#26 特訓

 すでに人が集まっていた。

 彼らは、瓦礫の山の中からレベルアッパーを探し出していた。レベルアッパーはギルドに設置されているレベルアップ用の端末だ。

 まず他の人で正常動作することを確認した。

「ほな、マー君。頼むで。

 これでアイナちゃんを超えるレベルになれれば、問題は解決や」

 腕のリングをレベルアッパーに乗せる。

 集まった人々の唾を飲む音が聞こえる。

「じゃあ、行きますよ……」

 技術者がスイッチを入れる。動作ランプが一瞬ついて、消えた。

 スイッチを入れ直しても無反応。

 技術者は困り果てた顔で言う。

「……壊れてます。こんな事、初めてですよ。

 信じられない」

 腕にギブスをはめた戦闘班の男が尋ねる。

「ど……どういう事なんだ?」

「この方のパラメーターが高すぎるんです。

 レベルアッパーは“測定”→“レベルアップ”→“再測定”の手順を踏みますが、最初の“測定”の段階でマシンを壊しちゃっているようです」

「あー、つまり人間用の体重計に巨大な象が乗っちまったみたいな感じか?」

「そんな感じです。

 あのアイナとかいう奴もパラメーターは高いらしいんですが、マシンを壊すほどではなかったらしいんですよ。

 だから“レベルアップ”はできた。

 恐らく“再測定”で同じ事が起きたと思いますよ」

「ん? 小僧のレベルは調べられるのか?」

「はい。

 パラメータとレベルは別の値ですから、測定可能です。

 お金のやりとりも別の機能ですから問題ありません。

 パラメーターに関する機能だけが使えないんです」

 ケンジさんはうなずいた。

「そやろうなぁ。

 アイナちゃんはパワーアップしたは良いが、それを確かめる術がなかった。

 それでトラリア大陸で力試しをした。

 その結果に満足してマー君に喧嘩をふっかけたんや。

 ……そして圧勝。

 世界最強であることを確信したんやな」

 この場にいた全員がため息を漏らす。

 重い空気が俺を責め立てているようで、つらい。

 だが、それも一瞬の話。

 みな、口々に意見を出しはじめた。

「つまり、どれだけのパワーに差があるかも分からないってことか」

「あの女、本気出してたのかすら怪しいぞ」

「レベルアッパーを改造してなんとかならないのか?」

「無理だ。三日ではなんともならん」

「あー、小僧のパラメーターが中途半端に高すぎんだよ。

 壊さない程度なら、こっちも対抗できたのに」

「ってぇ事は、小僧は現状のままって事か……」

 その言葉を最後に、皆が沈黙してしまう。秒単位で空気が重くなっていく。

 そして、あるひとりがつぶやいた。

「……まあ、なんとかなるでしょ」

 視線がその人物に集まる。

 その隣の逞しい女性が面倒くさそうに言う。

「しかたないねぇ」

 眼帯をした男も言う。

「わはは、世の中、簡単に物事は進まないっちゅうーこと」

 頭に包帯を巻いた男は笑いながら。

「まー、暇つぶし程度にはなるでしょう」

 俺はここで理解した。

 空気の重さが激しく変化するのは、現実をきちんと受け止めているからだ。

 それでいて、極力楽観的に考えるのがこの人たちなのだ。

 あれほど重かった空気は一気に消し飛んでいた。

 みな、前向きに次の段階に話を進めている。

 ポンとケンジさんが俺の肩を叩く。

「なっ、こんなモンや。

 でないと、この世界では生きていけへん」

「……はい!」


 そして有志による会議が開かれた。

 まずアイナとの戦いの分析。

 あの戦いの中、綿密な記録が取られていた事に驚いた。

 同様に俺の戦い方の稚拙さも記録されていた。

 話の流れとして、まずは俺の未熟な点がつるし上げられる事となる。

「だいたい小僧、お前は馬鹿正直に真正面から攻撃を受けすぎるんだ。

 真正面からパワーゴーレムのパンチ受けるなんか正気か?

 死ぬぞ、普通なら」

「あんた、自分より強い奴にぶち当たった事がないからね。

 力比べ以外の戦い方ができないのさ」

「とはいえあの女、関節技も通じねぇ。

 パワーもあるが、柔らかい。

 身体の使い方は小僧より上だな。それでも酷いものだが」

「ただ結構メンタルは弱いぞ。

 誰かが『バケモノ』と言ったら激怒してただろ?

 冷静さを失わせるのは有効だと思うぞ」

「ただ……小僧も挑発に弱いのよね……」

 その言葉で全員がため息をつく。

 何だか分からないけど、これが“針のむしろに座る”って奴か?

 俺とアイナの欠点がひたすら挙げられていく。

 しばらくの間があって、ケンジさんが口を開く。

「まあ、これで方針は決定したかな」

「とりあえずは、攻撃用のアイテムの研究と作成」

「それから小僧の特訓だな」

「場所が分からないから、戦略とかは後回し」

 パンパンとケンジさんが手を叩く。

「ほなら、みなアイテムの作成に取りかかってや。

 マー君の特訓に付き合う奴は俺んとこ来てくれるか?

 残りは一般市民のフォローや」

「おうっ!」

 蜘蛛の子を散らすように人がいなくなった。

 俺の周りにはクセが強そうな人が4人残った。大剣を背負ったケンジさんが一番まともに見える。

「じゃ、頑張ろうか? マー君」


 4人に囲まれての特訓が始まった。

 俺は基礎が全くできていないハイスペックプレイヤーなので、モンスター相手なら問題はないが、対人だと隙がありすぎるのだそうだ。

 もし俺と対戦するなら『正面からは攻めず、気付かれないように弱点を狙う』と、皆が口を揃えて言う。

 たとえば『洞窟に連れ込んで毒ガスを吸わせる』とか。オキエもその辺は熟知していたという訳だ。実際に使ったのは睡眠ガスだったが。

 今度は、俺がそれを実戦する時だ。

 今のアイナに正面から挑んでも歯が立たないのは、痛いほど理解した。


 1人目の講師は片目の男だった。

「お前の身体の使い方はメチャクチャだ!」

 彼が言うには身体の重心を意識しろと。

 重心を意識することで身体の運び方がスムースになり、かつ倒れにくくなるという訳だ。

 俺たちは身体の大きさに対して、パワーが異常すぎるほどに強い。そのため、無駄な力が入りすぎていると指摘された。

 ゆえに、動きが読みやすい。

 アイナは俺の足払いに尻餅をついた。あれもアイナが重心をきちんと取っていない時の現象だと分析された。

 タイミング良く攻撃を繰り出せば、バランスを崩す程度は可能。

 ただし、あいつは俺のフルパワーによるアームロックを楽々と耐えた。

 パワー差は歴然としているので、注意は必要だ。


 2人目の講師は美しい女性だった。

「あんたの動きは直線的すぎるのよ」

 人の動きは円が基本。

 これが分かっていれば相手の動きも読めるし、こちらも効率的に身体を使える。

 そして自分と相手の攻撃域を意識しろと。

 簡単に言えば、手が届かない所にはパンチは当たらない。

 言われるまでもなく当たり前だ。しかし、当たり前だからこそ難しいとも言える。

 読みやすい動きでも、それを上回る圧倒的なパワーで対応してきた。

 これからは、俺の意識そのものを変える必要がある。

 今回は時間がないので基本的な型を学び、これを繰り返すように言われた。


 3人目は酒臭い翁だった。

「小僧、いいからかかってきなさい」

 最初は手加減するつもりで攻撃したが全く当たらない。ふらふらと躱されてしまうのだ。

 まるで身体の芯がないように。

 こんな動きでも身体の重心はしっかりとある。それを悟らせないだけの話だ。

 今度は、この動きを俺が覚えないと、いけな……い……訳……。

「……って、あれ?」


 俺は突然倒れてしまい、この辺の記憶がない。

 後で聞いた話によると、俺は突然イビキをかいて寝てしまったらしい。

 翁から漂う酒の匂いがまんべんなく周囲に撒かれてしまった事が原因らしい。昔からアルコールの匂いは苦手だったけれど、ここまで弱いとは俺自身思わなかった。

 これで俺は、致命的な弱点が露呈したことになる。


 ケンジさんに叩き起こされ特訓を再開した。

 組み手の相手はケンジさんに変更され、翁は指導に回った。ケンジさんも多少の心得があったようで、初心者の相手としては充分に役目を果たしていた。

 自分で言うのも何だが、4人の指導は面白いように身についていったと思う。これまで“剛”一本だった俺に“柔”の道が開けた。

 その吸収力の高さと共に4人を驚かせたのは俺のスタミナだ。

「マー君、ちょっとタンマ。少し休もうや」

 ケンジさんはゼエゼエと息を切らしてその場にへたり込んだ。

 他の3人がケンジさんを笑う中、俺は型の練習を始めた。

 何より今は時間が惜しい。

「小僧のスタミナは凄いねぇ。

 これだけ動いて呼吸ひとつ乱れていない」

「ホンマやぁ。でも、付き合う方はしんどいわ。

 まぁ面白いように上達していくから稽古付ける方も面白いけどね。

 ただ、これだけ上達するって事はマー君、君ぃ……」

「ん、何ですか?」

「君、ポテンシャル、メチャクチャ高いけど、熟練度は信じられないほど低いって事なんやろうなぁ」

「ほめてんだか、ほめてないんだか分からないっすね、それ」

「そりゃ、そうや。ほめてないものなぁ」


 今日は基本的な練習のみで日が暮れた。

 俺とケンジさんは夕食を抜け出し、街外れに来ていた。

 そこには今回の“災害”で亡くなった人たちの墓が並んでいた。

 その手前には白い布がかけられた一体の遺体が。

「エーコ……」

 俺の腕の中で亡くなった、あの表情のままだ。

「エーコちゃん、君の胸で死ねたのが幸いやったなぁ。

 見てみ、幸せそうな表情や」

「……はい」

「いつも君の後ろをついてきてなぁ。

 どこか危なっかしいけど、やさしい空気をまとってた。

 この世界には馴染んでなかったのかもしれんけど、おるだけで周りを幸せにしてくれる、そんな女の子やった」

「……彼女は、……俺に、巻き込まれた。

 俺と知り合わなければ…………」

「……。だから……きっちりとケリつけんと、な」

「……はい」

 俺たちは墓を掘り、彼女の新たなる旅立ちを見送った。

 たったふたりの見送りだけど、勘弁してくれよな。



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