#32 治療

「恐らく理解度はアイナと同じだろうから、そのつもりで勝手に話をするよ」

 オキバさんとして話すアイナは落ち着いた口調だ。なんだか違和感がある。

「はい」

「簡単に言うと、アイナはわしのクローンじゃ。

 この問題はクローンというものが大きく関わっておる。

 通常はストレート・クローンといって、基本能力値を持った同一体を作るんじゃ。

 この世界ではお店やギルドに同じ顔をした者が沢山いたじゃろ?

 あれがストレート・クローンじゃ。

 今、敵対しているアイナも、お前さんといつも一緒にいたアイナのストレート・クローンになる。

 クローンを作るには髪の毛が必要。

 だからクローンを作られたくない者は、髪を伸ばさないんじゃが……。

 アイナは旅に出ることの決心として髪を切ったよな?

 今回は、それが利用されたという訳じゃ」

「その辺はケンジさんからも聞きました。

 とすると、アイナの髪の毛を持ち出したのはエーコってことになりますが、あいつは俺たちの世界にずっといたんですよ。

 そんな事、知っているわけがない」

「エーコ……、お前たちのクラスメイトじゃな。

 ……やはりあやつもこちらに来ておったのか?」

「はい、俺の前でオキエによってスフィアから引っ張りだされました……。

 あ、スフィアって分かりますか?」

「ああ……。

 あれは元々わしが考案した物じゃ。

 そこまで知っているなら話は早い。

 オキエはわしにとって因縁の相手……になるんじゃろう。

 そしてエーコ、……あやつはオキエの幼生体クローンだったようじゃ」

「幼生体クローン?」

「ああ、それがお前さんたちの正体でもある。

 ストレート・クローンと違って、幼子として作られるクローンじゃ。

 より高度な技術が必要なこともあり、ほとんど作られることはない。

 記憶も失うでな、素直に子供を作る方がメリットが多いんじゃ。

 おおそうじゃ、お前さんたちが会ったマリアという占い師がおったじゃろ?

 あれの妹と赤子はいずれもクローンじゃぞ。

 それぞれストレートと幼生体。つまり、あの場には同一人物が3人いたという訳じゃ」

 なるほど。

 そういえば、マリアさん……確か『ヤバいことをやってる』みたいなことを言ってたな。

 この辺の情報を知っているかどうかが、ケンジさんの言う巨人達の身分の違いを生み出していたのか……。

「疑問なんですが、簡単にクローンが作られるんなら乗っ取りとか起きたりしないんですか?

 権力者とかのクローンを作れば、財産を乗っ取れるんじゃ」

「ほほ、良い質問じゃ。

 通常はクローンには“従順”の魔法をかけるんじゃ。

 これで逆らうことはできない。

 順位付けをしてしまうんじゃな。

 基本能力値は本人と同じだから、安心して仕事を任せられるパートナーになる訳じゃ。

 そもそもコピーを防止するのは簡単じゃ。髪を伸ばさなければ良い。

 もっとも他人のクローンなんか作ろうと思う奴はおらんけどな」

「どうしてです?」

「簡単なことじゃ。

 髪の毛が切られたらバレてしまう、本人にも周りにもな。

 替え玉は誰にも気付かれずに用意できなければ意味がない」

「あぁ、なるほど……。

 でもアイナの場合、クローンを作って“従順”させれば最強のボディーガードになる」

「それが、そうもいかんのだよ。

 “従順”は同一人物なら問題ないのだが、別人にかけるのは危険なのじゃ」

「危険?」

「ああ。人は奥底で何を考えているかは分からん。

 アイナは外面はもの凄く良いじゃろ。

 学力優秀、スポーツ万能で、誰からも信頼される生徒会長でありつつ、料理、掃除、洗濯も完璧にこなす美少女」

「はは……美少女ですか」

「本人がそう言えと、頭の中で騒いでいるんじゃ。アイナ、少し静かにしてくれ。

 ……まぁ、実際あやつはモテるしなぁ。

 お前さんは知らんじゃろが、アイナは告白を毎日のように受けてたんじゃぞ。

 他校の生徒も含めてな」

「うそ!?」

「本当じゃ。それをみんな断っている訳じゃからな。

 なんともったいない。

 しかし、その実態は強すぎるパワーを隠し持つ、というより持て余しとる特殊な趣味の少女じゃからな」

「特殊な趣味?」

「ああ、そうじゃ。

 こやつの正体は、巨乳に憧れる筋肉フェチじゃ」

「……」

「なんじゃ、反応が薄いのう」

「あ、いや……。

 なんとなく、そんな気がしてたんで……」

 俺の身体に筋肉が付いてきた頃、ややうっとりとした表情で撫でるアイナは忘れられない。

「かっかっか。

 なんじゃ知っとったか。

 なら、筋肉がつかないよう気を付けていた理由にも気付いてやるべきじゃったな」

「えっ、それは筋肉付けすぎるとシャレにならないからじゃ……」

「ふぅ……。アイナも苦労するわけじゃ。

 まあ、お前さんはお前さんで、心の奥底で何考えてるか分からんからのう。

 夜な夜なアイナでやらしい想像とかしとるんじゃろ?」

「ちょ……そ、そ、そ……そんなことしてませんよっ!」

「はぁ? しとらん訳がなかろう?

 常にお前さんの横にいる、わしに若い頃そっくりの可愛い女の子がいて、やらしい想像しない方がおかしかろっ!」

「すみません! 今ので萎えましたっ」

「つまり、それまではしとった訳じゃな」

 オキバさんの眼ぢからがすごい……。

「……はい」

 その当人と手を繋ぎながら、その当人の顔で追求され、告白する自分が何だか情けない。

「ほーっほっほ。素直でよろしい。

 アイナも似たようなもんだから、気にせんでよい。

 若いんじゃしな。

 じゃあ、話を戻すぞ。

 ん? ……はて、どこまで話したのか?」

「脱線しすぎですよっ。

 “従順”は別人にかけると危険って所から」

「おお! そうじゃった、そうじゃった。

 “従順”は心と心を奥底で繋げる魔法じゃ。

 しかし別人の心と心を繋げた場合、必ず綻びが生まれ、それがストレスとなる。

 多くの場合ストレスに耐えられず、人格が破壊されてしまうのじゃ。

 仮にストレスが小さい場合であっても24時間常に掛かっていると大きな歪みとなり、いつか壊れる。

 そもそも“従順”はクローンを奴隷化する物ではない。

 円滑にクローンを扱うためにあるのじゃ。

 クローンも自分が本物と思っておるからの、いつかはオリジナルと衝突する。

 そんなことにならないよう、“従順”を植え付けて順位を確定させておくんじゃ。

 これでトラブルがなくなる、という訳じゃ」

「じゃあ、マッスル・アイナの好戦的な性格って……」

「ああ、マッスル・ア……うるさいのう、わかったよ。

 変えればいいんじゃろ?

 マッスル・アイナ、改めフェイク・アイナに付加された自我によるものじゃろう。

 新たな自我を加え、“従順”をかける。

 今の所、元々強いオキエへの思いと“従順”の力が相まって、本来のアイナの心をねじ伏せておるようじゃな。

 さらに厄介な事に、想像を絶するパワーに酔いしれ、さらなるパワーを求めておる。

 すでに使い道がないほどの超パワーを得ているにも関わらず、な。

 ただ、そんな事をすれば長くは保たないんじゃが……」

 そう言えば、敵対するふたりのアイナは性格が微妙に違っていた気がする。

「……オキバさんとアイナはリンクしてるんですよね?

 そういったことは起きないんですか?」

「わしとアイナは元々同一人物だからな、そうはならん。

 どうだ? お前さんにとって、わしは話やすいじゃろう?」

「確かに……。

 逆にマッスル・アイナには少し違和感があります、言われてみれば」

「あやつの事はフェイクと呼んでくれ。頭の中でアイナがうるさいんじゃ。

 わしとアイナがリンクしたのは、あやつの力を借りるため。

 わしは老いで目が弱ってしまってな。

 旅立ちと同時にアイナの目を貸してもらったんじゃ。

 だから、わしの視界はあやつの視界と同じ。

 わしの目の代わりはアイナにしかできん。

 元々目の見えないわしの場合、常に一緒にいるのが望ましい。

 これには副作用があってな、今もアイナのパワーが流れ込んできておる。

 アイナからみれば微々たる量なのだろうが、わしにしてみれば必要にして充分過ぎるほどじゃ。

 おかげで失われた記憶もだいぶ戻ってきた。

 何より歩くのが苦にならなくて助かっとるよ」

「あ……アイナが魔方陣を使ってるのも」

「そうじゃ。あやつのおかげで、わしも魔法が使えるし、アイナも多少の魔法は使える。

 ただアイナの魔法は発動まで時間がかかるので、まだまだ戦闘には使えそうにないがな」

「そうですか……。

 あっ、そうだ!

 フェイクに“従順”をかけることはできないんですか?

 アイナに従うように上書きするとか。

 同一人物だからいけるんじゃ……」

「ダメじゃっ!」

 オキバさんはこれまでになく、厳しい口調で否定した。

「……す、すみません……」

「あ、いや……すまなかった。

 お前さんの考えはもっともじゃ。

 さっきも言ったが、“従順”は心の奥底を繋ぐ魔法じゃ。

 フェイクには、もうすでに他の人格が同居し自我を持っておる。

 基本的に“従順”は一番最初にかけるか、互いに受け入れる意思がないとダメじゃ。

 お前さんの提案はフェイクの意思をアイナの意思で乗っ取ろうとすることと同義じゃ」

「はい……」 

「ふたつの心でも危ういのに、みっつも、よっつも重ねたら……。

 恐らく自我が崩壊し正気ではいられんじゃろうな、フェイクも、アイナも」

 胸がズキンと痛みが走る。

 それはフェイクに対しても感じたことではあるが、それ以上に……。

「もしかして……」

 オキバさんは俺の言葉を遮った。

「うむ、小指はこれでええじゃろ。

 一旦、身体を返すぞ、アイナ。

 次の指を固定してくれんか」


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