の達人を返り討ちにできるヤベェ奴のどちらかってことになる」
「わ、私は……」
「ああ別に折原さんに聞くことはないっス。尋問や暴力、何かする気もない。ただあたしが判別するだけ」
かちり。
私のアタマに堅いものが……押し付けられてる。
何かが回ったような金属音。
「今から拳銃を撃つ。この距離じゃ避けようがない。あんたの正体は、折原恵さんの身体を破壊したあとで調べるとするわ」
「えっ。あ、その……ちょっ。嘘! 嘘ですよね!?」
「そういういかにもな鳴き声とかいいから。引き金を絞るまで黙ってろ……5、4、3、2、1――」
がちッ。
拳銃から再び金属音がした。
鉄を叩いたような……そんな音が頭に響く。
弾は入っていない。ただ引き金を絞っただけ。
殺す気はないのは、漂うにおいで分かってた。
何かを試したんだと思う―—私の反応をみるため?
でもめちゃくちゃ怖かった……! 殴るふりだけでも身体がびくっと震えるように。後ろから拳銃押し付けられて撃つ真似されるのは、心臓に悪すぎる。
あぶない、また漏らすところだった。
「死を連想させたが反応なし。事前の聞き取りで事件関与の際、本人の意識があったことから、変異型や潜伏型のうち特質以外の該当なし」
「……」
普通だったら一生知らないような単語ばかり耳に入る。どうして私ばっかり、こんな目に遭わなきゃいけない!?
ああ、くそ。
この状況。
シロがのんきに寝てるんだ。取るに足らない事態ってことだろ? 私だって鼻唄混じりで切り抜けなくちゃ。少なくとも、武市さんは私を殺す気はない。今すぐには。
別に、目を合わせられなくたって……炯眼は差し込むことはできる。
せいぜい片目片手で針に糸を通すくらいの難解さ。手探りで気を張るし、時間はかかるけど、だいたい感覚は掴めた。
「――なんで音声わざわざ開くんスか? 保険? 別に遅れは取らないっスけどねぇどんな奴が出て来ても。……《寄生Ⅱ型》か、《託卵待機》のうちのどれかです? ならもう完全に判別するには、心臓が止まった直後の反応を見るしか無いっスよ……はい。え、そこはどうにかなりませんか?」
なんだ? 無線で連絡を、というか会話まるごと始めから筒抜けだったのか。なら武市さんを操っただけじゃなく、後から来る警察まで含めた対処しないといけないじゃん。
……ほんと面倒だな。
警察もそうだけど、武市さんが。
私が何か命令を飛ばし、違和感をおぼえた瞬間、撃たれる気がする。次は本物の鉛弾だ。にもかかわらず引き金が軽いというか……迷いが無い。
いまだ憎しみと敵意のにおいを発している。
そして、ああ。どうしたらいいんだ。
いま繋いだから分かる。この人からは……。
「あんたのその姿が、擬態じゃないってことは分かる。……でもこれだけは先に言っておくわ。仮に、誰かを殺したり、その女性の姿を――誰かの目を欺いたり、油断や
悲しいにおいがする。
大切な繋がりを断たれたにおい。
自分より大切なものがあったとして……それを奪われたような。
「あの……私、どうなるんですか? いったい何を」
「あ? ああー、検査は終わりました。あとは……え? 陽光? 部屋には普通に光が差し込んでますよ? ああ、そんな特質もいるんスねえ」
武市さんはまだ何か無線で向こうと話をしている。
手を押さえつけている力は変わらないけど……彼女の精神は緩んだ。
なにかこっちがヘマをしない限り、差し迫った場面とはいかないだろう。
ただ、私の心は落ち着いている。
武市さんの精神を繋げて握ってるっていう余裕もあるしね。
ミスのしようがない。何をどうされたって、動揺しないんだから。
「……に、においっスか? 別に……いや、スゲーいい匂いっス」
か、嗅ぐなああああぁぁぁぁぁッ!?
何してんの!? 変態……ッ! その、くんくんすんすん止めろ!
ちょっやめっ……やめて。本気で嗅がないで……。
「た、武市さんっ!」
「ああっと、失礼しました。すみませんが、いま許可待ちなもので拘束は解けないんです。……折原さんは自分の身に起きている、常識を超えた現象をある程度理解していますね?」
「……はい。完全には分かってませんけど」
「正直に言います、折原さん。その身体、あるいは精神に混ぜられた異能は……あなたが何者かに利用されている証ですよ?」
私の中の炯眼がゆらめく。
動揺や疑いの類じゃない、込み上がってくる怒りが反応している。
いま何て言った? シロが、誰を、利用しているって?
それは聞き捨てることのできない言葉だ。私たちの進む道を暗く閉ざし、絶望へと追いやる言葉だ! この人は、私の信じるものを馬鹿にしているぞ。
҉ ҉
「……っは? う、腕が、動かせない?」
「さっきの言葉、訂正できるようにあえて喋れるようにだけしました。武市さん? 何か私に言うことはないですか?」
「催眠術、それも
そういう反応は期待してないんだけどな。
まあ分かってないならいいや。悪意はないんだしね。
掴まれてた腕を外し、炯眼で縛り付けてある武市さんの周りをゆっくりと歩き、後ろを取った。武市さんは中途半端に屈んだ格好のまま止まっている。
自分の胸を押さえつけてて、ずいぶん煽情的だな。
さて、どうしてやろうか?
「なにをしてるバケモノめ!? 始めから指示通りにするんだった! その力はもう折原さんから外せない。切り離したり分けたりできないんだ。これ以上犠牲が出ないうちに、あたしが殺してやるッ!」
ふう。武市さんの方が私よりいい匂いしてるじゃないか。
それにいろんな感情のにおいも振り撒いている。
自分を信じているにおい。正義のにおいってやつを。
そうだ。悪意を持って大願を果たそうとする人たちを……私はどうなっても止めようって思ってた。この気持ちは、打算や暗い感情から来ているものじゃないと100%信じられる。だけど武市さんにとっては私が紛れもない悪なんだ。それってなんか——やだな。
「……」
「え、動け……る?」
武市さんが跳ね起きるようにして振り返り、拳銃を向けた。
ぴたりと狂いなく私の顔に標準を合わせる。
「時間切れか? それとも何か維持する条件があるの? ……なぜ何もしない? 危害を加えたり、逃げたりはできたはずだ」
「私は……武市さんを傷付けたくはありません」
「そりゃお気遣いどーも。なら痛くないように一瞬で終わらせるっス」
目を閉じる。
炯眼を通して武市さんの精神が手に取るように分かる。
私を推し量ろうと、迷いがてんてんと染みを作っていた。
「その赤い目。誰に渡されたんです? 自前じゃあないでしょう?」
「……」
「あなたが暴行されたのは……本当に不幸な偶然だと思います。加害者の供述や精神状態に、その赤い目が関わったフシはない」
「なにが言いたいの?」
「あたしじゃ、折原さんを助けられない。その無力さに腹が立ってるんです。あたしの今していることが……どれだけ残酷で理不尽なことかも……あなたは何も悪くないのに!」
武市さんの迷いが薄れていく。
信念。自己利益。責務。正義感。仕事。怒り。
—―最後に残り、優先するのはどれか。
「武市さんが気に病むことはないですよ。それに、もう拳銃を撃つことはできない。この炯眼の力じゃなくて、あなた自身の心が決定しようとしている」
「そんなことは、考えてない!」
「……紫雲山の源処寺。そこの天内源十郎、という人物が怪しい企みをしてます。いろんなものを巻き込んだ何かを。私は彼らを絶対に止めなくちゃって思っています。だから死ねません。死にたくないです」
私だってただ炯眼を見せたワケじゃない。
武市さんに必要な言葉を、逃げ道を作ってやれば……それだけで私に何かしようとする気は失せていくことは理解した。
利己的な考え……最も重視するものはそれだ。
あなたは最後の最後に《私情》を選ぶ。それが武市さんの魂の癖。
「へえ、情報提供ってわけ? そっちを辿れば、あたし達が抱えている事件が解決に向かうと? だから見逃せってか……悪いけどそれは警察に通用しない」
「私はあなただからお話ししたんですよ? 武市さん」
「……そう。話したいことはそれだけ?」
頷いて、顔を向ける。ほんの少しの間お互いに見つめ合う。
武市さんの私情は好ましい。私にとって甘っちょろい、ずるさをあまり感じないにおいがする。
スッと銃口が外れ、拳銃はホルスターに淀みなく収まった。
イヤホンから伸びた無線を何回かいじって、武市さんが応える。
「……捜査協力、ありがとうございます。折原サンが裏の犯罪に手を染めたりすると、その辺がまた出張ると思いますが、普通に過ごしている分にはだいじょうぶっス」
「た、逮捕とかしないの? 罪に問われたりは……」
「その異能を使っても逮捕したりは出来ないですが、あたしを含めた誰かが
玄関口で軽く敬礼する武市さんの姿を見送り、床にへたりこむ。
息が上がる……万全な調子じゃないのに炯眼を使うとこうなるのか。病み上がりに遅れた分の保育園だより急いで打ち終えたみたいな、頭の疲労がじくじく広がってるよ。
でも、なんとか切り抜けた。
紫雲山の連中に、あの敵意……いや、正義の情熱が向かってくれれば、少しはこっちがやりやすくなるかもしれない。警察の捜査や介入まで望めるなら、混乱に乗じて天内源十郎をなんとかする目も出てくる。
つ、疲れた。
もうずっと一日家でゴロゴロしたい気分。
……やらないけどさ。
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