#34 黒球

 俺たちを覆い被せてもなお余裕のがある巨大な大岩を俺は左手で軽々と支える。指先に力を入れるとヒビが入り、指が食い込んでいく。

 折れた指にダメージは全く残っていない!

 ポンと軽く宙に浮かし、余った右拳を繰り出すとその衝撃で大岩は粉々に砕け散った。

「問題ない、完璧だ」

 俺は左手を開いたり、閉じたりして感覚を確かめる。

 拳を見つめるアイナの雰囲気がフッと変わった。

 うつむいたまま視線を合わそうとしない。

 そのままの姿勢で左手を出してきた。

 俺もつられて手を差し出して、握手。

 すると、ぎゅっと握りかえしてきた。

「マー君……」

 握り返す力が増していく。

「おい、痛いよ」

「だぁれが筋肉フェチだって?」

「え、それはオキバさんが……」

「マー君の馬鹿ぁぁぁーーーっ!!」

 アイナは問答無用で俺をぶん投げた。

 グンと地面が遠くなる。

 アイナの奴もやはりパワーアップしてる。彼女は彼女でオキバさんの指導を受けたんだろう。

 俺たちは熟練度が低いのでまだまだ伸びしろがあるのだ。

 さすがにレベルアップには叶わないが。


 アリーナの中心、大岩の上であぐらをかいてふてくされているフェイクが見えた。

 俺は宙で身体を回転させて力のベクトルを変える。

 フェイクの前に、地面が砕け散る勢いで着地してやった。

 もうこの島の大地はボロボロだ。

「……来たね」

 フェイクが面倒くさそうに起ち上がち、軽く身体を動かし始める。

 動くたびに皮膚の下で、もの凄い量の筋肉が盛り上がる。

「お前は……そんなに筋肉が好きなのか?」

「うーん。

 なんか目覚めちゃったみたい。

 っていうか、昔……小学5年生の頃、自然に腹筋とか割れはじめちゃったことがあるんだよね。

 あの時は、これ以上強くなるのが怖くて筋肉落としたんだけど。

 そう! マー君が痩せ始めた時だよ。あの時は、マー君を追い抜くことが怖かったんだ。

 でも超えてみたら、たいしたことなかった。

 何に脅えていたんだろう……」

「お前は、向こうの世界では周りに上手く溶け込んでいた。

 友達を失うのが怖かったんじゃないか?

 だから、普通の“完璧超人”レベルにパワーを押さえて生活していた」

「そうかもね、馬鹿みたい。

 私は誰よりも能力があったんだから、みんなを従えれば良かったんだよ。

 世界だって手に入れられた。

 ケンジさんだって言ってたよね、『嘘は良くない』って。

 私、みんなを騙してたんだもの。

 そりゃ、窮屈な生活になるわ」

「……。

 俺たちは嘘をついていたというより単にパワーを隠していただけだ。

 常人程度にパワーを抑えていただけだから、嘘はついていない」

「屁理屈だよね」

「そうかもな……」

「ふふ……、やっぱりマー君と話してると楽しい」

「そうかい、俺はこれ以上ないくらいにムカついてるぜ」

「ねえマー君、仲間にならない?」

「なんで?」

「弱いマー君はいらないってオキエが言ってるけど、私が説得してあげる。

 楽しいよ、圧倒的なパワーで世界を押さえつけるの。

 壊しても、壊しても、オキエが他のスフィアから補充してくれる。

 だから破壊する物は尽きることはない。

 どんどん自分が強くなっていくことが実感できるの。

 もの凄いカ・イ・カ・ン、だよ」

「冗談じゃない!

 ……それにお前はエーコを殺した」

「エーコ?

 ああ、あのできそこないか。

 結局オキエの操り人形でしかなかった。

 おっぱい大きいだけで、何の取り柄もなかったし。

 あー、マー君、あの子の胸、好きだったんだよね。笑っちゃう。

 まあ、あの子のおかげでアイナの髪の毛が手に入って私が生まれたんだけどね。

 それだけは感謝かな?」

「……それが親友にかける言葉かっ!」

「あんただって、私を殺したじゃないっ!」

「……お前の悪事を止めたかったからだ」

「詭弁だね」

「そうかもな……。

 確認させてくれ。

 お前のクローンはもういないんだろうな?」

「いないよ」

「そうか……。もうひとつだけ確認させてくれ。

 ……じーさんを殺したのは、お前か?」

「……それはオキエ。何か因縁があったみたいね」

「……そうか。これで心置きなく、お前とやれるな」

「もうアイナって呼んでくれないんだね」

「……ああ、お前はアイナじゃないからなっ。アイナっ!」

 俺は手を挙げて合図を送る。

 フェイクの周りに魔方陣が浮かび上がった。慌てるフェイク。

 しかしそこから形成される黒い球ができあがる速度の方が速い。

 あっという間にフェイクはその中に取り込まれた。 

 崖の上からアイナがジャンプしてくる。

「マー君ありがとう、時間稼ぎ。

 まだまだ魔方陣を練るのに時間がかかるんだよね」

 魔方陣の中ではフェイクがもがいている。

「まだ時間停止はできないのか?」

「もうちょっと待って」

 フェイクは黒い球の内側から押し破ろうとしている。

 アイナの口からうめき声が漏れる。

 フェイクの凄まじい握力で、黒い球にヒビが入り始める。

「……何て奴だ」

「……間に合った! てえいっ!!」

 アイナのかけ声と共にフェイクの動きが止まった。

 黒い球の中で時間が止まったのだ。

「ふぅ……。

 時間が止まったならいかにあいつでも動けまい……」

「はぁ、はぁ……ちょっと、休憩。

 慣れないことは……するもんじゃないよね」

 アイナが肩で息をするというのはあまり見られない光景だ。

「大丈夫か?

 早めにとどめを刺しておきたいんだが」

 俺はポシェットから赤いカプセルを取り出す。

「そうだよね、ちょっと待って。

 小さな穴を開けるから、そこから」

「ああ、コイツを入れて時間を動かせば……フェイクは終わりだ」

「ちょっと複雑な気分……」

「でも、お前の顔で世界を破壊されたら叶わんからな」

「そうだよね。私、街で子供に石投げられたんだ……。

 すっごい悔しかった……。

 よしっ! じゃあ、行くよ……」

「ああ、いつでもいいぞ……」

 アイナはうなずくと、左の手のひらを黒い球に向ける。

 その甲に右の指を当てて、少しずつ広げていく。

 ほんの小さな穴が開いたその時だった。

「だめじゃないの、坊やたち……」

 突然、黒い球の後ろに魔方陣が描かれ、その中からオキエが現れた。

 オキエが右手をあげると、黒い球はスッと後方に移動してしまう。

「マー君、ダメっ!制御権が奪われた」

 パラメーターはアイナの方が高いはずだが、経験がほとんどないのが災いした。

 アイナは弾かれるように後ずさる。

「レベル1でそこまでできるなんて流石ね。

 今度、私のアイナにも教えてみようかしら。

 とんでもないことになるかもね。くすっ」

 オキエは笑いながら、フェイクがヒビを入れた箇所をポンと叩く。

 音を立ててヒビが広がり、徐々に黒い球全体を覆っていく。

 そして小さな破片となり、パラパラと崩れ落ちる。

 その中でフェイクがピクリと動いた……。


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