#29 超越

 決闘の島に着いた。

 万が一に備えボートを分からないように隠した。

 辺りを確認し、あいつらがいないことを確認し上陸する。

 すでに戦場かもしれない。

 俺たちは注意を払いながら先を進む。

 もっとも、あいつらがゲリラ的な戦術を採る理由がない。

 真正面から圧倒的な力で叩き潰す方が簡単で効率が良く、あいつらにとって楽しいはずだ。

 とりあえず俺たちは状況を確認するため、高台に昇った。

 ここからは島の全景がよく分かる。

「ちょっと報告と地形が変わってないですか?」

 俺の言葉にドゥヤさんは地図を広げる。

 半円状の崖が広大な森を取り囲んでいるはずなのだ。

 崖は十数メートルの高さと報告の通りだ。

 しかし取り囲む森が……。

「違ってる……。広がっている森の木々が円形に抜き取られ整地されている。

 これはまるで……闘技場(アリーナ)だ」

「この島全体が罠、という訳ですね」

「ちょっと待っておくれよ。

 この短い期間でここまでやったっていうのかい?」

「……あんなもん、草を抜くような感覚ですよ。

 今のあいつにとって」

「草を抜くねぇ……。

 まぁ、たったふたりで世界に喧嘩売ってるんだから、できて当然なのか……。

 隠れる場所が全くないからゲリラ戦法は使えない。

 狙撃しようにも弾丸を弾いちまう。

 立てた計画のほとんどが無駄になったって訳か。

 こりゃ小僧の言うとおり、あんたひとりでやるしかなかったね」

「正々堂々とやることが有利になりますからね、あちらにとって」

 あいつ……アイナはアリーナの中央で仁王立ちになってこちらを見ている。

「……逃げも隠れもしない、とでも言いたそうな態度だね。

 ただ、ああいう奴は逆に何するか分からない。

 向こうの遊び半分は、こちらの生死を簡単に左右するからね。

 気をつけて行きなよ」

「……はい。

 じゃあ、行ってきます!」

 ドゥヤさんは笑顔で親指を突き立てた。

 俺は足を深く曲げ、ジャンプする。高く、高く、まるで太陽に吸い込まれるかのように。

 手のひらで太陽がつかめそうになった時、落下しはじめる。

 大きな放物線を描いて、俺はアイナの手前に着地した。地面を砕き、土埃が舞い上がる。

 派手な着地にも、アイナは全く動揺する素振りも見せない。

「来ないかと思ったよ、マー君」

「お前……この三日で太ったか?」

「失礼な。

 すごいよ、この身体。

 とった栄養がその場で血となり、肉となってる感じ。

 ほら、無駄なお肉なんて1グラムだってないわ」

 自慢気に腕を曲げると筋肉が球のように盛り上がり、筋ひとつひとつがくっきりと浮かび上がる。

 肩周りや太もも周りも明らかに一回り大きくなっている。とてもこの短期間で付く筋肉量とは思えない。もはや、あり余る超パワーが身体に収まりきらないといった感すらある。

 男である俺に迫る体格。出来の悪いアイコラを見てる気分だ。

 なにより秘めたパワーは比較にならない。

 あちらも何もしていない訳ではない、という事か。

「そうかい、俺には無駄な肉に見えるがな。

 それより別ジャンルの無駄な肉を付ける方がいいんじゃないか?

 お前、胸ないんだから、そのうち男と区別つかなくなるぞ」

「ふん、私に勝てない男に価値なんかないんだから、構わないよ」

「言ってろ。後で痛い目に遭わせてやる」

「あら、痛いの楽しみ。

 私ね、一度マー君とやってみたかったんだ。

 こんな広い場所でマー君とやれるなんて最高だよね」

「……こちらは俺ひとりだ。

 そっちはお前ひとりか?」

「オキエとふたりだけど……出番はないかもね」

「あ、それから見届け人としてひとりここに来ている。

 勝敗を確認するだけだから、手を出さないで欲しい」

「えっ……。オキエー、どうしよう。

 その人、殺しちゃダメなんだって」

 アイナは俺の後ろに向かって声をかける。

「遅いわよ。もう殺しちゃったわ」

 振り返ると崖の上に、ドゥヤを片手でぶら下げるオキエの姿があった。ドゥヤの手足は人形のようにブラブラしている。

「あはは、マー君。

 卑怯な手を使ってくると思ったけど……そんな事なかったんだ。

 ごめんねぇ」

 高笑いするアイナ。思わず頭に血が上る。

 衝動的な行動を引き留めるのは、当のドゥヤの言葉だった。

『……だから何があっても冷静に、そして辛いかもしれない選択を採るんだ』

 殴りかかりたくなる衝動を抑え、俺は拳を強く握りしめる。

 アイナが高笑いを止めた。

「あれぇ?

 マー君、『てめぇ』とか言って殴りかかるかと思った。

 エーコの時と違って冷たいんだね。

 あの人、嫌いなの?

 それともぉ、……私が怖くて動けなかったとかぁ?」

「……くっ」

 アイナは俺を睨みつける。

 と、その姿が消えた。

「大好きなマー君、すぐに終わらせてあげるね」

 油断した。

 アイナは一瞬で合間をつめ、俺の懐に潜り込んだ。見上げる視線が俺と合うのを待って、ニヤリと笑ってからパンチを繰り出した。

 とんでもない衝撃が腹に伝わる。一瞬で風景が変わり背中に強い衝撃が当たる。

 俺は、はるか遠くにあった背後の崖に吹き飛ばされ、めり込んでいた。

「はい、おしまい。

 あっけなかったわね」

 アイナは背を向けて、パンパンと手を叩く。

「待てよ、お楽しみはこれからだぜ」

 のし掛かる岩片を押しのけて俺が起ち上がる。

 右手は腹を押さえている。これはブラフだが。


 俺とアイナの特徴のひとつが、異常過ぎる筋力だ。

 体重は一般人と変わらないのに、その腕力は最強生物と言われるドラゴンをも軽々と凌駕する。

 つまり本気で物を殴ったことがないのだ。

 よって、手応えというものが分からない。

 特訓の際、馬鹿正直に攻撃を受け止めすぎると真っ先に指摘されたが、早速それが役に立った。

 アイナのパンチを受ける時、俺は自ら後ろに飛んだ。

 それにより威力を相殺していたのだ。

 吹っ飛んで崖に大穴があいたが、俺はノーダメージだ。

 宙を舞う段ボール箱を殴ると穴が空くが、ただのコピー用紙ではその威力が受け流されてしまう。それと同じ事だ。

 アイナのパワーからみれば、俺の体重などないも同然。

 俺たちは究極スペックを持っていると同時に、恐ろしいほどにバランスが悪い生物でもあるのだ。


 俺は側にあった乗用車くらいはある岩を軽々と持ち上げる。アイナはつまらない芸を見せられていると言わんばかりの表情だ。

 俺はアイナに向けて岩を投げつける。空気を切り裂く音を立て岩は一直線に飛んでいく。

 アイナは構えもせず、片手で軽々と打ち砕く。そのパワーで岩は粉々になる。

 予想通りだ。

 砕け散る岩の隙間から突然俺が現れる。

 実は巨大な岩はカムフラージュ、その陰に隠れて俺はすぐ側にまで接近していた。

 その手には“矛盾”の剣。

 余裕を持ちすぎたアイナは俺への対応ができない。

 現存する剣の中で最強の硬度を持つ剣。

 最強の剣がアイナに触れた瞬間、彼女のパワーも得てさらなる硬度を取得するはず。

 これで切れない物などないっ!

 アイナが腰を落とし、衝撃に備える。

 俺は脇腹に向けて剣を振るっ!

 ガキィィィーン!

「な、なにぃっ!」

 彼女の筋肉は“矛盾”の剣をも弾いた。その衝撃は丸々返ってきて、俺は俺自身のパワーで吹き飛ばされた。

 横たわる俺の前に魔方陣が現れ、オキエが現れた。

「へぇ、すごい剣ね……。

 坊やのパワーに耐えるなんて……」

 俺はすぐさま体勢を立て直し、狙いも付けずに剣を一振り。

 オキエはステップを踏むように、後ろに避けた。そして感心した表情を見せる。

「なるほど“矛盾”を埋め込んだのね。

 坊やのパワーを持った最強の剣。

 でも、アイナには通じなかった。

 ……くっくっく。惜しかったわね。

 あなたにひとつ教えてあげる。

 “矛盾”は触れた物のパワーが浸透するまでに1秒くらいかかるの。

 だから1秒、その剣を押し続ければアイナを切ることができる。

 でも、アイナにそんな隙は生まれない」

 オキエの身につけている甲冑が淡い光を放ち、姿を消えた。

 そしてアイナの後ろに魔方陣とオキエの姿が現れる。

「だから、その剣はアイナに通じない。

 アイナは最強だから」

 アイナはオキエに身を寄せる。

「違うよ、オキエ。

 私はもっと、もっと、もっと強くなる。

 だから今の私は最強じゃない。……そして私の力はあなたの物だから」

 アイナのあんな表情は初めて見る。

 あれじゃ、まるで……恋する乙女。

 俺は一度剣を収めた。

 万が一、アイナにこの剣が奪われると防ぎようがない。

 文字通り、“諸刃の剣”だ。

 そんな俺をアイナは睨みつける。

「なんだマー君。

 自信持ってるから、強くなったのかと思ったけど、がっかり」

「そうでもないさ。

 お前程度にはハンデがないと面白くないし、後で恨まれるからな」

 アイナの姿が消えた。

 またも高速移動。

 煽るとすぐに反応する。しかもその動きは予想しやすい。

 直線的だ。

 ほら来た、俺の目の前に現れパンチを繰り出そうとする。

 俺はそれを躱し、腕を取り力を利用し高く投げ飛ばす。

 アイナの驚く顔が見える。

 そしてジャンプして追い付き、顔面めがけてパンチ。

 大きく歪むアイナの顔。

 空中ではアイナを支える大地はない。よって勢いを付けて殴りかかる方が有利。

 吹き飛んだアイナは地面に叩きつけられ、大地にヒビが入った。

 地面にめり込んだ顔を上げ、軽く左右に振る。

「へぇ、やるじゃない」

 アイナは平然と起ち上がる。

 やはりこの程度ではダメージを与えることはできないか。

 ゆっくりと安定した足場に移動すると、こちらを向いた。

「さすが、ゲーマー。チートキャラでも対応してたもんね。

 ……でもね、それすらできない圧倒的な差が世の中にはあるっていうのを教えてあげる」

 普通はここで腰を落としたり、拳を握りしめたりと力の入った姿勢をとるのが一般的だが、アイナは軽く足を開き両手をだらんと下げた姿勢のままだ。

「??? 何やってるんだ?」

「分からない? 難しいなぁ……」

 口ぶりとは異なり、アイナはただニヤニヤしている。

 その時、小さな違和感に気付いた。

 本当に、本当に小さな違和感。

 地面が揺れている?

 最初は小さな地震だったが、それは次第に大きくなっていく。

「まさかっ!」

「ご名答!」

 その言葉と共に、アイナは両手拳を握りしめた。

 グンッと肩と腕の筋肉が盛り上がると、地面がこれまで以上に揺れる。

 続けて首の、胸の、腹の筋肉が順番に大きく盛り上がる。

 振動がどんどんと大きくなり、背後の森すらザワつき始める。

 揺れがある程度のレベルになると、アイナは全身の力を抜いた。

 すると振動はあっさりと収まった。

 アイナの盛り上がった筋肉は元に戻り、姿勢はリラックスしている。

 突然ふとももの筋肉が爆発したように膨れあがる。

 グワンッ!……。

 これまでとは比較にならない大振動が発生した。

 アイナの足元から土煙があがり、彼女の姿すら見えなくなる。

 グワンッ! グワンッ!! グワンッ!!!

 最大級の振動がリズムを刻んで発生し続ける。

 強烈な振動が重なり合うことで破壊が増していく。

 アイナのいた場所から、土煙が前後に噴き上がる。まるで大蛇が暴れているかのように。地響きはまるで龍の雄叫びのようだ。

 この俺が立っているのがやっというレベルの揺れ。

 目の前の景色がぶれまくって、状況がよく分からない。

 突然、揺れが収まり土煙が晴れていく。

 だんだんと浮かび上がるアイナのシルエット。

 その足元には深く狭い渓谷が生まれている。

 背後の崖は大きく崩れ、前方に続く渓谷は森へと伸び、木々が一直線に倒れかけている。

 変わったのは周りだけで、アイナはやや足の開き方が広くなっただけで、リラックスした姿勢のままだった。

 つまり身体の筋肉を動かしただけで、大地を割ったということになる。手の付けられない怪力が、さらにパワーアップしている。

「マー君、脅しってのは、これ位やらないと意味ないよ」

 アイナはクスリと笑った。


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