書きおえれなかった供養箱。気が向いたら書く

@sssss_

第1話 プロローグ

「« »くん、もう君は私のことを……」

遠くから聞こえた声。もう届かないことを知っていて、手を伸ばすのを辞めた。


大きい窓から夏の強い日差しが僕の目を刺激する。夢から抜け出してきた。最悪な目覚めだ。最近よく見るこの夢は毎回毎回僕の心を抉ってくる。さすがに、もう同じ夢を見るはずがないと思い眠りにつこうと、クッションで光を遮る。だが、1度起きてしまったが最後、眠れない。目を細めて窓の方を見やった。ベランダの物干し竿から反射する光と、熱そうな風に吹かれる服を見て、気分は憂鬱になる。エアコンの設定温度は24℃。ずっとエアコンを付けているから電気代が大変なことになっているんだろうな、と軽く考える。しかし今はそんなことを気にしている暇はない。ソファから起き上がり、半ばおぼつかない足取りでカーテンを閉め始める。さっき起きたばかりだから、眠気がまだ取れていない。強い日差しで焼かれたフローリングは熱かったから、手早くカーテンを閉めた。ソファに戻ると、カーテンの隙間から光が漏れているのに気がついて、少しの不快感がこびりつき、離れなくなる。窓の外が見えなくなっても風に吹かれている服を思い出して、もうなにもしたくなくなってしまう。こんな暑い中ベランダにすら出るのも、何かをするのも億劫だ。しかし喉の乾きは待ってくれなかった。もう一度起きあがり、冷蔵庫から、何個もストックしてあるペットボトルの水の蓋を無造作にあけ体内に入れ込む。自分でも気がつかないくらい喉が渇いていたのか、体中に染み渡っていく感覚がする。こういう時の水は心底美味しい。昨日のことを思い出してみると、1人でかなり飲みふけっていた。夏というだけでこの有様だ。今、頭痛はしておらず、運が良かったなと思う。体は心底だるいし、もう休んでしまいたい。そう思いつつ、もう一度水をゴクッと飲んだ。沈んだ気持ちを洗い流すようにして。ふと時計を見るとあと3時間後には、ただのアルバイトから正社員になった会社へ出勤だ。こんな中途半端な覚悟で社会人として居て良いのか?とたまに思うが、将来、特にやりたいことがなかった僕にはこれくらいでちょうどいい。お金のためだと自分に言い聞かせ、やる気を起こさせる。はっきり言って、やる気は外的要因でしか起こらないが。

時計から目を背け、テレビをつける。ちょうど高校生たちが野球をしていた。野球観戦をしている人の映像と共に流れるCMの後の、ジャンケン。心の中でパー、と決めるが負けてしまった。こんな暑い中野球をしていることに対して、とても感心する。もちろん観戦している方も大変そうだと思う。ペットボトルに蓋をして冷蔵庫になおす。

高校球児たちとうって変わって、僕にとって夏は、この暑さは、どうしても好きになれないものだ。何をするにしてもやる気が起きない。【 】を思い出しそうな、夏のキラキラしたプールや海の水面も、絵の具で書いたような濃い青空も、どこにでもありそうな入道雲も、高い気温で涼しげが無くなった風も、古い家から聞こえてくる綺麗な風鈴の音も、全てが嫌になる。去年の夏の記憶は、もう無いくせに。

そう考え始めると、ズルズルと沼にハマっていく。その思考回路から逃げ出すため、テレビの音をBGMにして、身支度を始めた。適当に選んだシンプルな色のTシャツとズボン。ダサくもなくかっこよくもなく、至って普通の服装。着替えるのはいつも会社でだから、どんな格好で出勤していようが関係ない。冷蔵庫にはもちろん水以外のものだってある。いつも通りウインナーと卵を取り出して適当に料理する。マヨネーズは必需品。黙々と食べ終わったあと、リュックサックに昨日充電し忘れたスマートフォンとモバイルバッテリー、それに冷蔵庫の中の水を放り込む。歯を磨いて髪の毛を整えて……、なんてしていても1時間ほどで身支度は終わってしまった。テレビのチャンネルをクルクルと変える。たいして僕の興味を引く番組はやっていない。少し言い方は悪いし制作側に失礼だと重々承知しているが。それから少しなにをするか考えた。また高校野球のチャンネルに変えてテレビの音量を小さくする。考えた結果、いつもの日課をすることにした。頭の中を整理し、脳内の引き出しを丁寧に開ける。



僕は毎日、一昨年の冬から全てを思い出す。

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