第13話 The Hanged Man
人通りの少ない路地に、動く影がひとつ。
慎重さと油断なく周囲を伺っている用心深さが読み取れる。
つい口端が歪む。
数の優位を戦力ではなく、私の索敵……発見にわざわざ割いてくれるのか。
好都合だ。一人ずつ各個撃破といこう。
この瞳は多人数で同時に押し寄せられると対処できない。洗脳――いやええと書き換えや命令も、順番があるし実行時間のラグがあるからな。
男は辺りを見回しながら歩いていき、そして通り過ぎる。
なめるように背中と……首に狙いをつけて観察し結論を出す。
武装や着込みは背中まで。狙いは首後ろ。
一撃だ。朝まで横になっててもらう!
家と家のすき間。猫が通るような塀から身を乗り出す。
踏み出す一歩に音は無かった。二歩目の跳躍にも、音は無く。
打たれたことさえ気付かれずに、男は意識を断たれる――はずだった。
塀から飛んだ瞬間、男は身を翻し私に持っていた何かを向けようとする。
そのまま首狙いをすればよかったが、反射的に爪で男の腕を薙いだ。
振り戻す手で首を引き裂いたが、急所をずらされた上掴まれる。
失敗したのか? どこにそんな要素があった!?
「わううぅ! ぐるるるる!」
「ぐゥ……か、かかりました獣が! ライレン様!」
「がううッなんで分かったのよ!?
素早く精神をくっつけて上書きし、男の動きを止める。
ああくそ。回避されるなら、はじめから繋いでおけばよかった。
音……じゃないなら、気配や空気の動きで分かったっていうの?
森の狩人かな?
いや違う。
視線を道路に落とすと、そこには拳銃みたいなものが転がっていた。
もし魂を繋ぐことが先だったら、命令を焼きつけるまでのわずかな間で、この落ちている……おもちゃみたいな銃で私は撃たれてた、らしい。
銃口がオレンジ……黄色と黒のしましまのプラスチック製の銃。威力は知らないが、銃なんだから人を害するには十分なんだろう。
靴音がひとつ鳴った。そちらに振り向き、爪を立てる。
私の意識をそらすために、敢えて鳴らしたようなわざとらしい音だった。
人生で初めてとる威嚇のポーズを決めたまま、その相手を見据える。
くたびれた灰色の
ベストや羽織にはボタンが多くて、デザインが古い。昭和……いやもっと前の、アンティークとかヴィンテージと呼ばれる古着なのかもしれない。
中折れ帽子を取ることもなくかえって目深に被り直す。男は私の瞳を避けるように、首元から足のつま先まで見定めるような挨拶をした。
「子どもとばかり思っていたが、娘か」
えらくドスの聞いた声なのに、うすっぺらで重みがない。
世の中すべて石ころとか、ゴミ同然にしか思っていないような軽薄さ。
そこからくる私に対しての冷酷な感じが、嗅ぎ取れる。
においが違う。ボスキャラのにおいって感じの!
こいつが……ライレンか。
「俺と戦うってことでいいんだな? 白を連れてくれば、まだ引き返せるぞ」
「引き返す道なんてないよ」
「そうか」
やるせなさを感じてる? なにそれすごい胡散臭い。
目の前の男からは決意しか感じられない。製鉄か、いい音鳴りそうな白い炭みたいな? カチコチの意思が、そうそう曲がるわけない。
お互いを挟んで右後ろと左前の路地。そこら辺にあと二人いる。距離があるのは、私の瞳に触れないようにこの男が指示したのかもしれない。角度的に、おもちゃみたいな鉄砲で撃たれることはなさそうだし、そんなにおいもない。
あくまでこの場を、私とこの男だけにするよう専心している。
「先ほどの奇襲。そして今も考えてるな。慈悲深きことを」
「……」
「互いに譲れぬ道なれば……挑んで来るがいい。
男が言い切るのと同時に、目を見合わせた。
たとえ凄腕のガンマンだろうが、私の視線の方が速くぶっ刺さる。
挑んで来い? ああそうしてやるよ。
余計な人混じりがないのなら、すぐ終わらせられる!
私とお前はすでに繋がってんだから!
《
すぐさま命令を下す。
瞳を介してその魂に焼き付ける。
「ん……あれ」
「投影か? 俺には意味のない
ライレンの眼。その奥にゆらめく灯火がある。
鮮やかな緑色をした火は、私の赤い糸たちを取り込んで焼やしてしまった。
そんなイメージがはね返ってきて、むりやり精神に叩き込まれる。
んぎッ……頭がざりざりする。
なんだそれ。チートかよ。
一瞬くらんだ感覚に頭と爪を振り、まっすぐ距離を詰める。
似たような眼をもっているなら、この動きにも対応できるだろうけど。
向こうの手に、何も持ってない。
私みたいに爪とかまとわり付かせた物もない。
飛び掛かれば届くギリギリの間合いで方向転換し、
塀に激突しそうな勢いで側面をとる。
やっぱりお互いの眼がいい。自前じゃないが。
見失ってないし、付いて来れてる。
でもそっちは空の手。武器がないなら、切り裂ける!
「わうぅ!? わ、わ……っと」
「一転して慎重だな? いや、畜生の成せる業かぃ」
完全に後方へ回り込んでしまい、さらに一歩距離をとる。
ライレンは動いていなかった。私が攻撃に移ろうとした瞬間も。
その堂々とした仁王立ちを変えてない。ムカつくくらいだ。
「なんか、ヤバい気が……誘い込まれた気がしただけ」
「そのまま逃げるのも一手だ。どうする?」
「逃がす気なんてないんでしょ?」
「見なかったことにしてやる。
くそ、ダメだ。
どうしたって混じる。コウちゃんたちに、こいつらが!
断ち切る――命のやりとりをするしかない。
どこまでアタリがついてるのか知らないが、ライレンは口を開いて歯を見せる。
それとも、今の会話で察したの?
もう殺さずにって考えてたのも、逃げる気も失せたってことを。
まあバレるよね。
これ以上ないって感じで視界が真っ赤になってるし……
瞳はマグマの底ってくらいにあふれて煮えたぎっているんだから。
「させないッ!」
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