第21話 Верный ①




 星々の輝き……これは何だろう?

 まるで宇宙。流れ星や隕石のようにいま精神世界を渡っている。

 炯眼が染めた赤い魂。それが私。


 長く続く白いもやを抜けると、そこには宇宙が広がっていた。


 ……たしか星雲って言うんだっけ。波長の違う光を受けて、虹色みたいな色彩になるっていう。あれ、銀河かなそれは? どっちにしても太陽の光を反射して……色とりどりの閃光を放つもの、だと思う。


 はるか向こうに、太陽が見えた。

 星や銀河との距離は、天文学的な開きがあるんだろうな。何千光年とか。

 太陽は真っ白く輝いていて、なんかイメージできる太陽とは全然違う。熱いとか寒いとかが無いから一安心だけど。地球から見る時とは……まるで別ものみたいだ。


 ふいに引力を感じた。

 自ら進む意識から、別の方角へ向く曲線の意識に。


 近くの惑星に引っ張られているみたいだ。

 意志を感じる。この場所に、ライレンが見ていたものがあるのか?

 ……地球じゃない。大陸の点在する緑と……海まで緑の――


『おや珍しい。青い星からかね?』

『うぁーわわ! 誰!? あれ? どこ……』


 耳もと、というか魂に直接響く距離で声がした。

 あたりを見回しても、ただただ果てのない宇宙空間が広がっている。

 さっきよりは離れたような、少し小さくなった声が面白そうに笑った。


『んん、笑いごとではないか。私の星に用事……それも、何やら重苦しそうな感じがする。おっと、失礼を重ねるけど挨拶は抜きだ。キミはかなり……でそこにいるけれど、外なる星からの侵入者だということにかわりはない』

『し、侵入……あ、えっと違、くはないかもですけど、自然に引き寄せられて』

『ほほー懐かしい。知っているよ《盗人はよくしらを切るもの》だってな。星にはもついていないが、はいどうぞ、と通すワケにはいかないんだよ。赤い狼のお嬢さん』


 青い星、ユニーク、盗人、しらを切る。……それに私のことを狼と。

 姿もにおいもまるで感じない、でも、向こうはずいぶんこちらの文化に詳しいみたいだ。


 話しが通じる。

 もしかしたらジョークすら通じてしまうかもってくらい気安さがある。

 翻訳や単語とか、どうやって会話が成立しているかは知らないが。


『私は知識を得たい。大変なことに、ならないために』

『それで? キミは大義名分を得て、私たちの星に踏み入るわけだ』

『……必要なら。でも迷惑はなるべくかけないようにします』

『キミと言う異物自体が、迷惑になる可能性は考えなかったのかな?』


 うう、もっともな正論がちくちくと心にくる。

 一方的な欲求、それも、向こうからしたら私の要望は、本当に失礼極まりないものだと思う。


 


 じゃあ帰るのか? 何も得ずに帰るわけにはいかない。

 シロの制止を振り切った上でここに来ているんだ。


『まず大切な人、次に知らない人だ。優先は生まれます……あなたを知らないんですから』

『なんと傲慢で、欲深い! そして……色んなものを我慢して生きているのだな。お嬢さん』


 さらに星へと引き寄せる力が強くなった。

 もう自分で遠ざかることは難しいかもしれない。


『キミの意志は了解したよ。それが識りたい、という欲求である以上、私は協力しなければいけないのだ。しかし、キミという存在を星に持ち込むとなると……さて、どうするかな』

『難しいですか?』

『いや、どちらかと言うとどう責任を持つか、と言うところだね――そうだな。キミの燃やしている赤い力。それを私がいいという場所まで、ゼロに近い最低限にセーブしてもらう。それが条件だ……呑めるかい?』


 

 それなら感覚的に出来そうだ。目力を弱めるって感じ。

 少し眠たげに目尻を下げるイメージを作る。


『これくらいでいい?』

『え? ああ、うん。ちょ、ちょっと……なんで信じたの? 誰かも分からない存在の前で、兜や刀をすべて預けたようなものよ!? 嘘や不意打ちとか考えないの? この星や私のこと、何も知らないのに!」

『その言葉と動揺が答えね。結果論にはなったけど』

『――ごまかさないで教えて』

『あなたは……私の文化を知っている。もう少し言えば……最初の一言で私が驚いた時。あなたはほんの少し距離を置き声のトーンも下げたでしょ? それがとっさの思いやりでやっただと感じたから……信じようと思えた。まぁいま、疑い始めたらキリがないってのも大きいかな?』


 私の意識に、薄いもやがかかる。

 フィルターみたいなものが、幾重にも被せられていく。

 。でも、これがどんな意味を持っているのか分からないが、信じたからには受け入れよう。


 おかしな話だ。


 数日間いっしょに過ごしたシロを疑っておきながら、得体のしれないものを信じるだなんて。

 あるいはただ、都合よくすがろうとしているだけなのかもしれない。

 私はいま、何も掴めないまま溺れているのと変わらないんだから。


『キミの信頼が、なにを重視するかは承知した……その辺もおいおい応えるとして、まずは私が落ち着けるところまで案内するよ。質問も随時受け付ける』

『じゃあひとついい? ……ここって宇宙のどこら辺?』


 太陽系からは離れた惑星なのかな。緑色の星なんて聞いたことが無い。

 影も形も見えない案内人は、いたずら心たっぷりという風に答える。




『キミの知らない宇宙だよ。あそこに見える太陽も……キミの知らない太陽だね』




 *  *




 暗闇の中……案内する声の方へ意識をスライドさせていく。

 たくさんの生きた精神が、そこら中で絶え間なく活動している。

 炯眼の力をセーブした状態だと生き物の場所くらいしか見通せないな。

 壁や建物っぽいものはあるみたいだが。


『ここは?』

『キミの世界で言うところの都市さ。賑わっていると感じるかな?』


 確かに人……魂は多い。

 東京の主要都市並みの密度はある。

 どちらかというと京都? 移動が区画ごとにきっちりしている。


 ただ、私が昨日今日、炯眼で家の周りを見たような感情の揺れた奴はいない。

 怒っていたり、不安や期待といった起伏がぜんぜんないんだ。


 ふいに空から生き物が落下し、地面の誰かを捕らえて急上昇していった。


『ああ! 上に! 上に!』

『ええと、うん。タクシー。いや人力車かな? キミの世界だと』

『タクシー飛ぶの!?』


 空に意識を向けた。

 鳥の大群、といった数の何かが、地上の生き物を掴んで移動している。


 何も持っていない者もいるようで機能的にはタクシー、と言われればそうかも。

 地上と同じく、道路みたいに決まった道でもあるかのようだ。

 たなびく帯状に伸びた空路の射線に、ひときわ大きな魂がみえた。


 でかい……大きさを比較するならバイクと……空を泳ぐクジラくらいあるぞ!?


 悠然と、鳥の群れ(?)の参列へと飛来してくる――!

 ぶつかる? どちらも飛行の速度は緩めてない。


『危ない! あれは? このままだと事故に……!』

『うん飛行機だね。乗ったことあるでしょ? 旅行とかでさ』

『いやいやあるけど生きてなかったよ飛行機はッ!?』


 すれ違うように交差して、お互いに見えない道を飛んでいく。

 大きな飛行機クジラも、よく観察すればたくさんの魂を運んでいるのが分かる。

 一糸乱れぬ航空ショーみたいなやりとりが、空中で何度も繰り返された。

 これが、この世界の空での日常、らしい。


 知能を持った多種多様な種族が……争いや悪感情も一切無く共存している。

 私の世界では同じ人種が憎み合い、負の歴史を堆積させ続けているのに!


『気分はどう? 酔ったりはしてないかい?』

『かなり……驚きの連続ではあるけど、大丈夫、だいじょうぶ』

『……驚いているのはこちらの方だよ』

『なにが?』


 少し間が開いて、案内役がつぶやきを続ける。


『盲目の人が誰かに手を引かれて歩くのは……混じりのない信頼があるからだ。ほんの少しでも疑ってるのなら、進む道を誰かに任せたりはしない。未知なる場所であっても自分の足で確かめて進むだろう。

『別に疑いなく信じちゃいないわ。どうも……あなたからは私を一方的に信頼している感じがする。薄気味は悪いけど、あとで説明してくれるんでしょ? なら今は、信じてくれる気持ちに応えたいって思うだけよ』

『それは責任重大だ。しっかりエスコートすることとしよう。……幾重にもフィルターを掛けたけれど、この街はどうだい? どう瞳に映った?』


 行く道では、魂が寄り添ったり、急ぎ足でどこかに向かったり、たむろしたり、立ち止まったかと思うと空へ連れて行かれたりしている。私のいた世界と全く異質なもののようで……平和な街、という点において、実のところそこまで差はないような気もしてきた。


『この街の生命には不安がない……知性はあるのに、それを感じないんだ。犯罪とかも少ないんじゃない?』

『加えて交通飛行事故もだねー。キミの世界で言うなら人間とイルカと耳で空飛ぶゾウが、お互いに利を与え合い共存してると思えばいい』


 うぅん、すごいな。

 頭のおかしい……欠損した魂も見つからない。私みたいに傷付けられたり、虐げられたりするような陰りが、本当になくなった世界。私のいた日常にも、こんな夢のような未来がいつか訪れるんだろうか?


『まるで天国か……楽園のよう』

『楽園? ハハ、そいつはいいね……おっと、そろそろ到着するよ』




 においがする――。

 

 知っているにおい……

 来たばかりのこの星で、なんで




 なんだそれ……どういう……



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