第2話 静電気とセーター

バチバチッという感覚が一瞬、手に走る。反射的に退いた左手を右手でさする。あまり静電気に馴染みのない僕にとっては心臓に悪い。このセーターを着ている時だけは静電気に取り憑かれたようになる。そんな僕を見て【 】は嬉しそうに、どこか親近感を覚えたように笑っていた。【 】はこの季節になるといつ、どこでもバチバチッといわせている。いわゆる静電気女、というやつか。静電気に攻撃されては、オーバーなリアクションをしながら手をはじくもんだから、たまに僕に手が当たって、申し訳なさそうにしていた。逆に僕は痛い思いをすることはあまりなかった。とても真逆で少し皮肉だ。

なぜ、そんな静電気をいちいち帯びるようなセーターを着ているのか。それはクリスマスと誕生日が被ってしまった僕に、律儀にどちらも祝ってくれていた【 】は“誕生日のプレゼント”の方でこのセーターを僕にくれたからだ。その時僕は【 】に“クリスマスプレゼント”としてブレスレット、それも静電気を防止するものをプレゼントした。もちろんそれだけじゃなかったし、他にもなにかプレゼントしていたが。あまりにもお互い相反するもので、自分たちらしくて2人とも笑ってしまった。そしたら2人とも机に体をぶつけるもんだから、机の上に置いてあったジュースをこぼした。2人ともお気に入りのジュースだった。慌てて拭いてくれている君を見ながら僕も慌てて一緒になって拭いた。

少し寒い部屋で炬燵に入りながら蜜柑を食べる。クリスマスなのに、お正月っぽい時間を過ごすのは、何度目だっただろうか。蜜柑はすこし酸っぱい。

「ちょっと、酸っぱくない?」

なんて僕がいうと、全く味の感性が違う【 】は

「充分甘いよ。」

と言って僕の蜜柑を盗んで食べた。僕だって、酸っぱいからと言って食べない訳では無いから、少し叱ったら、【 】は笑っていた。

机の裏を触るのが癖になっている【 】は炬燵がついてない時と同じように机の裏を触るから

「熱!」

だなんて当たり前のことを言っていた。その時も反射的に手を炬燵の中から出していたのを見て僕は、静電気なんて関係なくて、【 】はなんでも、情報が脳に行く前に行動するんだなって思った。そんなことを考えて思わず顔が笑ってしまっていたんだろう。【 】に少し叱られてしまった。

少しゆったりテレビを見たりして時間を過ごす。テレビにはクリスマスを思わせる番組が流れていた。外もそんな感じなのだろう。家から少し離れるが同じ市にある、有名な家がある。何かの企業か、と思わせるくらい、クリスマスにライトアップをする家だ。みんな写真を撮っている。家主はそれを許可しているらしい。普通の人ならばライトアップが綺麗で凄い、思うのかもしれないが僕は電気代が凄いんだろうなとやはり思ってしまう。大きな家で、恐らくそれなりに裕福なのだろうから電気代なんてちっぽけなお金なんだろう。テレビの隅に表示されている時間は10時くらいだった気がする。頃合もいいから、【 】がくれたセーターに着替えて

「これから出かけようか。」

と言った。もう遅い時間なので少し戸惑っている【 】は迷いながらも嬉しそうに

「どこ行くの?てか、そんなにそのセーター嬉しかった?« »くんが静電気にいじめられてないもんだから、嫌味のつもりで渡したんだけどなー。」

と僕に訪ねつつも、セーターに着替えたことを違う方向から指摘してくるのがおかしくって、【 】らしいと思った。【 】はハンガーにかけているコートを取り外し、僕と同じように僕がプレゼントしたブレスレットを付けてくれた。僕は少し微笑んで靴を履く。いつも靴を履くのが遅い僕を待つ【 】はどんな顔をしていたのかな、といつも考えていた。どこに行くのか、という質問に答えない僕を不思議そうな顔をして、けど楽しそうに見つめてくる。“ずっと一緒に行ってみたかったところ。” と心の中で返してみる。少し恥ずかしくて言えない。

少し前のことを思い出してみる。


いつも【 】は僕に

「変なところで恥ずかしがるよねー。」

という。私だけが知っている、といわんばかりの顔と声のトーンで。

「僕はシャイだからね。」

とお決まりのように返す。外国人っぽい上品な感じで。外国の人達の喋り方は紳士的でとても好きだ。英語はさっぱり分からないが、翻訳されている日本語を見て、きっとそんな風に喋っているのだろうと思う。女性の喋り方も気品があって見る度に良さを感じさせてくれる。こういう喋り方や海外の文化について触れていると、日本人はなんて滑稽なのだろうと思う。少し前にどこかで、日本人は噂をすぐに信じる、けれど外国人は自分で直接目にした、耳にしたことしか信じない。と聞いた。もちろん全ての外国人がそうで、全ての日本人がそうだとは限らないことを重々分かってはいるが、実際日本人として生まれてきて、日本に住んでいるとそれを信じたくなってしまう。


と、まぁ長くなりそうなので前に感じていたことは置いておこう。今の自分自身の周りのことに意識を向けた。僕は家から徒歩で10分のところにある、割と穴場な夜景スポットに今から【 】を連れていく。そこまでの道のりは少し入り組んではいるが、レンガが使われていて、とても気に入っている。その夜景スポットに着くと【 】は言った。

「さすが、« »くん。こんなベッタベタな場所に連れてくるとは!」

褒めているのか、けなしているのか……。けれど、喜んでくれていそうな顔をしていて、僕も嬉しくなる。

「シャイのくせにこーんな小っ恥ずかしくなるようなところに連れてきてさぁ。」

「これは恥ずかしくならないんだよ!」

そんな会話を繰り広げながら、【 】も、僕はシャイだからね、と返していたことを思い出していたのだと、嬉しくなり頬が緩んでしまう。

「でも、落ち着くね。クリスマスっぽくて、楽しい。」

そう言いながら2人とも、小さいベンチに寄り添うように腰掛けた。

「さっきまでベッタベタとか言ってたのは誰だよ。」

「そんなの知りませーん。」

そんなことをお互い言いながら、やっぱり2人とも笑う。煌びやかな風景と、一つ一つの光の温かさに涙脆い僕は少し泣きそうになるのを、ぐっと堪えた。澄んでいる空気の寒さが鼻をつく。冬だから空気が澄んでいて、都市からは少しだけしか離れていないから、ちゃんと景色は綺麗だ。そんなことを思うとまた、泣きそうになった。特に意味はないけど、綺麗なものを見ると泣きそうになってしまう。悪い癖だと思うし、かっこ悪いなとも思った。

夜景スポットなんてベッタベタだし、人によっては夜景スポットに連れてくるのを恥ずかしく思う人もいるかもしれない。けど、やっぱり連れて来たかった。僕が気に入っているから。【 】のさっきの顔を思い出して、ちゃんと気に入ってくれたみたいで、やっぱりうれしくなる。

“こんな時間がずっと続けばいいのにね。”だなんて思った。どこかにありそうな歌詞みたいで、やっぱり恥ずかしくて、言えないけど。この言葉に関しては誰でもそうだと思う。そして僕は自分の気持ちを全て包含して、聞こえるか聞こえないかくらいの、蚊の鳴くような声で呟く。

「来年もこうしていたい。」

ありきたりなんだろう。けれど、本心。

【 】も蚊の鳴くような声で呟いた。

「ごめん。」

“多分”、そう言った。今になればその言葉の意味が分かるし、そう言ったんだろうと思う。けど、その時の僕は知らなかったし、聞こえなかった。それから沈黙が間に漂って、少し時間が経った。

「帰ろうか。さすがにセーターを着てても寒いや。」

僕は立ち上がって【 】の顔を見る。

「ココア飲みたい。あとやっぱりセーター返して。寒い。」

「バカな、これは僕のだからな?」

【 】がくれたセーターを自慢げに見せる。

冷たくなっていそうな【 】の手を握ろうと少し触れたら、鋭い感覚が手に走る。静電気か、と思いながらお互い目を合わせて、仕方ない、という顔をする。ブレスレットを付けていてもさすがに限界があるのかなって思った。やっぱり、静電気に取り憑かれていた。【 】も立ち上がり、隣を歩いてくれる。

家に帰ったら、ココアをいれてあげよう。そう思いながら、お互い寒さから逃れるようにしてポケットに手を入れていた。




それが一昨年の冬。

もっと他に、何かあるはずなのに、大事なことしか覚えていなかった。今もそのセーターはタンスの中にしまってある。去年の夏から今年の夏にかけての間は着れていない。体が、心が拒否してしまう。静電気だけが理由ではないのだ。そんな簡単なことで大切なものは手放せない。

けれど、記憶という大切なものはほとんど無くなってしまっている。本当に大事な、もしくは印象に残っているものしか思い出せない。昔からそうだった。多分人間はそういうものなのだろうと僕の中で勝手に結論を出している。病院に行くことも考えたことはあった。けれど、たいしたことはないだろうと、それが普通の感覚だろうと両親にも言われて行かなかった。うちの家族はそれなりの理由がないと病院に行かなかった。どのくらいの程度で病院に行くべきかも自分自身、分からない。もちろん風邪をひいたり熱を出したりした時は行くが、その他の線引きができない。

時計を見るとあと出勤するべき時刻まで1時間だった。そんなに時間が経ってしまっていたのか。目をつぶっているせいで時間の感覚はおかしくなるし夢を見ている気分になってしまう。寝ていた感覚はないくせに、夢を見ていた感覚はあるのだ。少しスマホを触って何かの連絡が来ていないかと確認するが、もちろん来ていない。会社の上司と家族くらいしか連絡先が入っていなかった。【 】の連絡先はいつ無くなったのか分からないが、前に、いくら探しても無かったのだ。通勤時間を考慮し少し余裕をもって家を出ることにする。テレビを消して、ピッという音をたてて停止するエアコン。主に台所あたりの火の回りと、忘れ物がないかを一応確認してみる。いつも通りのその風景となんの音も無くなった部屋をぐるりと見回して少し寂しい気分になる。家から出たくないという気持ちを抑え込み玄関のドアをあけると少し遅れて暑さが体にまとわりつく。自分で分かりつつも、不快感をあらわにした顔をして鍵を閉めた。



家から最寄り駅までおおよそ5分、といったところか。キリのいい数字だから少しだけお気に入りだ。歩いて駅まで行く。少し歩いただけで汗をかいてるのが分かってきて、タオルを持ってこればよかったなと後悔する。暑いのはまだいいとしても、汗をかくのが本当に苦手だ。腕時計をチラチラ確認しながら音楽を聞こうとイヤホンつける。ランダムにしてそれとなく流してみる。気に入ってる曲しか流れないためやる気のない気持ちが少し浮つく。1曲目が終わり、2曲目のサビに差し掛かる辺りで駅に着いた。イントロだけで分かっていたが、僕も【 】も好きな曲だった。音楽を止めてブチッとイヤホンを抜く。駅の改札をくぐり抜けるとすぐに階段が目の前にあって、毎日この長い階段を1段飛ばしで登っている。階段を登る時と降りる時では、降りる時の方が体力を使いダイエットにいいと聞いたことがあるが、そんなことは信じられない。圧倒的に登る時の方がしんどいし体力を果てしなく使っていると思う。

そんなことを考えていると電車が来たので乗り込んだ。わりと空いていたので体を休めるようにして椅子に座る。選ぶのは端の方。ひんやりとしていて、ちょうどいい具合に空調がきいている。心地いい。「次は○○駅〜」という感じの言葉が独特の声でアナウンスとして流れる。しばらくして会社の最寄り駅に着く。駅から出ると見慣れた後ろ姿があった。会社の後輩で僕の今の“ 恋人 ”だ。とても【 】と似ている子。名前は“ 月川 好華 ”。昔の恋人と重ねてしまうのは、失礼だとは分かっている。けれどどうしても重なってしまって。

今の僕は【 】の名字も名前もノイズがかかって思い出せないし、僕の名前もノイズがかかる。名前の部分だけがアナログテレビの砂嵐みたいな音を発する。それが何を意味するのか、全く分からない。名前さえ分かれば全て思い出せそうなのに。好華と居ると幾分か思考的になる。それと同時に忘れていたことをたまに思い出したりもする。騒がしくて、相手を振り回すようなところがあって、そこが愛らしい。長い髪の毛も似ている。違うところといえば【 】と違って眼鏡をかけていない所か。

「あ、« »く〜ん!」

ああ、そうか僕への呼び方も同じだ。

「なんで気づいたんだよ」

「いや〜私の« »くんレーダーが反応したから!」

「なんだそれ。そのレーダー引っこ抜いてやろうか。」

隣を歩いて会社へ向かう。他愛ない話を繰り返しながら。

「今日飲みに行こうよ!」

「いや……まぁいいけど。」

昨日飲みに行ったばかりだし、なんなら好華と居ると1つずつ着実に昔のことを思い出す行為が出来なくなる。これじゃ日課にもならない。好華は危なっかしくてどうしても神経をそっちに向けてしまう。けれど好華とどこかに行くのも1週間ぶりなので蔑ろにするわけにもいかず、了承する。

「明日2人とも休みだったよね?」

「少なからず僕は休みだよ。」

「じゃあ朝までだね!」

なんていう発想力だ。好華の脳内に睡眠という言葉は存在しないのか?思わず笑ってしまうと好華も楽しそうに笑う。

「それにしてもあっついね。」

「いくら駅から近くてもタクシー使いたいくらいだよ。」

好華を見るとかなり汗をかいていてタオルで拭っていた。ビリッと頭が痺れる。


「去年と同じだね〜。」

「……?去年……。」

【 】が悲しそうにこちらを見る。

「ごめん、間違えちゃったみたい!気にしないで。」

景色に視線を戻した。風が吹いて気持ち良さそうにする【 】。汗で濡れた髪の毛がなびいて、一瞬、うなじが見えた。


これは…【 】との記憶だ。思い出すのは去年の夏のことだけ。冬や春でも忘れていることがあるはずなのに、思い出すのは夏限定だ。今もちょうど夏だから思い出しやすいだけなのかもしれないが。

「どうしたの?暑すぎて倒れそう?」

多分、そんな顔をしていたんだろう。好華の心配する声でハッと意識が戻ってくる。

「いいや、なんでもないよ。」

答えになっていない返答をして話を終わらせる。好華はじっとこちらを見て、目を逸らした。やっと仕事場に着いて個人的な話は少なくなり、その日は定時であがった。

その夜、僕は珍しく好華の家で最後まで付き合った。飲みに行くと言っていたが結局家になっていた。大体、愚痴か、趣味の話ばかりして。朝までだと張り切っていたが途中で好華は寝てしまい、僕も寝ようとする。日課はまだ一昨日の冬で止まっている。次の日に回すことにして、酔ったまま眠りについた。

ふっと目を覚ます。ここ最近、よく夜中に起きる。体調も優れないし。よく眠れていない証拠だろうか。スマホを見ると午前3時を過ぎたくらいだ。明るすぎてすぐに消し、気がついたらまた寝ていた。



もう一度目を覚ました時には昼だった。夢は見ていなかったように思う。ぼーっとする頭で周りを見渡すと、好華がおらず、脱衣所の方からシャワーの音が聞こえてきた。おそらく昨日はそのまま寝てしまったので今入っているのだろう。後で僕も借りようと思い、顔を洗いにいくと、シャワーの音が止まりこちらの水をだす音が代わりに流れる。

「あ、« »くん起きた?」

「さっきね。僕も後でシャワー浴びさせてもらうよ。」

「もうちょっとしたら出るから待ってて!」

「急がなくてもいいよ。あとまだ出てこないでね。」

「ありがとう。まぁ……そうだね。出ないでおくよ。」

すこし疑問に感じた。出てこないでねと言った僕がいうのもなんだが。こちらは女性に対しすこし気を使ってしまうが、好華なら「私の裸見たくないわけ!?」とでもいいながら突っかかってきそうなものなのに。そう言いに来るのを前提で嫌味っぽさを含みながら言ったのに。まぁ女性はそんなものかと自己完結し脱衣所から出る間際に

「もう出ていいよ。」

と言った。

その後は言っていた通りシャワーを浴びたあと、何着か好華の家に置いていた私服に着替え近くのビデオショップに二人でいった。服に関してはお互いの家に何着か置いておくのがお決まりだ。去年有名になっていた映画やらを借りてコンビニに行ったあとはゆっくりと家ですごした。

今日は2人とも飲まずにご飯を食べて寝ることにした。好華はすぐ寝たが、僕は春から思い出すことにし、そっと目を閉じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る