第24話 白:まっさらなその先へ




「わう」

「……シロ」


 どうにか返事は出来た。

 吸った息が肺に行き渡らない。口の中がまるで砂漠のよう。

 何度も何度ものみ込むようにして、ようやく一息つく。


 戻ってこれた、のか。

 ここは私の部屋だ。朝陽をカーテンで遮っていたのに、全身が汗でぐっしょり濡れている。涙やよだれ。いろいろと零したり垂れたりしているな、床に。そんな粗相をぼんやりと見ている。それくらい私は……あの最後の光景から立ち直れずにいた。


 あんなのに、勝てっこない。


 いまや私が門であり鍵だ。大願を果たそうとする連中が私を追い詰め、この世界と向こうを繋げてしまうだろう。あんなおぞましいものを――私が呼び込むのだ。他でもない自分の起こした行動が原因で!


「……」


 心配そうに、灰色の瞳が私を見つめている。

 本来なら寄り添って、私の手に触れようとしたかもしれない。


 でも、近付いては来ない。私が信じなかったせいだ。

 この距離は、私がシロを疑った不信の距離。


 宇宙のどこかにある緑の星に、シロの身体はあった。

 魂が割れてしまったからか、あの白い銀河の影響は薄いようだったけど……周りの全てが操られ、意思疎通ができない中を生きるというのは、どれくらいの孤独なんだろう?


 だけど戦っていた。

 星向こうのシロも、今ここにいるシロも。

 ……その意志は、疑いようのない魂の色を私に示している。


「シロ」


 その命の揺らめきは、消えかかっていた。

 炯眼というにおい付きの足枷さえ無ければ、シロはどこまでも逃げられる。

 ライレンならすぐおおよそを悟り、私の方にすべての矛先が向かうはず。


 責任は取らなくちゃいけない。

 

 まだ大願を止められるんだ。

 私の中の門と鍵を……壊しさえすれば。

 炯眼で自分の精神を砕く。上手く出来たなら折原恵としての精神は原型を保てるかもしれない。それを私と呼べるかどうかは疑問だけど。

 でも、シロが眼で伝えてくる。止めて欲しいと言っているように。

 シロが望んでいないなら、それが最善じゃないんだきっと。

  

 もう疑わない。

 この炯眼を預けたのも、緑の星まで私を通したのも、自らの打算や身勝手から出たものとは違う。最悪を避け、希望を繋ぐためのもの。心からそう思うことにした。

 命をかけて大願を阻もうとしてるシロを……信じる。


 私は掴んだ。大願とは何かを。

 鍵と門が誰なのか、どんな意味があるのかも。


 別のかたち……シロや私が望む解決策。それを探そう。

 足掻いて、やるだけやって、どうしようもなくなったとしても。目指した光、その先へ手を伸ばしていたい。少なくとも、この距離を埋められないまま終わるのなんて――お断りだ。


「シロ……疑ってごめんね」


 両手でそっと抱きしめる。

 シロも私を慰めるように顔を寄せてくれた。

 偶然と不幸があり、魂が剥離した……似た境遇の私たち。

 大願を起こしちゃいけないものとして、私たちの意志は重なっている。


 ゼロから――いや、私が信じなかった分だけマイナスからの再出発。こんなもんじゃ終わらせない。もっともっと、考えつかないような希望を掴むんだ。私たちで!


「よし! お風呂入ろっか、シロ?」

「……わう」

 

 前と違い、シロが嫌がらずお風呂を受け入れている。

 だったら差し引きで……ギリギリ1からの出直しかな。

 

 心にをともせ。

 友だちといく旅行の前日、偶然ふりかかった不幸。私は隣で、ただ壊れていく自分を眺めていた。

 冷たいシャワーの温度を思い出す。むせかえる湯気の中、だいじょうぶって何度も言い聞かせて、震える身体を洗っていたあの時と同じ。もう一度。あの時の私は元に戻ったし、いまも戻ってこれたんだから。


 ここから目指す。絶望と最悪の先を。


 そのために私はシロが必要で――シロも私を必要としてくれている。 

 ならきっと大丈夫だ。後悔しない。

 この気持ち……私の意志がある限りあがき続ける。




 あ、部屋を片付けないと。床もキレイにしなきゃ。

 私の未来。その先へ……あと、女の子の尊厳のために。





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