第22話 Верный ②




『この場所なら赤い力を使っていいよ。宇宙を漂っていた時くらいならね』

『使うわ……遠慮なく』


 炯眼を燃やし、魂を染め直す。

 揺れていた気持ちを抑え、嫌悪感をぷちぷちと潰していく。


 薄気味悪いタイミングの声掛けだな。

 まるで転ぶのが分かっていて、元から差し出されていた手のように感じた。

 その親切にがあるのかと邪推してしまう。

 マジで、本当に……裏はないんでしょうね?


『ここからはガイドなしだ。好きに見ていって。じゃあまた』

『ちょ、ちょっと……! どこに』

『すみずみまで見て回ろうが、まっすぐ向かおうが、どうせそこに辿り着くのさ。歩いても、どんなルールや乗り物を使っても、双六すごろくじゃ上がれるようになってるだろ?』


 白い建造物の中。白い部屋。バカでかく開かれた空間。

 未来の図書館? ふいにそんなイメージが湧く。

 ……そこで放置されるように、案内役の気配が消えた。


 見渡す限りに、区画された棚のようなものがあり、巻物やよく分からない金属の板が規則正しく並べられている。びっしりと棚に刻まれた文字は一つも読めない。

 その高さと言ったら……アーチ型の天井まで続いていて、わざわざそこまで積む必要のないってくらい敷き詰められている。そびえ立つ姿は石碑モノリス、あるいは墓標にも見える。さっきまでたくさんいたこの星の命……がこの建物からはほとんど感じないからそう思えるかもしれない。

 

 いまそばにいないだけで、他の区画……近くにはいるな。

 這うようなスピードで移動している。この星の、知的生命体……宇宙人?


 どんな姿だ、確かめるか?

 そして……それは取り返しがつく行動なのかどうか?


 そもそもがおかしいんだ。私の置かれた状況は。

 自分の魂に目隠し――をさせたのは、異星の情報や機密事項を持ち帰らせない、みたいなものだと思ってた。


 むしろ、


 街並みや日常よりも、この図書館……よくわからない大げさな装置、何のために存在しているのかしらん突き出しただけの柱。研究施設までとは言わないが、膨大な情報と機密を備えたこっちの方が。


 案内してもらって悪いが向こうの意図が少しも見えない。


 この立ち位置で一番、私がショックを受ける状況はなんだ?

 自分の価値観が崩れて、取り返しがつかない場面は。


折原恵オリハラメグミ、お前はこの星で生まれた宇宙人だったんだよ!》

《大願とは一人残らず行う救済。つまり我々が地球人を絶滅させることである!》

《キミはその尖兵なのだ! その炯眼で地球人の精神を灼き尽くせ!》


 的な感じか?

 おっほ、ふぅ。なんだそれ……在り得ないだろ。

 私は地球生まれ地球育ち、この星の人も、野蛮とは程遠い精神だったし。


 空中をふよふよと漂うように進む。

 この次の区画の向こうで、いくつか生命が活動している。


 ――すぅ、はぁ。――すぅ、はぁ。


 いま私が吸っているのは酸素じゃない。

 しいて言うなら、強い気持ちを満たすために呼吸をした気でいる。

 意を決して区画から同じ場所へ出る!







 地面から脊椎が巻き付いたような円錐体の螺旋。鎖と鱗模様の頂点には二つの腕。二つの頭。精神の中で見たシロと似た姿……の三体が、ゆっくりと木の根を動かして歩行している!


 口のひげ根が金属のペンを器用に操り……赤いハサミで金属の板? のようなものを持ち、しきりにペンを板に押し付けて何かを描いていた。


『……。 ……?』

『……。 ……!』

『……! ……。』


 しゃべってるのかこれ。会話もシロと似てる。

 顔? どれが顔かは分からないが……他の誰かに向いてない。全員が金属板に集中しながら独り言をつぶやいている。すぐ横の浮かんでいる私に、気付きもしない。


 もし棚に敷き詰めてあった巻物が、私のイメージ通りのサイズなら、このシロと同じ種族たちは2メートルちょっとくらいの身長だ。あのホースのような首を垂直にすればもう少し高いだろう。個体によって、多少体格と模様の色素に差異があるが。


 人がiPadでなにかのアプリを延々とやっている、ようにも見える。

 シュルシュルと頭部のひげ根を波立てながら……光のペンが板を細く溶かし、何らかの象形文字を書く。文字は一瞬で消えてなくなり、板も元に戻る。さらにそこに文字を走らせている。


 移動もただうろうろしているだけ。歩きスマホとそう変わらない。

 どこか上の空と言うか、ちょうど……なんというか、誰かと電話しているって感じが近い。


 ペン先は淀みなく動いている。考えて書いているってよりも、すでに知っている物事や知識、を黙々と描いているような感じだ。私でいう数字やひらがなをエンドレスで書いてる、みたいな。

 完成したら、あの棚に保管されるんだろう。金属の板はどれも外見が均一で、どうやって検索し取り出すかは知らないが、それがないととんでもなく非効率だし。


 これは仕事の類なのか? 各種族ごとに、決められた仕事をこなすような。

 まあ、私にとってはどうでもいいことだ。肝心なのは――


 この知っているにおいの先に、私の望むものがあるかどうかだ。


 区画から通路を抜けて次の区画、その奥へと向かう。

 同じ大部屋の空間ではあるが、薄い壁で隔てられた……対話室? 

 その一室に、においが続いている。


 さっきよりは躊躇いなく、ただ意識を伸ばして辿り着いた。

 なんとなく、待っているのものに予測は出来ていたから。


『やあ、さっきぶり』

『シロ……!?』


 まるで優雅に会釈するように、ラッパの管がくるりとねじれた。

 その模様。爪や螺旋の色彩……間違いない。精神世界で見たシロの姿だ。


『シロ……ねえ。はたして返事をしていいものか』

『じゃああんた? もうこれ以上、シロを疑いたくないわ』

『ああいや答えるとも。何と言おうか迷っていた。キミの知る精神体、と厳密には違うからね。シロとは――剥離してしまった私の……魂のなのだ』




 *  *




『ほほー、すんなり受け止めたね? この姿もそうだが……私の想像よりも、シロとは縁が深く、長い付き合いなのかな?』

『まだ会って数日よ……でも、ちょっと別の部分で納得しただけ』


 私の心は砕けていた。

 剥離していた私がシロを見つけて、家に連れ帰ったのが最初。

 あの時……放っておけないと強く思ったのは、と思ったからだ。助けて欲しいと、私もシロもお互いに手を夢中で伸ばして触れたような、そんな偶然。

 それがここにきて理解できた。 

 ……シロがこんな軽く話す性格とは知らなかったけど。 


『いま話している私は、陽気で魂の軽い部分――ユーモアのある私。キミといたのは重くてシリアスな私だと認識すればいい。ある時キミのように青い星へと精神を泳がせて知識を蓄え、自分の身体に戻ろうとしたとき……ちょっとした偶然と不幸があり、私とシロは剥離した。もう元には戻らない』

『そう……あんまり悲観はしてないのね。どうりで単語とか言い回し、地球への理解があると思った』

『キミは、日本ひのもとの人だろう? においで分かるよ。懐かしい……私も日本人……ええと、違う。日本に長く滞在していたことがあるんだ。下間しもつまのおいえは息災かな?』

『シモツマ?』


 ん、なに?

 誰かの苗字? それとも地域……ピンとこないな。


『ああ、ああ! そうだね、とうぜん代替わりはしているか。キミの識る暦で言えば……500年近くは経っているものなあ。しかし珍しい。青い星からの客人、それも、シロに縁がある人間は』

『余計な話ならいい……あなたがもう一人のシロだということは分かった。いまは一つよ。私の星で、《大願》という何か大がかりな災厄を起こそうとする奴らがいる。それを防ぐ方法を知りたいの』

『なるほど《大願》……どういうものかは知っているのかい?』

『いいえ。でもたぶん、世界的に甚大な被害が出るものだとは思っている。例えばこの星の住民が私たちの星を侵略する気があるなら、それも大願ね』

『侵略? 侵略だって!?』


 からころからころ、とシロの身体が鳴った。

 ラッパの部分か腕の爪から出た……笑い声?


『あはは。それは無理だね。お嬢さん。我々がこの星を出ることはない。正確に言えば、キミのいる宇宙へ物理的に干渉できないのさ。キミと私のいる宇宙は別物……お互いが物理的に干渉、観測できない領域なのだよ』

『え? ……どういう意味?』

『ああー、うん。そうだね……宇宙はだと思ってくれればいい。二つの泡から始まり――いまは八つかな? すべての宇宙は加速膨張、ふくらむのを続けているが、そのお互いに重なり、くっついた泡の層の向こうへ行くことは出来ない。例えばキミがした精神のみを飛び越えさせる方法や、《星渡り》でもすれば可能ではあるが、我々のはありとあらゆる魔術や呪いを識ってはいるものの、その類が


 支配者?

 王様とか大統領とか?

 

『はは。キミの世界でいうと……信長、はちょっとアレだし……あんまりいないな。ああ、エジプトのファラオが割と近いかな? 知識に貪欲な方でね。本を取り出し、読み終えたら元の場所に戻し、次の本へ、みたいに尽きることのない知識欲を持った方だ。蔵書を蓄えて次々に増設していく図書館そのものって感じの』

『へえ。じゃあここも王様御用達、ってわけ?』

『だと良かったんだけどね。そうしてもらえるよう施設は拡充させ続けているよ……さて《大願》について話そう。もっとも、今の話も無関係というわけじゃない』


 無意識のうちに身構えていたのか、

 シロがリラックスしよー、というように首をくにゅりとしならせた。


『大願とは……つまり我々の支配者に触れるということだ。キミの星では、それを試みようとする動きがあるようだね』

『え? あの、それだけ?』

『そう、それだけだ。大願が何か、と言うのは最後の最後で伝える機会を作るよ……防ぎ方もある意味で単純明快だ。王への接触には、門と、鍵が必要になるからね。というかシロから何も言われてないのかい? ここに来る前に、絶対に会っているはずだが』

『門と、鍵……シロが何かを伝えようとしてたんだけど、私には理解できない言葉だったわ。なんとなく、心配してるようだった』

『なるほど、ねえ。それは……相当にマズい状況だ』


 目の前のシロから、私に対して好意的な部分が薄れていく。

 冷たさを感じる……。かわいそうなものを見る眼と、どうなろうが別に構わないって気持ちが垣間見える。


『もう言語も操れないくらい弱っているのか。そしてそれは私ではないシロが望んだことだ。そのカチコチの意志を感じるよ。《大願》をどうにか止めようと血を吐き続けている……クソまじめな観測番ウォッチドッグめ』

『すぐに何とかするわ。門と鍵。それを向こうに渡さないようにするか、壊すかすれば《大願》は起きないのね。……どこにあるの?』




 ぎぎぎっとシロの赤いハサミが私の後ろを指差した。

 意識をそちらに向けたが、薄い区切りの板と……その奥には白い壁しかない。

 シロの方へ振り返る。




『鍵はキミだよ。門も……キミだね』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る