第14話 Mönster
「させないッ!」
「おお?」
塀に足をかけ上に登り、さらに跳躍する。
ライレンの眼を外すようにして、奥の路地へ。
月面宙返りとはいかないけど流転する視界に、驚きの表情で見上げている部下の男を捉えた。着地の反動で前に踏み出し、勢いをつけて距離を詰める。男はすでに拳銃を構えていたので、身体を沈めて銃口を外す。
腕を掴むのと発砲はほぼ同じタイミングだった。
「
男に
針がテグス糸みたいなのから伸びて、道に飛び出していた。
拳銃自体はさっき見たのと同じプラスチックの銃。いやスタンガン?
最近のスタンガンは飛ぶんだ!? すごいな。
でもこれ、連射出来ないんじゃないの? 危なかったけどさ。
針を飛ばしたら、入れ直さないと使い切りだなたぶん。
《ライレンを襲え》
うつろな眼に光が戻り、懐からナイフを抜く。
その刃を見せつけ、身を翻して走り出す。
ええあれ? 銃は他に持ってないの?
さすがにピストルなら避けられないと思ったんだけど。
襲え、って表現がナイフを選択させたのかな?
まあ、いっか。どうせお前は終わりだよライレン。
「……む」
哀れにもお仲間二人が操られ、無理矢理に切りかかって来る。
それも前後の挟み撃ちでだ。どう捌く?
「
「足掻いても同じことよ! 助かる道は無い!」
ライレンの背中と正面へ、二人のナイフが迫る。
連携もばっちり重なってる。
加えて私が、わずかな隙も見逃さず切り裂くよう構えた。
「助かる道?」
後ろからの攻撃を半身になってライレンは避ける。流れた男の身体を、完璧なカウンターのタイミングで右手で軽く支えた。正面まっすぐに来るもう一人の刺突は左手で受け流し、身体を沈ませながら上に逸らすようにして手のひらをそのまま男の肩へ滑らせる。
はいご立派上司の鏡。甘くて涙を誘うねえ頭胴体両足ガラ空きだよ。
ライレンの足に向かって爪を振りかざす。一息に切断できる速度。
私は見た。
バターにフォークを押し付けるみたいな、肉を引き裂く光景じゃない。
男の肩の下、肋骨をすり抜けるように、薄い刃が通った。
続いてもう一人を支えた鳩尾辺りから、槍みたいなものが突き出した。
その二つの凶刃、どちらも鮮やかな緑色を帯びている。
そして私の爪が――手や足からでもない角度の斬撃で弾かれた。
間髪入れず、片側の耳から風を切る音を聞く。
反射的に右手の爪で塞ぐように遮った。
「あぐっ!?」
ギィィィン!
金属がかち合ったみたいな衝撃にのけ反り、後ずさる。
追撃は来なかった。来ていたら受けようがなかったが、ライレンは寄りかかった二人を引き離し、ゆっくりと地面に横たわらせる。
部下の男たちはすでに死んでいた。
「助かる道……大願の前にねえよそんなモン。一人残らず救われるのさ」
* *
「なに……? なんなのッ!?」
大願なんて知らない!
人が死んだんだぞ。それも目の前で、私がけしかけた二人が!
ぐるぐると思考が入り乱れる。
ライレンの手には何も持ってない。
どこから武器を出し、そして収納したんだ? 袖やポケットに何か仕込んでるどころか、それこそ
私の爪でさえ……指先を濡らす下準備を省いたとしても、コーティングされるには時間が必要だ。瞬間接着剤が肌で固まるくらいのわずかな時間が。
私はもう一つ知るべきことを知り、息をのむ。
とっさに耳を守っていた右手の爪が、砕かれてる。
手の甲にひとすじの線が引かれ赤くなっていて、すぐ内出血で青くなるようなケガだ。骨は折れてないが痺れて感覚が掴めない。痺れは震えとなり、叩くように全身にうつっていく。
「ばけものっ……!」
「ああ辛いよなあ。同情するぜ。そんな眼なんか押し付けられて――ここで死ぬんだからよ」
注意深くもう一度
ライレンのコート、その袖口に少し血が付いている。二人分の返り血は熟練の血抜き職人みたく掛かっていないのに。
確実にそこには武器があったのだ。最低でも斬撃と刺突の二種類は。透明ってわけでもない。付着した血を拭う時間は無かった、はず。
あるいは……お互いの眼。
深くは入り込めないまでも、そう誤認させられているのかもしれない。
今もっている武器を知覚させない類の……私と同じ、精神に干渉する力を持っているのなら。そうだとしても、触れれば――目と鼻の距離なら分かるはずだ。さっき刃の風切り音を聞いたように。
どん。
後ろから衝撃がぶつかって来た。一歩前に足が出て踏みとどまる。
「今ですライレンさま! 俺の気が触れる前にはやくッ!」
部下の男、残りの一人が私を羽交い絞めするように覆いかぶさってくる。
路地をぐるっと回ってすぐ私の後ろまで来てやがった! これも指示か!? それとも仲間が死んで、こいつなりの勝手な衝動に身を任せたのか!?
どちらにしてもヤバい。ライレンが来る! 来る今にも!
ああクソ雑魚キャラがッ!
「離せ! 私を守れ――」
「殊勝なり。
部下の男を盾にしつつ、間合いを外そうと身を反らす。
退いた片足が地面から離れた瞬間、寒気が走った。
ライレンの水平に払った右手が男の脇をすり抜ける。肉から骨を通り、こちらに向かってくる薄緑色した右手はすでに刃物の鋭さを持っていた。
硫酸に突っ込んでいた手を振り切ったみたいに、形が変わっていく。菜切り包丁から柳刃包丁に。
ちょ、外せてないのか? 隔たりが詰まり、埋まってる?
首すじ目掛けて流れ来る剣閃は部下の男を断ち、ほんの少し前に置いてきた私の髪を散らし、リボンシュシュを二つに切り分けた。
宙に舞う髪とシュシュがあったから、距離感は掴めた。
危ない! けど、外せた!
肉体の操作と変質。それがライレンの眼の能力だきっと!
ほんとに、本当に限界ギリッギリのところ。
よかった――
「あいつらが、トカゲの尻尾切りにならずに済んだな」
あれだけ目で追っていた右手の刀身がなくなっていた。
次の片足が地面に到達するまでに、ライレンの左
ぴたりと私の胸元目掛けて向けられているのに気付く。
腕の骨、尺骨と橈骨のあいだから、緑色の尖ったものが飛び出す。
その速度を殺すことなく左手で握りしめ、足の踏み込みから全身の可動を連ねて伸ばし、穂先を閃きのように走らせる。
「……ウ」
「どうにか届いた」
薄緑の槍が、するりと私の肉を裂く。
そのまま胸を貫いて――背中まで突き抜けた。
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