僕の気持ち

 家に着くと母親が僕の分とツララの分の鮭のスープを作って待っていた。

心なしかいつもよりスープの量が多い気がする。

 アルミでできたすす汚れたお椀にたっぷりの具材となみなみ継がれたスープを

愛おしそうにちびちびと飲みながらツララが聞いてくる。

「ねえ、セツは今日十六歳になったから好きな事をしてもいいんだよね?」

そうだよと僕は答える。

この町には一つのしきたりがある。

十六歳になると大人と見なされ、町からの指示がなくなる。

そして僕たちは一つの決断をすることができる。


一つ、このままこの町で住民として役職を持ち暮らすか。

一つ、この町を出て自分の新しい住処を探すか。


この制度は100年ほど前にできたものだ。

人間が故郷を追われて、新しく町を作ったとき大きな問題が二つ生まれた。


一番最初の問題は町づくりの方法だった。

最初の集団は50人で構成され、技術、文化的知識を知識をもった人間10人と

普通の人間40人で構成されていた。


問題はその10人の知識を正確に後世へ伝える方法だった。

通常であれば、10人が次の世代に教育を行い、もしくは書物などで

知識を継承していく。

だが、当時の命は厳しい環境でいつ失われてもおかしくない状況だった。

書物に対する保管環境も決して万全なものではなく、

現在、当時作られた書物などは一切残っていない。


一つの町を暮らしを作るのに必要な知識の継承は非常に不安定で

危ういものだったのだ。


 そこで知識をもった10人は故郷から持ち出した10個の古の技術を使った。

自分達の体の半分を機械にすることだ。

自分達の臓器を有限のものではなく、半永久的な機械にすることで

残された時間を延長し、自分達が存在することで知識を

正確に後世へ伝えたのだった。


集団のリーダー的な立場であった10人はその古の機械を

体に埋め込むことで200年以上にわたり生き、この町づくりを指導した。

機械を埋め込まなかった人々は町づくりと子孫繁栄に励んだ。

町づくりはリーダー10人とどんどん増えていく労働力で順調に進んでいった。


そうして200年後、もう一つの問題が発生する。


増えすぎた人口だ。


 町の人口が10,000人を突破してからこの町では食料やエネルギーが不足し始めた。

もともと雪に囲まれた土地に作られた町であり、食べ物は育ちにくい。

その間に世界の凍る場所はどんどん広がっていきで野生動物も激減してしまった。

一番最初に作られ、拡張されてきた食料工場も設計された限界値を超えて

稼働しても増え続ける人数を支えることはできなかった。


リーダー10人は大きな決断に迫られた。

繁栄を止めるのか、このまま皆で飢餓に苦しみながらも

暮らしていき人口の数が減るのをまつのか。


その問題については当時の町人とリーダー達の間で

約1年間にわたる議論が続けられた。


出された結論は苦し紛れのものだった。


リーダー10人のうち5人と町人50人で1チームを組み、

新たな故郷を求めてこの町を出た。

彼らが新しい故郷を見つけれたのか、繁栄ができたのか、その後の足取りは

つかむことができず、その結末は今もわかっていない。


残されたリーダー5人はもう自分達の役目はない、これからの町づくりは

町人たちに任せると言伝を残し町の中心に建てられている大聖堂の奥に引き、

町の方針決めを町議会(町民たちで選挙を行い、各地区から代表者たちを選出して

毎年も生産計画や方針を決める会)にゆだね、眠りについた。


当時決められた制度は今もこの町に残っている。

毎年、16歳になったものは新天地を求め町の外に旅立つのか

このまま町で労働力となり暮らしていくのか自分で決めることができる。

その年、町を出る決断をした者たちはチームを組み、町を出ていく。


そう、僕は今日町議会に町に残るのか、外にでるのかを宣告しなければならない。


そのせいか、今日の食卓ではいつもは賑やかな母が全く口を開かない。

もくもくと作ったスープを食べている。

時々、話を切り出そうとスプーンをもった手を止めるが開かれた口からは

言葉は出てこない。

重々しい雰囲気に耐えかねたのか、

ツララが少しうわづった声色で話しかけてくる。


「あー・・・、えっとセツ、改めて16歳の誕生日おめでとう」

16歳という単語を耳にした母のスプーンの動きがとまる。

僕はなるべく冷静な口調を心掛けてありがとうといった。


少しの間口をもにょもにょされていたツララだったが、

ちらっと母親の方を見た後、意を決したように問いかけた。

「セツはこの町を出るか、残るかもう決めた?」


母親は完全に手を止め、僕の回答をまっている。

僕はゆっくりとこれから町議会で宣誓する言葉を言う。


「僕はこの町をでるよ。出てこの広い世界を見てみたい。」


答えはすでに5年も前から決めていたことだった。


年々増え続ける人口により各家庭への食糧配布の量は減っている。

このままではいづれ、この町はもたないだろう。


「じっとして何も考えないふりをして破滅を待つのは嫌なんだ。

わずかな可能性でも町の外で暮らせる可能性があるんなら、

その可能性をあきらめたくないんだ。」


きっと新しい、豊かな土地を見つけて母親をこの町の人たちを呼んで、

もう一度安心した希望に満ちた暮らしを作りたい。


答えを聞いた母親は何も言わず、まだスープが残ったままのお椀を

持ちながらキッチンの奥へと姿を消した。

僕は今、親不孝者だ。今まで育ててきた貰った母親にこれからの恩返しもせずに、

責任も果たさずに、理想を追おうとしている。

でもきっとこの理想が叶えば、今の不義も含めて恩返しができる。

僕は手の中のスプーンの柄を強く握りしめた。


それまで黙って僕と母親をみていたツララが、ふっと軽く息をはき

それすっごい素敵ねとツララが笑う。

僕は無理やり口角を上げてでしょとだけ答えた。

それからキッチンに残された僕とツララはもくもくと鮭のスープを口へ運んだ。


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