第10話 オメガリズム
「私を見ろ」
二人の動きがぴたりと止まる。
そよ風にさえゆらぎそうな、か細いにおい。
その赤い糸のようなものに、ぐるぐる巻きにされている心――魂を認識出来たとしたら、気が狂うか、身じろぐ程度の動揺で壊れてしまうだろうな。
「間に合わないか……」
「お、おい! うごけねェなにしやがった!」
「騒ぐな。キミはナイフの先っちょでも探してろ」
男は這いつくばり、辺りを見回し始めた。
最初は不思議がっていたが、すぐ真剣になる。この場の私たちへ意識すら向かない。それが私の意志で、いまキミの意志になった。
私が死ねと言えば死ぬだろう。殺そうと爪で引き裂かなくたって、
子どもの力でナイフを首に突き入れたり、鼻と口をそっと塞ぐだけで可能だ。
「……俺たちを殺すのか」
「あははハハァ……」
なるほど。いま精神に刻みつけたのは
《二人:動きを止める》《二人:騒がない》《個別:ナイフの先端を探す》
ってだけだ。囁くような、ないしょ話くらいならできるわけか。
上書きや複数の焼き付けもそう難しくないな。
さてどうする?
気が済むまでいたぶるか。二人に命令し殴り合わせてもいいが……やめとこう。
きっとコウちゃんは嫌がるし喜ばない。
「ナイフと先端をしまい、私に迷惑をかけないよう、キミの繋がりから離れ続けろ。さあ行け」
「……わかった」
粗雑な口調の男は、ナイフとその先端を上着内ポケットにしまい、すたすたと歩いていく。駐車場のあらゆるものも目にくれずに。
もう二度と会うことはない。なぜなら、私の命令にそれも含まれているからな。
残ったもう一人の方を向く。
どちらかと言えば、こっちの男が知っていそうだ。
私の知るべきことを。
「この眼ってなんなの?」
「
「ふぅんそう……キミたちの目的は?」
「……大願を果たすこと」
「んん、大願ってなに?」
男はしばらく思案する。駆け引きや虚実を混ぜようとはしていない。
そんなことはもう出来ない。
単純に私にどう説明すればいいかを考えてくれてる。
「詳しくは知らない……
言われた、ねえ。
集団。バックがあるのか。それも何となく狂信的なにおいがする。
大願を果たす! なんて言っちゃってるし。
お近づきにはなりたくないなあ出来る限りは。
「キミたちの一番偉い人は誰?」
「
……しまった。
つい力、入れちゃって精神歪んじゃった。
よりによってアリカちゃんの……家族が絡んでいるのか。
「あぼッ、うぼぼぅ゛……」
「大丈夫ダイジョウブ。ちゃんと直すから」
保育園じゃ子どもが落としたグシャット粘土作品を修復したし。問題ない。
なおせなおせ。
ぐるぐる巻きの赤いにおいを緩め、傷をなぞって埋めていく。慎重につついて形を整える。なるべく丁寧に念入りに。やりすぎ? まだか。もうちょっと、あっ。
……ほら元通り。元通りに見える。むしろ元通り以上でしょ。
「――」
「……はい」
マジに修復はした。したけどアレだな。
歯医者さんの『しばらくは飲んだり食べたりしないでください』って感じだ。
質問攻めは無理そうだから、あとひとつだけにしとくか。
なにを聞けばいいかな。うぅん……
「あと一つ。私が知るべきことはなんだ?」
「――
そう。
ライレン様ね。それだけ聞けば十分。
あとはそいつに洗いざらい聞くことにするわ。
さっきの男と同じく、所属する集団に見つからないよう《上書きして》逃がした。これであとは、もうすぐこっちに着く車から身を隠せばひとまず安心だ。
コウちゃんのケガも診ないとだし。
「その前に……折原恵。キミも直しておこう」
泣きじゃくってるもう一人の私に声をかける。
びくっと震えた彼女は二度のショックと剥離で、ひどい状態だ。
これじゃもう人並の生活は送れないかもしれない。
外に出れない、あの冷たいベッドからのリスタート。また一から……いやマイナスからやり直したら、私らしさのいくつかは失ってしまうだろうな。
それは御免だ。
いやいやと頭を振って後ずさりする私に、安心するよう笑顔を見せる。
大丈夫だ。さっきやってみたから。もっと上手くやれる自信がある。
「整然と調律されたピアノみたいにさあ、きっちり歪みも痛みも全部直す。逃げるなよまるで私が悪い人じゃんそんな顔されたら」
捕まえてなおも逃げようと手を伸ばす彼女のにおいを引っ掴む。
ズレないようににおいを結び、繋げる。
そのままびっしりと巻き付けて……クモの糸――いやなんかの幼虫が繭を作るようにシュルシュルと包み込む。ちょっと途中、絵的に子どもが見ちゃエロマズい感じだったが隠せば問題なし。
さっきは男だったし気持ち悪いし精神の表面をいじった程度だが、今度は魂の中……深い所になる。そこまで古い記憶じゃないのがまだ救いだ。探しやすい。
……丁寧にやらなくっちゃな。なんせ私の魂だ。
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