第6話 琥珀が織りなす交差点 




 一人でいく、と言われたけど無理言って駅前までついていくことにした。

 コウちゃんに先行してもらい、コートの袖をつまんで後ろを歩く。

 まるで私が犬になったような……不思議な気分だ。


 シロの入ったケージはコウちゃんが軽々片手でもっている。


 手は繋いでくれなかった。

 たぶん私に触れると……また私の心がぐちゃぐちゃになるかもって思ってる。

 。誰かに触れられたらどうなるかは、分からない……

 けど心がダメそう、って思ってる。

 隣にいる私も、首と手をぶんぶん振って「ぜったいムリ」という意志表示。


 私の目の前には大きな背中だけが見える、それってすごい安心感だ。

 こんなに頼れる背中は、保育園の頃のパパの背中と……

 今のコウちゃんくらいしか思いつかない。


「なあ……」

「なに?」

「俺たちじゃ力になれないのか? メグが抱えてる問題は」

「それは……もうたくさん助けてもらってるよ。今日だって」

「ちが……ああー。どう言やいいかな」


 コウちゃんが首を振って、唸る。

 言葉を探しているみたいだ。私が動揺しないような言い方を。


「メグが引っ越す時さ、お前は手伝って、なんて言わなかったよな? でも俺たちが勝手に駆けつけて、荷物運んでベッドを組み立て、引っ越しそば喰って帰った。ありがた迷惑でも、助けにはなったろ?」

「うん。もっと頼ってって……みぃちゃんにも言われた」

「高校の時。お前が崩壊寸前だった俺たちの仲をずっと繋いでくれたから、こないだの旅行だって当たり前みたいに実現した……忘れるモンかよ。で、今回は……どう助けりゃいいんだ?」


 え? ああ、あれか。

 高校3年の時、みんな関係がぐちゃぐちゃだったなあ。

 男子4人女子4人のグループ中、3組カップルだったし。

 それも片思いや勘違いや慰めてたら付き合っちゃったり両思いからのすれ違い……おおお思い出してもお腹が痛くなる!

 私はあの時、カップル以外の残り2人だったから、いろいろ出来た。もう1人のハルっちは……学校外の彼女いたし、実質私だけしか動けなかった! 仕方ないでしょ! みんなバカでめんどくさくて、それでもいい奴ばっかキセキ的に集まったグループなんだよ。

 そんなの放っておけるワケ無いじゃん!


 時の流れはすごい。もう笑い話になってしまう。

 でもそれは、全員が諦めなかったからだ。

 なんだかんだ、みんなはみんなのことを大切に思ってるからね。


「メグが頑張ってるのは分かる。何かがあって、元に戻ろうとしてる」

「……そうだよ。分かってるなら、ほっといてよ」


 大きな背中に、頭突きヘディングをかます。

 歩調は乱れないしぐらつきもしない。


 知らない男の人に路地裏連れ込まれて……暴力に晒されただけだ。

 もう終わったことで、私が立ち直ればいいアレコレされたくない。


「コウちゃんこそ、みぃちゃんとは旅行でヨリもどったの?」

「……いや、別れたまんまだ」


 

 

 もし関係が戻ってたなら、今日こうやって助けを求めたりしない。

 ただ、友だちの仲がこじれていくのは


「いつかでいい。ちゃんと言ってくれ」

「……」


 返事はしない。

 しないけど……コートの袖を強く握りしめた。




 *  *




「ここで待ってろ」

「……う、うん」


 駅前に近付くにつれて人通りが多くなる。

 それと比例して青くなる私の顔を、しっかりコウちゃんには見抜かれていた。

 広場が遠目で見える、路地のくぼみで袖を離す。


「じゃあね。シロ」

「……ぅわう」

「ん、時間通りいるな。引き渡してくるよ」

「どの人?」

「あんま視線上げるなよ。あそこの……白い日傘の人だ多分」


 広場の手前……人と壁を背にした女性が、日傘をさしている。

 顔は見えない。白と紺のロングワンピ―ス、襟付きのものだとギリギリ分かる。


 あれ。

 そう言えば、なんでここまで付いていこうって思ったんだっけ?

 シロを飼い主に渡すのを、最後まで見届ける?

 確かにそう、だと思うけど。

 ここにいる必要なくない? でも私は必ず付いていかなきゃって……

 またコウちゃんの背中に張り付いて帰るだけだぞこのままじゃ。

 別にちょっと早い料理を家で仕込みながら、コウちゃんに足りない食材を買って戻ってもらって、感謝を込めた夕食をごちそうする……そんな風に考えてもいいはずなのに。

 離れていくコウちゃんとシロを見送りながら、ふとそんなことを思った。


 日傘がゆっくりした動作で閉じる。

 ぱっと手で眼を隠して、少しずつ上へ上へずらしていく。

 怖い映画や映像をおっかなびっくりで観るときみたいに。


「このたびは、ありがとうございました」

「いえいえ。頭をあげて……さい。見つかって……です」

「……を持って来ていませんので、そのけーじを買い取らせてもらっても構いませんか?」

「ええ、……ぶですよ」


 けっこう唇の動きだけで何言ってるのか分かるんだな。

 読唇術ってやつ?


「では謝礼込みで……しますね? ……、支払ってあげなさい」


 女性の横から、ぬっと男が出てきて、懐に手を入れ――

 薄茶色の封筒を出した時。


 コウちゃんの持ってるケージが跳ねあがった。

 見えない自転車かバイクがぶつかったみたいな衝撃で手が離れる。

 地面にケージが投げ出されたと同時に、シロが飛び出し、反対側の道路を疾走していく。


ハク! 待って。……捕まえて!」

「どうした!? シロ!」


 スーツ姿の男2人が、シロの逃げた方向へ追いかける。

 少し遅れてコウちゃんも走っていった。


 女性……いや、少女も後を追おうとしたんだけど、

 数歩走ったくらいで、思いっきり転んだ。


「へぶっ」


 転んだまま動かない。顔でも打ったのかな。

 声を掛けた方がいいんじゃない? 誰か――


 私の足は、無意識に動いていた。

 隣にいた私とぴったり歩調が重なって、寄り添っている感覚。

 心が私を動かしている。


「あのっ!」


 自分の声に振り返る人と、彼女の様子を伺っていた人、

 その両方の視線がぐさぐさ突き刺さる。

 全身がおぞけに包まれる。


 ? そうなるって


 私たちが傷付いたと思わない限り……

 誰も私たちを傷付けることはできない。


「だっだ、大丈夫ですか? 立てます?」

「……ええ。少し、慣れない靴でしたので」


 ……ヒールの靴じゃそうなるよ。

 というより、裸足か運動靴みたいな走り方だった。

 ヒールで走ったことないな? 親指で底を押さないと。


 色白の瑞々しい手が、私の手を取る。


 ぞくり、とした驚きが触れられた部分から走った。

 その透き通る肌。唇にかかる青みさえ帯びた黒髪。


 まつげなっが。け、化粧っ気あんまりないのに!

 眼を捕らえて離さない、あまりの愛くるしさにくらくらする。

 ――ああ。逸らせない。目が合っちゃう。


「親切にしてくれて、ありがとうございます」




 その瞳は、私と重なることはなかった。

 あらゆる重力に屈し、打ちひしがれたように地の底を這っている。




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