#27 決意

 夜明け前、俺は住み慣れた街に戻ってきていた。

 あれだけ賑やかだった街も今は寂しい風が吹くだけ。空に昇るふたつの月はひとつが沈んでしまった。急がねば。

 俺は、じーさんの家に向かう。

 短い間だったけれど、たくさんの思い出が詰まった家だ。

 アイナ、エーコ、そしてじーさん……。一度でいいから四人で食卓を囲みたかった。

 扉を開けて中に入る。

 うっすらと積もった埃が、時間の経過を知らしめる。アイナが掃除するとチリひとつ残らなかったっけ……。

 じーさんは、じーさんでアイナの力任せの掃除に、あっさり慣れてしまった。

 目に入る物、全てが懐かしく、つらい。

 俺は自室に進んでいく。ここでエーコと菓子パンを食べたっけ。振り向くと彼女が部屋に入ってくるような気がして……。

 俺は頭を強く振って机に向かう。そして引き出しを開けて小袋を取り出した。

 玄関を出てロックを掛けると、冷たい音がした。


 街を後にした俺は師匠の元に向かう。

 決戦用の剣を作るためだ。

 槌を打つ音はしないが、灯りはついていた。

 人里離れたここは、枯れ葉で埋め尽くされていた。

「師匠、いらっしゃいますか?」

 ドンドンと扉を叩くと、不機嫌そうな師匠が出てきた。

「小僧、どうしたこんな朝早く。

 今ぁ、手ぇ足りてるぞ」

「すみません、師匠。

 どうしても剣が必要なんです。打ってください。場所を貸してくれるだけでも良いんです。

 お願いしますっ!」

「ダメだ、先約がある」

 背を向ける師匠に俺は土下座する。

「すみません。でも時間がないんです」

「ダメだ!」

「どうしてです!」

「こういう商売やってるとな、たまに“売ってはいけないお客”ってのがくるんだよ。

 たとえば今のお前みたいなのがな」

「なんで俺が“売ってはいけないお客”なんですかっ!」

 師匠は悲しそうな顔をして、俺の目を指さす。

「お前のその目は、取り返しのつかないことをしでかす目だ。

 たとえば親、兄弟、恋人といった大切な人を殺すみたいな」

「あっ……」

「図星か…………」

「……」

「帰ぇれ!」

 師匠の目は怒りと言うより、悲しみに溢れていた。

「違うんです! 聞いてください!!」

「帰ぇれ! 小僧、お前には失望したよ……」

 頭を下げる俺の前を、枯れ葉を踏みつける音が遠ざかっていく。目の前で扉が閉じられ、槌を打つ音が鳴り始めた。

 師匠には癖がある。不本意な客が来た時は槌を打つリズムが少しだけ速くなる。

 今が、その時だ。

 俺は土下座したまま、その音を聞き続けた。


 小一時間が経って、槌を打つ音が止んだ。

 扉が開き、足音が近づいてきて俺の側で止まった。

 師匠がため息をついて俺の背中に手を伸ばす気配がした。

「……入れ、話だけは聞いてやる」

「あっ……ありがとうございます!」

 顔を上げると、師匠は枯れ葉をクルクルともてあそんでいた。

「この頑固者が」


 師匠は俺の話を黙って聞いてくれた。

 聞き終えると深く息を吸って、ひと言。

「それで、いいんだな?」とだけ言った。

「はい……。俺にはあいつを止める責任があります」

 俺の返事なんか師匠は聞いちゃいなかった。ただ、俺の目だけを見つめている。

 そして火の付いていないキセルを咥える。

「そんな剣が欲しいんだ、言ってみろ」

 俺は小袋を開け、小さな魔石を取り出す。

 師匠はそれを受け取るとマジマジと見つめる。

「これは……“矛盾”か? よくこんなモン手に入ったな」

「実は……これを埋め込んだ剣が欲しいんです」

「こいつを……。なるほど。

 できなくはないが……。

 これまで“矛盾”を使った剣がなかったのは、小僧ほどのパワーを持った者がいなかったからだ。

 一般人だと強度が増しても微々たる物だから意味がない。むしろ、普通に打った剣の方が強い位だ。

 確かに、お前が持つのなら恐ろしいほどに強度が増すだろう。

 しかしお前が挑む娘は、それをも凌ぐんだろう?

 お前のパワーで強度が増しても致命傷を与えられるか……」

 そこで俺はひとつのアイディアを告げる。

 師匠のキセルが激しく上下に動く。

「……う、ううむ。

 それでは……お前もタダではすまないぞ」

「はい。構いません。

 あいつが暴走するなら、俺は命をかけてでも止めます。

 それがあいつと共に生きた、俺の証し……なんだと思います」

 師匠は俺の目を睨んで放さない。しばらくの沈黙の後、キセルをしまった。

「時間の無駄だな」

「……」

「来い! お前は止めても聞かないだろう」

「それじゃあ!」

 師匠は、その大きな顔を近づけて言った。

「ただし約束しろ。

 命は粗末にするな。いいな」

「はい!」

「あと、これは俺が打つ。お前は伝導石を砕け」

「はい! ありがとうございます!」


 俺は伝導石を砕く作業をした後、自然と眠ってしまったらしい。

 アイナとの戦いに加え、ケンジさんたちとの特訓など、思えば昨日は色々なできごとがあった。肉体的な疲れもそうだが、精神的な疲れも溜まっていたようだ。

 まだ、師匠は一心不乱に槌を振っている。ゆったりと、心地良いリズムだ。

「小僧、起きたか!

 今晩にはできるから、取りに来い。何があっても間に合わせてやる!」

「すみません!」

「いいから! 早く行け!」

 俺は頭を下げると、北の街へ急いだ。

 ケンジさんたちが待っているはずだ。


 北の街に戻ると、なんだか騒がしい。

 海辺の方に、ほとんどの人が集まっている。人混みの中にケンジさんを見つけた。

「どうしたんですか?」

「あれ、見てみぃ」

 俺が尋ねると、海を指さした。

「ああっ!」

 かつてトラリア大陸があったとされる場所に、新たな島が現れていた。

「朝方、小さな地震があったさかい、その時に現れたんやろ。

 信じられんわ……」

「きっと……オキエがアイナのパワーを使ってスフィアから引き出したんでしょう。

 あれが対決の場、という訳ですね」

「ああ、恐らくな。

 今、選抜隊が偵察に行っとる」

「えっ!? 『行っとる』って、危険じゃないんですか?

 敵地ですよ」

「大丈夫。あいつらからの招待や。

 公平にやろうとしとんのか、自分たちの力を見せつけているんか……。

 ……たぶん後者やろうな」

 圧倒的な自信と、それを裏付けるパワー。

 あまり大きくない島とはいえ、人がどうこうできるレベルではない。

 まだ残っていた一般人の中にも、避難を急ぐ者が増えてきた。

「……ケンジさん。

 今すぐ、剣を教えてもらえませんか?」

「今……すぐか?」

「はい、時間がもったいないです!」


 ケンジさんは愛用の大剣は使わず、俺に合わせてミドルソードを手にした。

 指導は、他の誰よりも厳しかった。

 そして、向こうの世界で剣道の学生チャンピオンだったという言葉に嘘はなかった。

 俺の身体が剣を通さない事を知っているから、手加減もなしだ。

 基本的なスピード、パワーは圧倒的に俺が上回るのだが、テクニックは敵わない。

 そう、円の動きだ。

 ケンジさんと剣を交えていくうちに、行動域の円が見えるようになってきた。

 そして自分の円も。

 円は必ずしも正円ではない。

 楕円であったり、弓形だったり、半円だったり。

 よくよく考えると、この辺はゲームと同じだ。

 ただ、ケンジさんの動きはこれがリアルタイムで大きく変化していく。

 俺の円と彼の円が交わるのなら防げるし、彼の円だけが俺の身体に触れたなら負けだ。

 ケンジさんは真剣を使っているので、どんどん服が裂けていく。そこから覗く肌は無傷。

 つくづく俺は規格外だと実感せざるを得ない。

 しかしアイナは更なる規格外。

 今の俺は、ケンジさんの動きを盗むしかない。

 昨日の組み手では息切れを起こしたケンジさんも、今日は平然としている。

 やはり身体が剣技に合わせて鍛えられているのだろう。


 選抜隊が偵察から戻ってきた所で稽古は中断。

 “島”の簡単な状況が分かってきた。

 岩山あり、森があり、広い平地あり。

 地面は乾いており、木々が生い茂っていることから海中から浮き上がった訳ではなさそうだ。土の色もこの辺ではあまり見かけない色だとか。

 ただ、島は無人というか生き物はいない。森に生えている木々も見たことがない実を付けていたとのこと。

 簡単に言って、別世界の物と考える方がよさそうだ。

 つまりアイテムの現地調達は困難である。

 そして、簡単な地図が示された。

「短時間だから、とても正確とは言えないが……」

「戦いの場所はどこなんだ?」

「それが、決めてないらしい……。

 本人たちも初めて来たとか言ってたし」

「そんなテキトーな」

「何も考えてないのか」

「違いますよ、考える必要がないんですよ」

 俺の言葉に一同押し黙ってしまう。

 パワーの差は歴然。

 ここに残った全員を足しても今のアイナには遠く及ばない。

 こちらに勝機があるとすれば、ゲリラ的な戦法か?

「つまり、こちらに戦略を立てさせないのが向こうの戦略なんだな」

「くそっ!

 公正さを装って、全然違うじゃねぇか」

「そりゃ、向こうの力は圧倒的。

 こっちは一度負けてるも同然、むしろハンデの付けようがないってレベルだ」

 立てようのない対策と、焦り、苛立ちで会議は紛糾した。

 俺は手を挙げ、ひとこと発言する。

「あの……俺、ひとりでやらせてもらえませんか?」

 突然の沈黙、そして全員の視線が集中する。

「おい、小僧!

 お前ひとりで勝てるとでも言うのか?」

「わかりません。

 ただ、みなさんが来た所で結果は変わらないと思うんです」

 一気に非難の声が上がる。

「うるさいねぇ!」

 それを止めたのは、ひとりの女戦士。俺に体術を教えてくれた人だった。

「小僧に言われてくやしいのかい? 事実だろう?

 私らは40人がかりであのバケモノに力比べを挑んで、手も足もでなかった。

 ハッキリ言って足手まといにしかならないよ。

 それに小僧は、こう見えてやさしいからねぇ。あんたらを人質に取られたら白旗あげちゃうよ」

 ひとりの戦士が反論する。

「いやいや、待ってくれ。

 それは理解できる。

 しかし、だからこそ小僧にあの娘を殺す事ができるのか?

 あれは世界的な災害といっても良い存在だぞ」

 “殺す”……!  “止める”ではなく“殺す”。

 その言葉に、俺は予想以上に動揺した。

 それを悟られないように言葉を繋ぐ。

「……はい。

 あいつと戦わなくてはならないことはとても辛いです。

 でも、あいつはエーコを殺した。

 そして今、世界をも破壊しようとしている。

 そんなあいつの暴走を見ていることが一番辛いです。

 ……今のあいつは最強です。

 俺は差し違えてでも、あいつを止めますっ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る