ツララの掃除
「今ね、世界はとてもひどい状況にあるの。
人間が生身で住める場所はもうほとんどないわ。
過去の私達がたくさんわがままをいって世界に酷い事をしたからなの。
見てこの雪を。
本来の雪は、混じりけのないきれいな真っ白な色だったのよ。」
そういってツララはキッチンに一つだけつけられている窓を開ける。
部屋の中に充満している暖かな空気が、外の冷たい空気に切り裂かれ
一時のツララとの幸せな時間が夢だったように思えてくる。
ツララは窓枠に積もっている雪を両の掌で掬い上げる。
ツララの掌に積もる雪は先ほどツララが言ったような
真っ白なものではなく、くすんだ灰色をしていた。
「このね灰色は私たち人間の罪の色なの。
はるか昔は私たちが罪を犯した時、この雪は真っ黒っだらしいのよ。
でも今はここまで色が白色に近づいた。」
「私たち人間が過去の罪を認めて、反省すればするほど
この雪は元の白色に近づいていく。」
「私のお掃除はその反省、贖罪のお手伝い。
どうしても、自分の過ちを認めれない我儘で高慢な人たちの
代わりに、私がお掃除をするの」
にっこりとでも誇らしげに話すツララに僕は問いかける。
「・・・なにをお掃除するの?」
僕の問いにツララははつらつと語っていた顔をうつむけ、
寂しそうな顔をした。
「・・・・それが思い出せないの。
私の目的がお掃除だってことは覚えているんだけど、
何をお掃除してきたのか、どうやってお掃除するのか・・・・」
しまった。まだツララはすべて思い出したわけではないのだ。
いつもは太陽のような笑顔のツララだが、ふと寂しそうな顔をする。
きっと不安なのだ。見知らぬ土地で自分とは何者なのかも分からないことは。
「・・・でもお掃除が終わった後は皆が笑顔だったのを覚えている。
皆が私の頭を撫でて、よくやったねって。きれいにお掃除できたねって。」
泣き笑いのような顔でツララがいう。
「そっか。きっとツララはこれまで僕を笑わせてくれたみたいに
たくさんの人を笑顔にしてきたんだね。」
そっとツララの手を握る。僕は今日、母とツララにこの町から出ることを伝えた。
そしてもう一つツララに伝えたいことがあった。
僕は緊張で乾く口でゆっくり話しかける。
「ツララはこれからどうするつもり?」
「・・・わからない。記憶もまだ曖昧で私が前いた場所も思い出せないし。
でもセツのお母さんに甘えてばっかりもいけないし・・・・。
セツも明日になったらこの町からいなくなっちゃうし。
あーあ、私もこの町をでようかなぁ」
ぽつりと独り言みたいに呟くツララに僕は意を決して言葉を伝える。
「一緒に行こうツララ。一緒に明日この町をでて、いろいろな土地や、きれいな世界を見て、新しい故郷を探そうよ。」
一息に紡いだ言葉はツララに届いただろうか。
ツララの方をみると顔を伏せていて、表情は全く見えない。
「えっと・・・。その、嫌なら断ってく・・・」
僕の言い訳を慌てて言い出したとき、ツララはバッと勢いよく顔を上げた。
「それ、すっごい素敵ね!」
太陽に負けないぐらいの素敵で、眩しいくらいの満面の笑顔でツララは言った。
雪鯨 凍った世界と灼熱の心臓 子夜の読書倶楽部 @mnb_book1
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