#28 師匠

 結局、戦いには俺ひとりで挑む事になった。

 ケンジさんたち、4人が周りの説得に回ってくれたのは意外だった。

 ただし見届け人として、体術を教えてくれた女戦士がついてくることになった。

「あんたが負けても戦いは続くからね。そのデータ集めが必要だろ?」


 その日の夕方、俺に荷物が届けられた。

 避難民を迎えに来た馬車に積まれてきたそれは、師匠からの一振りの剣と手紙だった。


  『小僧、注文通りに作った剣だ。

   ただお前の考えをそのまま受け入れる事はできん。

   よって、ひとつだけ手を加えさせてもらった。

   今日は身体を充分に休めておけ。


   追伸。打ち方を教えてやるから必ず戻って来い。必ずだ』


 俺は、その言葉に感謝を捧げつつ剣を抜いた。

「これは……凄い……」

 青白く光るミドルソード。俺の体格に合わせた長さ。

 ただ掲げるだけでその場の空気が引き締まる気がする。

 ピンと伸びたやや幅広の刃。

 そして、その芯となる部分にいくつかの細長い穴がくりぬかれている。

 言わばフレームだけの剣。これが師匠独自の工夫。

 他の人には軽量化を狙ったようにしか見えないだろう。

 そして刃の根元には“矛盾”が埋め込まれている。

 グリップはやや太めで特殊な形状。

 少しだけ金属部分が露出していて、そこに触れることで強度が増す仕組みだ。

 剣としてはありえない構造ではあるが、俺が持つことで最強の強度となる“矛盾”の剣。

 指で弾いても鈍く重い音しかしない。その強度ゆえ、わずかな振動すら許さないのだ。

 それでいて羽根のように軽い。

 剣を特徴づける穴の部分に手を差し込み、軽く力を入れてみる。

 固い!

 今度は本気で力を入れてみるがビクともしない。

 軽く振ってみると独特の音がする。

 剣に開いた穴が笛のような形となり、空気を切り裂くような音がするのだ。

 試し切りをしてさらに驚いた。

 木も、鉄も、巨大な岩もサクサクと切れてしまう。

 地面に落としただけなら単なる鉄塊。

 しかし俺が触れると、剣の自重で岩に沈んでいく。

 ぶっきらぼうに仕事を受けてくれた師匠だが、これは最高傑作といって良いできばえだ。

「師匠、ありがとうございます!」


 新しい技を開発する訳でもなく、俺はひたすら基礎を磨き続けた。

 アイテム開発も、平行して行われている。

 最終的には攻撃を避け、アイナに近づきアイテムで攻撃という形になりそうだったが、そちらも難航しているようだった。

 そして、あっという間に決戦前夜となった。俺は早めの床についた。

 テントの中は俺ひとり。やはり緊張して眠れない。身体はそれなりに疲れているのに……。

「おーい、小僧。起きてるかぁ?」

 誰かが近づいてくる。

 俺は慌てて寝たふりをする。なんだか起きていたらマズい気がしたのだ。

 足音が近づいて、テントの中が覗かれる。

「おー、おー、大物だねぇ。

 こんな状態で寝てるよ」

「こいつに大陸の明暗が掛かってるなんて、思えないな。わはは」

 何人か、やたら声のデカい連中だ。

 ったく、あんたらは……気楽だよな……。

 ……あれ? なんか急に……意識が……遠くな……る。

 あ、しまった……。……こいつら、酒……飲ん……で………………。


 ペチペチペチ。

「ほれ、起きな……」

 俺は女戦士に頬を叩かれて目覚めた。

「あ……おはようございます」

「よく寝てたねぇ。覚悟は決まったのかい?」

「……はい。え……っと」

「ドゥヤ」

「へっ?」

「私の名前だよ。

 あんた、私の名前聞こうともしなかったからね」

 ドゥヤさんは笑って俺のおでこを突っついた。

「はい、ドゥヤさん。

 今日はよろしくお願いします」

「じゃあ、朝飯食って出かけようか?」


 先ほど、最後の馬車が出て避難民はいなくなった。

 したがってこの街は、俺たちを含め15名ほどの戦闘班の人間だけとなった。

 全員に握り飯が配給された。勝負メシとしては寂しい物になるが、仕方ない。

「おい! 小僧!

 それじゃ足りんだろ、俺のを食ってけ」

「あ、おい! 俺がやろうと思ったのに」

「なら俺も!」

「ほれ、マー君。俺のも食わんか?」

 たちまち俺の前に握り飯が、山と積まれた。

「……すみません。いただきますっ!」

 俺は握り飯をむさぼるように食べた。

 みんなは俺が食べるのをニコニコ笑って見ている。

 握り飯はちょっとだけしょっぱかった。


「じゃあ、小僧! 行くよ!」

「はい!」

 俺とドゥヤさんは手こぎのボートに向かう。まともなボートは出払って、こんな物しか残っていないのだ。

 ボートへと続く道にみんなが並ぶ。

 俺は皆とグータッチしながら進む。

 言葉はいらない。

 最後はケンジさんだ。

「俺らはここで待機しとる。何かあったら連絡してくれ」

「はい……のろし位しか上げられませんが」

「それで十分や。いつも見てるから、安心しな」

「ははは……。はい」

「ただな、マー君。俺は信じとるで。

 君も、彼女も……」

「……。

 では、行ってきます!」


 ボートはドゥヤさんが漕いでくれた。

「俺が漕ぐ方が速いですよ」

「はは……これくらいはやらせてくれよ。

 今はゆっくりと身体を休めてくれ」

「はい……」

「あ、そうだ」

 ドゥヤさんはボートを漕ぐ手を止め、小さなカプセルを取り出した。

「……これは?」

「酒だよ」

「酒?」

「あんたが酒に弱いなら、あいつも弱いんじゃないかと思ってね」

「アイナがですか……。たぶん、ないんじゃないかな?

 それに俺自身の弱点ですからね。相打ちにしかなりませんよ。

 仮にアイナに効いたとしてもオキエもいる以上、使ったらピンチにしかなりません。

 それに、あいつ普通に料理酒とか使ってましたしね」

「そうか……すまなかった」

「いえ……。

 ただ、きちんとケリは付けたくて」

「なら、ひとつだけ忠告をさせてくれ。

 あんたは本質的には戦いに向いていない。

 そういう世界で生きてきたみたいだから仕方ないけど……やさしすぎるんだよ。

 キツい言い方するよ。

 これからあんたは、あんたの幼なじみと殺し合いをするんだ。

 しかも相手の方が強い、圧倒的に。

 あんたは相手に情けをかけるかもしれない。

 でもね、忘れちゃいけないよ。

 あいつは大陸をひとつ沈め、大勢の人間を犠牲にした。

 そして自分の友人をその手で殺めた。

 何があったか知らない。

 だけど今、あんたの幼なじみは鼻歌交じりで世界を混乱に落とし込んでいる。

 ……だから、……だから何があっても冷静に、何かあったら辛いかもしれない選択を採るんだ。

 もし仮に、私に何かがあったとしてもね」

「……はい」

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