#31 再会

 急にアイナの気配が消えた。

 沈み行く身体が急に軽くなる。

 何があったか分からないが、ここを離れるには今しかない。

 痛む左手をかばいつつ、俺は身体を起こす。

 さっきまで俺に圧倒していたアイナは、背を向け走り出している。

 その先にはオキエの姿……。

「何が起きてるんだ?」

 オキエは……誰かと戦っている!?

 誰だ?

 身体の大きさはオキエと同じくらいだが、よく見えない。走るアイナが邪魔なのだ。

 信じられない事に、あのオキエを圧倒しているようだ。

 片手でオキエの身体を羽交い締めにし、残るその手でヘルメットを掴む。

 アイナが向かうが間に合わない。

 オキエのヘルメットが剥がされた!

 今、オキエの素顔が白日の下に曝された。

「まさか……エーコ……なのか!?」

 思わず声が出る。そう、オキエの顔はエーコにそっくりなのだ。

 でも、俺の意識はオキエを拘束している人物から離れない。離れようがないんだ。

 カラーン……。

 乾いた音を立ててヘルメットは地面に落ちた。

 オキエを拘束している者の握力で、原形を留めないほどに歪んで。

 これだけのパワーを持つ者はそうはいない。

 顔がハッキリと見えた! 間違いない、あれはアイナ!

 あのアイナがここにいる。

 分かれた時の姿そのままの露出を抑えた服。

 あの日に切った髪の毛は少しだけ伸びている。

 3人目のアイナ。

 乱入してきたアイナは、オキエの顔を見て叫ぶ。

「やっぱりあんたね!」

 そこに俺を襲っていたアイナ……マッスル・アイナが迫る。

 乱入アイナはオキエを遠くに放り投げるとマッスル・アイナの注意がそちらに向いた。

 オキエの行方を目で追うマッスル・アイナの下に潜り込み、乱入アイナがアゴにジャブを入れる。

 マッスル・アイナがクラッと膝を着くと、乱入アイナは回し蹴りで喰らわせる。

 倒れ込んだマッスル・アイナに、乱入アイナが馬乗りになった。

 拳を思いっきり振り上げ、撃ちおろす

 重い音と共に大地が揺れ、その威力でふたりの身体が地面にめり込む。

「まずいっ!」

 俺は重い身体を起こし、アイナたちの元に向かう。

 乱入アイナは次々とパンチを繰り出す。そのたびに大地は揺れ、地面は砕け、ふたりは沈んでいく。

「あいつのパワーは俺レベルだっ!」

 激しい攻撃の中、すり鉢状の大地の底でマッスル・アイナはクスリと笑う。

「何やってるの、あんた? くすぐったいよ」

 その言葉を聞いた乱入アイナは一段と大きなモーションでパンチを繰り出す。

 が、マッスル・アイナは片手で軽々と受け止める。

 そして乱入アイナをブンと振り回し、真横に叩きつける。

 位置が入れ替わった。今度はマッスル・アイナがマウントを取る。

「パンチってのはこう打つんだよ!」

 マッスル・アイナが乱入アイナにパンチを放つ。

 今までとは比較にならない衝撃が島を襲う。

 たったの一撃で、乱入アイナが繰り出したパンチを超える衝撃。

 半径数十メートルに渡って岩が砕け飛び、土煙が舞い、すり鉢は数倍の深さとなった。

 俺はふたりのアイナの元に駆け下りていく。

 その姿を見たマッスル・アイナは身体を起こす。が、乱入アイナに足をすくわれバランスを崩した。

「こっちだっ!」

 俺は乱入アイナに手を伸ばす。彼女も手を伸ばし、今、ふたりの手が繋がった。

 そして引き上げると、そのまま横抱きにしてその場を離れる。

「なに、あいつ。とんでもないパワー」

「レベル45だからな。

 それより、お前……アイナ、だよな」

「当たり前でしょ? こんな美少女が他にいる訳ないじゃん」

「そうだよな……、馬鹿野郎……」

 いつの間にか涙が出ていた。

 ケンジさんにこの可能性を指摘されながらも、俺はいまひとつ信じ切れなかった。

 しかし現物を見て確信した。

 これがアイナだ!

 本物のアイナだ!!

 これでケンジさんの言うように、見方が180度変わった。

 敵対していたのはアイナであって、アイナではない。

 横抱きされるアイナは、俺の首に腕を回してきた。

「ごめん……仕方なかったの……。

 でも、再会の言葉が『馬鹿野郎』はないんじゃない?」

 逃げる俺たちに、マッスル・アイナが追い付いてきた。

 恐ろしいスピードだ。

 拳を振り上げ、俺に殴りかかる。

「邪魔するなよ、ニセモノ」

 俺はジャンプしてかわすが、マッスル・アイナは構わず地面を殴る。

 地面は大きく揺れて、割れ、砕けた岩が舞い上がる。

 俺は飛び交う岩をヒョイヒョイと飛び移り、その場を離れる。

「ごめん、マー君。

 私のミスだ。まさか髪の毛からクローンが作れるとは知らなかったの。

 オキバちゃんに怒られたよ」

「オキバちゃん?」

「私を迎えに来た人。覚えてない?」

「もしかして、あのばーさんか?」

「ばーさんって……。

 まぁいいや。詳しくは後で。

 とにかくあの髪の毛で私のストレート・クローンが作られたみたい。

 あの量だと2体いる可能性があるって」

 マッスル・アイナは闇雲に地面を叩いている。飛び交う岩と振動が止まらない。

「1体は俺が倒した。するとあれが最後だな」

「それよりマー君。どこかケガしてない? ちょっと動きが変だよ」

「指、折れちまったよ」

 アイナは視線を上にあげ、つぶやき始める。

「そう……ねぇ、何とかなる? ……そうか、じゃあお願いする」

「おい、何言ってるんだ?」

「マー君、驚かないでね」

 アイナはウインクをする。そして右手を挙げる。

 すると魔方陣が発生し、突然周りを飛び交う岩が消えた。

 消えたというより……。

「おい! お前、何をした?」

「瞬間移動だよ。今、崖の上」

 確かにここはアリーナの外枠だ。

 アリーナの底ではマッスル・アイナが暴れて岩や土煙が舞い上がっている。

 俺たちが移動した事は認識できていないようだ。

「もしかして……魔法か? お前は今まで何をやってたんだ?」

 急に振動が止み、ドスンドスンと岩が落ちる音も止まる。

 マッスル・アイナはこちらに気付いたようだ。

 鋭い目付きをこちらに向けてくる。

 そして深く膝を曲げると、高くジャンプ。舞い上がる身体は十数メートルの崖をはるかに超え、放物線を描いてこちらに向かってくる。

「マー君、ちょっと降ろして」

 腕の中のアイナは俺から飛び降りると、ポンと地面を蹴ってロケットのように一直線にジャンプ。

 宙に放物線を描くマッスル・アイナは方向を変えられない。

 ただ落ちていくマッスル・アイナと、今ジャンプしたアイナは同じ一点に向けて飛んでいく。マッスル・アイナが掴もうとするのをアイナは避けて激突。両者は反対方向に弾け飛んだ。

 アイナはこちらに真っ直ぐに飛ばされ戻ってきて、見事に着地を決めた。

 一方、マッスル・アイナは斜め上に弾き飛ばされ、はるか遠くの森の中に消えた。

「すげぇ……」

「ふっ、人生経験の差ね。

 それよりマー君。その手、治しちゃいましょ」

「治るのか? ポキッといっちゃってるぞ」

「ちょっと痛いかも。我慢してね」

 アイナは俺の手を取ると、持ち前の怪力で小指を引っ張り始めた。

「いてて……。丁寧にやってくれ」

「我慢して。……よし、ここね。いいわよ」

「『いいわよ』って何が?」

 その時、何かが変わった。

 目の前にいるアイナがアイナでなくなったような……。

「ほれ、いくぞ」

 アイナの手が青白く光り、俺の手を覆っていく。

「いてて……あれ? 左手の感覚がなくなっていく」

「今、左手の新陳代謝を急激にあげておる。

 お前さんの脳が混乱起こさないように切り離しただけじゃ」

「アイナ……?

 お前、本当にアイナなのか?」

「今のわしはアイナではない。

 久しぶりじゃな、オキバだよ。アイナの身体を借りておる」

「!?」

「おっと、動くんじゃないよ。

 今、この手が離れると、左手の神経が一生戻せなくなるぞ」

「ちょ、ちょっと何言ってるんだ」

 突然、空が暗くなった。

 上を見ると、俺たちを丸々と覆い尽くせる大岩が宙を舞っている。マッスル・アイナが投げてきたのだ。

「ちっ、今これを喰らうのはマズいわいっ!」

 突然、周りが黒い球体で覆われた。

「……!」

 黒い球体はわずかに外が透けて見える。

 頭上にある大岩は、その動きを止めた。

 いや、それだけではない。

 岩も、砂も、風も、外の何もかもが止まっている!?

「アイナのおかげで、今はこんなこともできる。

 この中は時の理(ことわり)から外れておるから安心せい」

「時の理って、時間を止めているのか?」

「そう考えて構わん。まずはこの手をしっかりと治すぞ。

 少し時間が掛かりそうだな。

 ……すこし昔話でもしようか。

 お前さんたちのことじゃ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る