第9話 パンドラの箱




「プランと勝算は?」

「あると思うか?」


 目の前の二人が、何か言っているけど知らない。

 手を振り上げて肩に担ぎ、身体をねじる。

 今から二人をこの手でぶちます!

 誰かを叩いたことはない。上手くできるかな?


「……そんな顔するな。付け入る隙があるとすれば、まだ覚醒したばかりの可能性がある。どうにかして奴の意識を断てれば……」

「車の迎えが着くまで時間を稼ぐってのは?」

「無理だ。その前に俺たちがやられる……来るぞ」


 地面を蹴り、前へ踏み出す。

 この勢いで――ぶち当てる!


「がァ!?」


 車のボンネットに激突し、その後ろの壁まで吹き飛んだ。

 護衛の一人に対して、ガラ空きのお腹を叩いただけなんだけど。

 叩かれるまでこっちを見てなかったし、よそ見してたのかな?


「クソがッ……死ねよ!」


 あ、よそ見してたの私だ。

 残りの護衛……手にナイフが握られていてこっちに迫ってる!

 撫でるようにゆっくりした動きだけど、もう近すぎる。

 顔、を狙ってる……避けようとしたけど、当たっちゃう。


「グッ……ぐるるぅ゛?」

「刃が通らねえ……! こんなのにどう勝てってんだ……」


 なんか喉鳴りがひどいな。

 ほっぺを口まで貫き、左側だけ口裂け女になるくらいの切られ方だったが、

 痛みがまったくない。

 驚いている男に目をやると、ナイフの先端が欠けて消えている。

 


「血の……、付いていない……を狙え……」


 車に手をつき、最初に叩いた護衛が立ち上がり、ふらふらと近付く。

 んん? お腹に爪で引き裂いたような跡があるのに、血のにおいがしない。


「おい大丈夫か!?」

「いける……やれる、ぞ……

 剥き出しの首か、こ、後頭部だ。……二人でならまだ倒せる」


 ああ、あれかな。防弾チョッキ。

 だから硬かったのか。感触が。


 あんな爪の……爪?


 両手を見る。

 真っ赤な視界の中で、指先はさらに濃く赤くぬめっていた。

 水が滴る寸前……これ以上ない流線形、って感じで

 ネイルみたいに張り付いている。


 そんなに爪も固くなさそう。ぶよぶよしてる。

 私の顔も。なんなら身体中も。

 ……涙が乾いた跡に妙な感触がある。

 ぶよぶよした、ゼリーみたいだな。

 キモッ。


「ごあぅ! わう゛ぁ゛……」

「あとは頼む」

「やってやるよ!」


 もう一度振りかぶり、地面を蹴る。

 弱った方の護衛が前に立って邪魔だな。先に叩け。

 目の前まで来てるのに、やっぱりこっちを見向きもしない。

 

 顔……は痛そうだからやめる、肩辺り。

 この辺なら何も着込んでないでしょ。


「……ッ!」

「ぐおぅ?」


 爪が空を切る。

 少し前に踏み出され、屈まれただけで……

 脇側に潜り込まれた。

 

 偶然じゃない。意図的にこうブロックされたかんじ。

 がっしりと抱え込まれ、両手を掴まれた。

 ちょっと! ――イヤなこと思い出させないで!


「今だ! 喰らわせろ!」

「ああ!」


 外そうと身をよじり、

 サッカーボールキックを思い切りかましてみたが、痛い!

 鉄で出来てんのかこいつの足!

 いや……単に私が人を蹴り慣れてないのと、鍛えてないだけだ。

 そして


 うう、くそっ。

 子どもが退屈しそうなくらいノロっちい動きなのに、

 後ろから迫る首への攻撃を避けられない。

 ああくさいくさい! 知らない男の臭いが鼻につく。

 眼で見えてる分余計に感じる。

 二人とも、希望を持って行動してるウザいにおいがよッ!

 断たれろ! 私が! ひっ掴んで――


「あ……?」

「バカが! なぜ手を離す!?」


 拘束を解いて、離れた男が不思議な顔をした。

 動揺している。『そんなことするはずがないのに』ってな。

 でも違う。だ。

 いまは理解が追い付いていないだけでさ。


「どうして……まさか!」

「このアマ! 死にやがれッ!」


 無理だねそれって……

 お前も、

 避けるまでもない。


 どくどくと、手や顔に張り付いていたものが脈打ち、

 ある指向性をもって引いていく。

 瞳の方を目指し、重力に反してみるみる群がる。


 すべてがクリアだ。

 頭ン中も喉もいい調子。目は赤いけど。




「私を見ろ」




 まるでそこに見えない力が働いているかのように……

 二人の視線は引き寄せられ、縛り付けられた。



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