第3話 地球の長い午後
「君とデートしたいからだよ。葵くん。」
と、いつもの超然とした振る舞い方からは連想のできない。まるでデートをしている彼女のように栄町は囁いた。
「正確に言うと、デートをすることに興味がある。と言った方がいいかな。」
さっきの様子は気のせいか。いつも通りの栄町に戻った。
「映画を観ることはそれなりに楽しめたさ。人間もなかなか趣深いね。当初の目的を果たせたし、それでいいか。とも思ったが君の言っていたことを思い出してね。」
俺が言ったこと
「そう。若い男女2人が連れ立って映画に行くなんて、まるでデートじゃないか」
「あ」
確かに、そう言ってた。
「要はそれに乗っかろうという算段さ。さ、デートしようか。私が彼女役をやるから君は彼氏役を演じてくれ。」
笑点かよ。
「ダメかい?」
彼女はいやらしく笑む。この女のことだ、確実に勝算があって頼みに来ている。
確かに俺にはこの女にいくつか貸しがある。乗ってやるのもやぶさかではないだろう。
「………分かった。それじゃあ行きたいところはあるか?」
「とりあえず、服を買いに行きたいな。そろそろあったかくなってくるし。」
彼女の持つ雰囲気、身に纏っているオーラ、とでも言うべきものがすっかり変わった。そこにいるのは紛れもなく普通の人間。そうとしか思えない。
「いいかな?葵くん。」
「あ、いいよ。全然。」
こうして2人のデートは始まった。いや、始まっていた。
2人が来た映画館は総合商業施設であり、映画館からレストラン、ファッション施設が所狭しと詰められていた。
「ここで買って行きたいんだけど、いい?」
彼女が指さしたのは聞いたこともないブランドの店だった。ちらっと店内を伺ったが、特段高そうな様子もない。
「あぁ、いいよ。」
「これなんかどうかな」
茶色のフレアスカートを見せてきた。何というか、この女。選ぶ服が地味じゃないか?
「あぁ、良いんじゃないかな。栄町さんに似合っていると思うよ。」
取り敢えず似合っていると言う。実際問題どうかは分からないが。全国のリア充どもよ、こういう時の正解を教えてくれ。
「栄町さん?」
何だ。突然聞き返してきたぞ。
「私たち、もう付き合って半年だよね?そろそろ下の名前で呼んでもらっても良いと思うんだけど。」
ウソだろ。付き合って半年なのか?
「ほら、手帳にも告白成功!って書いてあるじゃん。」
そう言って栄町は肩掛け鞄から手帳を取り出して見せつけて来た。
なるほど、今から半年くらい前の日付にそう書いてある。捏造だが。とっさに作りやがったな、コイツ。そもそも手ぶらでついて来ただろ。いつの間に鞄を生成したんだ。
「だから、藤さんって呼んでくれない?呼び捨てでも良いよ?」
藤さん。富士山。マウントフジ。
「あ、えーっ、藤さん…?」
「そう。それじゃあ試着してくるね。アレとアレを合わせてっと……」
そう言って彼女はパパッと服を2,3着持って更衣室に飛び込んだ。そもそも物質生成能力があるんだから別に服買わなくて良くない?
「どう……かな?」
更衣室のカーテンが開いた。と、束の間。
目の前には少し恥じらった黒髪の乙女がいた。なるほど、「可愛い。」
「えっ?」
「あっ」
可愛い。と声に出てしまっていた。そもそも元の顔がいいのだ。クセがないのだ。少し地味で、シンプルな服を着た方が映える。もし本当に彼女が人間で、付き合っているのなら俺は何と幸せなのだろう。だが宇宙人だ。
「うん。似合ってるよ。すごく良い。」
改めて言った。
「それじゃあ……買ってくれる?」
えっ、
俺が買うの?
「だってお金そんな持って来てないし……。」
好きなだけ金作れるだろ。この人間造幣局め。そう冷めた目で見ていると耳元で
「こういうのは雰囲気が大事なんだ。後で私がその分を払ってやる。彼女に服の2着や3着買ってやれないとモテないぞ?」
と囁いてきた。それでいいのか。
「………分かった。買うよ。」
「買ってくれるの?ありがとう!」
そう言って突然、
抱きついてきた。
ぎゅーっ、と。
ハグ。ハグ または抱擁(ほうよう)とは、腕で(誰かを)抱きしめること。とWikipediaにも書いているのだがまさにその通りであった。しかし何分、俺は椅子に座って待っていたので、ちょうど彼女の乳房が俺の顔の高さに来て。
おっぱいに顔を埋める形になった。
帰路。
「今日は楽しかったね。」
夕日が照らす道を、2人帰る。栄町はどこか微笑んでいた。
「……あぁ、そうだな。」
「ところで家ってどっちの方向なの?」
「この道をまっすぐ行って、ある程度言ったら右だ。」
「私と一緒の方向だね。」
白々しい。同居しているだろ。
彼女はマンションの前に来ても「えっ、同じマンションに住んでたんだ!」とか「あれ?同じ部屋だね?」とか言ってきやがった。だから白々しいんだよ。
「さて、私の胸に興奮していた福住くんだが。」
家に着くなりいつもの調子に戻った。下の名前で呼ぶのはどこに行ったんだよ。
「いかがだったかな?初めてのデートは」
「いや初めてじゃないし!?」
「初めてだ。そう顔に書いてある。」
はい。初めてです。
「……よく、分かんなかったです。」
「奇遇だな。私もよく分からなかった。分かったのは君が私の胸に興奮してることだけだったよ。」
「やかましい!」
「いいんだぞ?私の胸に顔を埋めても。」
「あのな?アレはあの時のお前だから良かったのであって、こうも恥じらいもなく胸に飛び込んでこい、なんてのは違うだろ。」
「なるほど。あの時は良かったんだな。」
「そこじゃない」
「ちなみに私は人間でいうところのDカップだ。」
「聞いてない。今日は疲れた。飯食って寝る。」
「夕食ならもうあるぞ。」
食卓にはいつの間にか食事が並んでいた。物質生成能力、恐るべし。
「…………お前ってさ。彼女にするのは微妙だけど結婚するとしたら最高だよな。」
「プロポーズかい?」
「違う」
そう言って、俺は味噌汁をすすった。
2人暮らし mico @micomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。2人暮らしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます