#33 記憶
アイナの手から青白い光が消え、急激に感覚が戻ってくる。
「うっ……」
小指は治っているのかもしれないが、それ以上に薬指が痛い。
いや、むしろ痛みは倍増している気がする。
そしてアイナが無言で俺の薬指を伸ばす。心なしか前よりも力が入っていて、怖い。
痛みが頂点に達した所でオキバさんに代わり、治療が再開した。
青白い光と共に痛みが引いていく。
「話題を変えようか。
わしは魔法の研究をしておってな。スフィアはその成果のひとつなんじゃ。
クローンは元からあった技術じゃが、秘匿されていてのう。
研究の結果、使い道のなかった幼生体クローンに大きな可能性を見つけたのじゃ。
その誕生時にパラメーターを操作できることをな」
「……」
「わしも若かった……。
人間というものの限界を超えたい、としか思っていなかったのだな。
実に浅はかな考えじゃよ。
そうして想像を絶するパワーを持つ赤子が誕生した。
お前さんとアイナじゃ。
それは望まない物だったかもしれないが」
「……やっぱり、俺も……クローンなんですね」
「ああ……。
お前さんは……我が夫のクローンじゃ。
強化クローンであるお前たちは、成功作であり、失敗作じゃった。
なにしろ、大人であるわしが赤子であるお前さんたちに振り回されてしまうのだからな。
制御できないパワーに意味はない。
その時のお前さんたちを例えるなら高速で走るレーシングカーなのに、ブレーキが役に立たないようなものじゃ。十分な減速ができないから、曲がることもできない。
どこかにぶつけないと止まることもできない。
しかし馬力がありすぎて、街を破壊し尽くしても止まることができない悲しい車じゃ……。
やむを得ず、お前さんたちにリミッターをかけたのじゃ」
「リミッターですか……。
それが今、外れたということですか?」
「……いや。外れてはおらんよ。
わずかに緩んだだけじゃ」
「わずかに緩んだだけ……」
それでこのパワー。
若きオキバさんが、赤子の俺たちを恐れたのが分かる気がする。
この人は魔術の天才なのだ、頭に“マッド”が付く部類の。
魔術が中途半端にあるこの世界。
この人が身を引いたから進化が止まったのではないか、そう推測するに十分な能力を持っているようだ。
オキバさんは話を続ける。
「リミッターは“矛盾”と同じように、お前さんたち自身のパワーを利用して制限を掛けるもの。
自力で外すことはできん。
理論的にはお前さんたちを圧倒するパワーの持ち主であれば外すことができるが、そんな者は存在せん。フェイクのパワーを持ってしても、まだ足らん。
わしは別のアプローチでお前さんたちを封印したんじゃ。
つまり、時を止めてな」
「この空間みたいにですか?」
「そうじゃ。
時を止めるスフィアの中でお前さんたちは眠りにつき、それで話は終わるはずじゃった。
……全てを狂わせたのがオキエじゃ」
そう言ってオキバさんは目を閉じた。
俺は黙って彼女が話し出すのをまった。
そして彼女は語り始めた。ゆっくりと、ゆっくりと……。
「……お前さんたちを封印してから、夫とは別れた。
わしには人を育てる資格がないと思ったから。人を愛する資格がないと思ったから。
今思えば夫には悪いことをしたと思う。
わしは旅に出て、夫は……家に引きこもった。
オキエは……旅の途中で拾った家なき子だったのじゃ。
廃墟と化した街であやつはひたすら泣いておった。
哀れな子でな、パラメーターが低すぎて捨てられたんじゃろう。
ロクに言葉も喋れんかった。
この娘を育てることは、わしの贖罪だと思ったのじゃ。
ちょうどお前たちと真逆の子供だしな。
まずは、子供に名前を与えた。
不思議なもので、たったそれだけのことで愛着が湧いてくるのだ。
……今思えば、お前さんたちにわしは名前を付けなかった。それが過ちの第一歩だったのかもしれん。
そして、オキエには色々な物を見せた。
理解は及んでいないようじゃったが、この子の喜ぶ顔を見るのがなにより楽しみじゃった。
人よりも歩みは遅いが、ゆっくりと知恵を付けていった。
最初は良かったのじゃ。
しかし自分が他と違う、他人より劣ると知った頃からあやつの心が病んでいったのじゃろう。
わしはその変化に気付かなかった。後から思えば、そういうことだったと思うがの。
やはりわしは人を育てるのには向かない人間なんじゃろう。
……あやつにはたったひとつだけ、特殊な力があった。
能力の吸収じゃ。
知恵を付けてるように見えたのも、すでに何者からかパワーを吸収していたのかもしれん。
そしてある日、わしの能力は半分近くをあやつに吸い取られてしまったのじゃ。
同時に肉体も衰えてしまった。
逆にあやつは、一気に常人を超える知恵と魔力を手に入れた。
それはネガティブな考えに走るには、十分過ぎる理由じゃ。
力関係は逆転し、あやつは出て行ってしまった。
ここからは推測と伝聞になるがな。
恐らくあやつはその後も、何十人、何百人もの能力を吸収した。
元々低い能力値であったがゆえ、貪欲にパワーを求めたんじゃろう。
ついには、アイナが驚くほどの強さを得た。
それでも物足りなかったのじゃろう。
そしてわしの記憶の一部をたどり、お前さんたちのことを知った。
喉から手が出るほど欲しくなった、お前さんのパワーが。
お前さんに相当する者を作ろうとして作ったクローンがエーコ。
でないと、あやつが幼生体クローンを作る理由がないからな。
しかし、失敗。
あやつが得たのはわしの知恵の一部、それではたどり着けんのじゃ。
方針を変えてお前さんたちを解放し、お前さんたちを育てるためだけの世界“スフィア”を作った。
その時、上手く利用されたのが我が夫じゃ。
夫は上手く騙され、お前さんたちをスフィアに送り込むことに成功した」
「……」
「オキエはわしとは違う発想で、お前さんたちのリミッターを外す方法を思いついた。
お前さんたちよりも強い存在に気付いたのじゃ。
……それは“世界”。
オキエの用意したスフィアは、お前さんたちのリミッターを外すためだけに用意された“世界”なのじゃ。
ただそれは恐ろしいほどに非効率なやり方じゃ。
“世界”とお前さんたちはリンクしようがないからな、普通はやろうとも思わん。
あやつの恐ろしいまでの執念がそれを思いつき、実行した。
お前さんたちのリミッターは、強大な“世界”のパワーによって少しずつ緩んでいった。
恐らくリミッターを外すためだけにあらゆる操作が行われたのじゃろう。
が、長い年月を掛けてもわずかに緩む程度。しかも緩んだパワーでさらに強力化したリミッターに“世界”ですら歯が立たなくなった。
これ以上のパワー解放は望めないと判断し、お前さんたちを呼び寄せたのじゃろう。
その様子は監視役としてエーコを送り込まれた逐次知ることができた」
「エーコはオキエによってこの世界に引っ張り出され、……フェイクに殺されました」
「……そうか。
泣くな、アイナ……。
お前が動揺すると、リンクが外れてしまう」
「するとエーコは俺を……俺とアイナを騙してたってことになるんでしょうか?」
「いいや、恐らく“目”としての役割を与えられただけじゃろう。
そもそもリミッターの解除なぞ幼い子供であったエーコにできるはずがない。
近くにいることが、その使命。
ただしお前さんたちの友人となったのは……恐らく自然な流れじゃろう。
アイナには、わしの記憶が残っていない……はずなのじゃ。
なのにアイナはエーコを愛した……あ、変な意味じゃないぞ。
……エーコは、わしの“愛しい娘”であるオキエのクローンじゃからな。嫌いにはなれんのじゃ。
アイナの記憶でも悪い印象はないし、むしろうらやましいとさえ思ってる節さえある。
職業として魔法戦士を選んだのも、……わし影響かもしれん。
人の心は分かっているようで、まだまだ分からない所が多いのう……」
「……分かるような、気がします」
エーコのパラメーターが低いのにそれなりの能力を持っていたのは、オキエの力が流れ込んでいたからなのか。
「わしがアイナを迎えに来たのは、オキエが何かを企んでいると聞いたからじゃ。
しかし老いたこの身体では何もできん。
その時、“最強のレベル1”の噂を耳にしたのじゃ。
真相を知ったアイナはわしに協力してくれると同時に、お前さんを真実から遠ざけようとした」
「馬鹿だよ……アイナ」
「一番悪いのはわしじゃ。
アイナは巻き込まれただけ。許してやってくれないか」
「はい……。
ともあれアイナはあなたに、というか自分自身に協力していたという訳になるわけですね」
「ん……そういうことになるな。
そして気付いておると思うが、……我が夫は、お前さんが“じーさん”と呼ぶあの男じゃ」
「でも、じーさんは巨人族で、俺はリトル・ヒューマンですよ?」
「そんなもん育った環境の違いだけの話じゃ。
産まれた時は同じ大きさの赤子じゃ。
実際、お前さんは夫の若い頃にそっくりじゃ」
……というと、俺は将来ああなるのか……。考え物だな……。
でも、それなら告げなくてはいけない事がある。
「……オキバさん。実はじーさんはあの後……」
「そうか……」
オキバさんはそれだけで察したようだった。
そして、会話が途切れた。
手のひらの青白い光がほんの少しだけ揺らいだ。
話題は変わり、俺はオキバさんからいくつかの戦い方を教えて貰った。
「……とするのが有効じゃ」
「なるほど……」
オキバさんは魔法戦士であり、ひととおりの格闘術も身につけていた。
アイテムなしで魔法を使える者はごく少数であることから、魔法専門の職業は存在しないのだ。
その格闘術も非力な者の護身術に近く、フェイクとのパワー差を考えると達人たちの指導より役に立ちそうなことが多かった。
「アイナが一撃でフェイクを倒せたのは、アゴの所を強く揺さぶったからじゃ。
脳みそが揺さぶられ脳しんとう状態になる」
「なるほど……ボクシングと同じですね」
「……ほれ、終わったぞ。手を動かしてみ」
オキバさんは手をゆっくりと放した。
ふいに感覚が戻った左手は全く違和感がなかった。
指もしっかりと曲がる。
「痛くない……。ありがとうございます!」
そしてアイナの姿をしたオキバさんは俺を見つめる。
「最後にもうひとつ、お礼をいわせてもらうよ。
夫は、アイナとお前さんを見るのが好きだったと言っておった。
わしと夫にそっくりな若いふたりが、自分の元で仲良く暮らしておるのだからな。
本来、それはわしら自身が実現すべきことじゃった。
夫の人生の最後に夢を見せてくれて、心から感謝しとる。
それから……これは偶然でもあるんじゃが、アイナがお前さんを『マー君』と呼ぶじゃろ。
あれは、わしが夫を呼ぶ時の言葉でもあったんじゃ」
「あ……、“増田”……じーさん」
「そして、お願いじゃ。
アイナと同じように、オキエもフェイクもわしの子供じゃ。
これ以上、世界を壊すようなことを続けさせないでくれ。
頼む、あやつらを止めてくれ」
「……違いますよ、オキバさん」
「え?」
「俺も、あなたの息子です。
だから、遠慮はいりません」
「……はは、……そうか、そうじゃな。
行ってこい! マサト!」
「はいっ!」
フッと黒い球体が晴れ、時が動き出した。
頭上の大岩が落下する。
俺は左手を高く上げ、大岩を受け止める。
強い衝撃と共に地面が揺れる。
そして感覚が戻ってきた。
「……痛くないっ! 治ったっ!!」
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