#25 再戦

 昨日の救出活動において俺のパワーは証明済みだ。

 数人がかりで動かせない瓦礫でも簡単に撤去してしまうので、あちこちで重宝された。


 その俺が今、アイナのパワーの前に手も足も出ない。

 必死に手を外そうともがくが、アイナは力を入れる素振りも見せずに圧倒している。

 万策尽きた。

 言うのは簡単だが、アイナはこの大陸を沈めると宣言している。このまま終わる訳にはいかない。

 だが、この勝負は意外な形で終結を見る事となる。


 アイナの横に魔方陣が描かれ、そこから人が現れる。

 女騎士、オキエである。

「ああ、本当に死ぬかと思ったわよ」

「オキエっ!」

 不満そうなオキエに対し、アイナは満面の笑みを浮かべ振り返る。俺を無造作に放り出して。

 こいつら、繋がっていたのか?

「今日は、あなたの負けね、アイナ」

「何でよ! 私は無敵だよ。傷ひとつ負ってない」

「足元をごらんなさい」

 地面が原形を留めないほどに荒れいる。当然、アイナが描いた円は消えていた。

「あ、あぁ……。

 これじゃあ……ゲームは終わりか。引き分けだね。残念」

「あら、負けは認めないのね」

「当たり前じゃん。私は無敵だもん」

 アイナはオキエに抱きついた。まるで恋人のように。

「てめぇ、オキエ……。アイナに何しやがったっ!」

 俺は下からオキエを睨みつける。起ち上がりたいが、アイナの膝蹴りによるダメージでまだ身体がロクに動かせないのだ。

 俺とオキエの間に、アイナが守るように立ち塞がった。

「あら、坊や? 久しぶり。そんな所で寝てると風邪ひくわよ」

「くっ……」

 アイナを横にどかし、オキエは俺の前にしゃがみこむ。

「坊やには本当にがっかりしたわ。あんないい話、もうないわよ。決断力なさすぎ。

 でも無理して待つ必要がなくなったの。

 この子が私に全てを捧げてくれるって。

 もう坊やに価値はないの。

 今のアイナなら、坊やなんか瞬殺できるしね」

「マー君、安心して。手加減はするから」とアイナ。

 ふたりは一緒に笑い出す。俺は言われ放題だ。

 オキエなら圧勝できるのだが、アイナには手も足も出ない。オキエの嘗めきった態度はアイナからの信頼があるからなのだろう。

「でもね。

 今日はこの子がミスしたから、あなたたちにチャンスをあげるわ」

「……チャンス?」

 オキエは立ち上がり、俺を見下ろして言う。

「ええ。再戦よ。

 あなたたちの人数は減っても増えても構わないわよ。

 もちろん逃げ出しても、ね」

 クスクス笑いながらアイナがオキエに甘える素振りを見せる。

「ねぇ、オキエ。

 私、もっと広い所でやりたい。

 もっともっと身体を動かしたい」

「そうね。

 この人たちに逃げ回る権利もあげないとね。

 ……そうね。

 場所はトラリア大陸跡地にしましょうか」

 俺はオキエに尋ねる。

「跡地? トラリア大陸はお前らが沈めたんじゃないのか?」

「この子がいれば簡単よ」

 オキエがアイナの肩を抱くと頬が少し赤く染まる。

「……意味が分からないな」

「明日になれば分かるわよ。

 再戦は三日後のお昼。

 その気になったら、もっと早くに来てもいいわよ。

 楽しみにして……いえ、楽しませてもらえると嬉しいわ。せいぜい頑張ってね」

 オキエが手を挙げると魔方陣が現れ、ふたりの姿が消えていく。


 アイナのパワーの前に、俺は完敗した。

「三日後……一体、何ができるというんだ」

 手の震えが止まらない。

 これが恐怖という奴か。

 初めて出会う“強敵”という物に、俺は何をしたら良いのか、考える事もできなかった。

 ゴン!

 そんな俺の頭に、真上からゲンコツが飛んでくる。

「ケンジさん……」

「何しとんねん。三日後やろ? 準備せな」

「でも……」

 突然、ケンジさんは俺の胸倉を掴んで噛み付かんばかりに顔を寄せた。

「でもも、クソもあらへん!

 立たんかい! 君は勝てる戦いしかできへんのか?

 だから甘ったれた考えになんねん。

 俺らはな、弱い。

 小便ちびって泣きながら逃げ出す事なんか日常や。

 でも、それは負けやない。

 落とし穴を掘ってでも、武器を使ってでも、大勢で取り囲んででも、ええ。

 何としてでも勝つ。だから俺らは君にだって負けへん」

「……」

 煮え切らない俺。ケンジさんは拳を強く握りしめた。

 ……俺、殴られるのかな?

 まぁ、ケンジさん程度に殴られてもダメージはないから、いいか。

「歯ぁ、食いしばれぇっ!」

 ケンジさんが腕を引いた。俺はやる気のない表情のまま、正面を向いている。

 そしてその拳が振り下ろされる。

「……!」

 ケンジさんの拳は当たらなかった。

 いや、ケンジさんは拳など作っていなかった。

 二本の指が真っ直ぐに伸び、俺の目の直前で停止していた。

 瞬きすると指が当たるほどに。

「どや?

 いかに君でも目玉は急所やろ。

 俺の見たところ、君らは皮膚と筋肉が特殊で、それを支える骨とコントロールする頭脳を持っとる。

 でも、それだけや。

 たとえば髪の毛は切れる訳やから身体の細胞が全て強い訳ではあらへん。急所はいくらでもあるはずや。それが証拠にアイナちゃんは手を広げて銃撃から顔を守っとった。

 次に君らは大食らいや。

 それは食物からエネルギーを吸収しているという訳でもあるから、毒物にも弱いはずや。兵糧攻めもいけるかもしれんな。

 最後に、君らは自分の強さを過信し過ぎとる。

 それが今みたいに判断ミスを招く。

 俺のパンチなんか効くわけがないと思ったやろ?」

「……あ。……いえ…………はい」

「地を駆ける獣も、氷の上は走れん。

 海を泳ぐ魚は、丘の上では何もでけへん。

 空を飛ぶ鳥も、飛べなければ戦えん。これはマー君、君が教えてくれた事やで。

 ……言ったやろ、『君らは強いけど無敵やない』と」

 ケンジさんはウインクしながら握手を求めてきた。

「ですね……。

 今は、それが希望の言葉に聞こえます」

 俺が握り返すと、ケンジさんは俺を引っ張り上げた。

「今回は急襲やったから、こちらも準備ができへんかった。

 でも、次は違う。

 こちらに時間を与えたのは、あいつらの慢心からくるミスや。そう、思い知らせてやろうやないか!」

 この人は凄い人だ。この状況において希望を持たせてくれる。

 希望を持たせながら追い込んでいく。俺は素直に答えるしかなかった。

「はい」

「アイナちゃんのことを一番わかってるのは、君や。

 戦いにルールはない。ゲームやないんやから、勝つか負けるかやない。

 ……勝つか、死ぬか、や」


 街は酷いありさまだった。

 けが人は多数。ほとんどがアイナに戦いを挑んだ戦闘班の者で、一般市民の被害者は少数だった。ケンジさんたちの避難誘導が適切だったことがうかがえる。

 死者はひとり……エーコのみ。

 被害人数だけでいうと、トラリア大陸沈没時よりも少ないと言えた。

 しかし続けて起きた“災害”に住人たちの心は深く沈んだ。


 三日後、更なる戦いが行われるため、各街のギルドに一般市民の避難要請が出された。

 可能な限りすみやかな大陸からの退避。

 元々交通機関の発達していないこの世界で、唯一といって発達しているのが海上交通であった。

 定期便などのスケジュールはキャンセルされ、避難に割り当てられる事となったが、各地でかなりのパニックが発生した。

 この街からも一般市民の避難が始まったが、多くの者は馬車などの到着を待たずに自力で移動を始めていた。

 廃墟と化したこの街は、より一層さみしさを増していた。

「ケンジさん……ギルド間では連絡が取れるんですね」

「ああ……通信機器はあるんやが、数が少ない。

 結果、必要な所が使っている……というか独占しとるちゅうことや。

 君の言うことが正しいなら、オキエがどっかの世界から持ってきとるんやろうなぁ」

「オキエの目的って何なんでしょうね……」

「……目的なんかないんとちゃう?」

「へっ?」

「あ、いや。

 俺がそう感じるだけなんやけどな。

 なんか子供の遊びに付き合わされてる感じがするんよ。

 うーーん、ほら、おるやろ。砂場で山とか作っとると、壊しにくる奴。

 ああいう感じや」

「……」

「どないした?」

「え、ああ。そういうのって、仲間の輪に入れなかったことが原因な気がして。

 俺もそうだったから」

「君が?」

「ああ……俺、引きこもりだったんですよ。

 流石に他人の山を壊そうとは思いませんが、夢中で山を作っているうちに隣の山が壊れちゃうみたいな」

「……なるほど、そのあり余るパワーでって事か」

「はい。

 他人と触れ合わなければ傷つけない。そう思ってました」

「アイナちゃんも同じやろ?」

「……アイナは……彼女は自分のパワーと向き合ってました。

 克服し、パワーを隠して世の中に溶け込んでいた、俺にはそう見えました。

 もっとも俺んちに毎日来て、うさ晴らしはしてましたけど」

「……それはうさ晴らしもあるだろうけど、君の事が心配で来てたんやろうなぁ」

「多分そうだと思います。

 俺、その頃、心が歪んでましたから。

 もし『このパワーを使って世界中の人を屈服させてやろうと思わなかったのか?』と尋ねられたら、あったと答えたと思います。

 やれば楽勝でできると思ってましたし。

 ……でも実際にやったら失敗しただろうと思います、今は」

「君がそうしなかったのも、アイナちゃんがいたおかげなんやろうなぁ」

「はい……、だから恐ろしかった。

 圧倒的なパワーで暴れ回るあいつ、あれはアイナであり、俺でもあった。

 あの姿は俺自身の願望が形になったようにも思えます」

「でも、君はやらなかった。

 あいつはやった。

 それは180度違う話や」

 そう言って、ケンジさんは背を向けて話を変える。

「そろそろやな。

 ……気になる話はあるが、まずは行こか」

「??? どこへですか?」

「ギルド……の跡地や。

 君をレベルアップするんや。

 みんな集まっとるはずやで」

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