#24 無双

 急遽結成された射撃班は一列に並び、銃を構える。

 アイナはその動きには気も留めずに、つま先で自分が入れる程度の円を描きはじめた。軽々とやっているが、その溝は10センチ近くもある深いものだ。

 円が完成するとその中心に仁王立ちとなる。

「ハンデをあげるわ。

 あなたたちは何をしてもいい。とにかく私をこの円から出せば勝ち。

 あと私も攻撃するからね、お忘れなく」

 射撃班のリーダーが声をあげる。

「勝つことに意味がなければ勝負する意味がない」

「銃をこちらに向けたままでよく言うね。

 ……でもそうか、ハッキリさせておく方が良いかもね。

 私が勝ったらこの大陸を沈める」

「……冗談はやめてもらおうか。

 あんたにはそんな権利も力もない」

「権利はあるよ、私が強いから。

 それにトラリア大陸を沈めたのは私。

 もっとも沈めるつもりはなかったんだよね。

 ちょっと力試ししてただけでさ。

 モンスターも逃げ回ってさ、遊びで仕掛けといた転送陣に引っかかる、引っかかる。

 だから、あちこちに出没してたみたいね。

 ……本当にさ、弱いって滑稽だよね。

 ああやって追い回すくらいしか楽しみ方がないんだもの」

「お前は世界を滅ぼすつもりかっ!」

「んー、そういう事になるのかな?

 でも、私に滅ぼされる程度の世界なら、滅んでも仕方ないと思わない?

 でも大丈夫! 代わりはあるから。いくらでも補充できるし」

「??? 補充とはなんだ!」

「くすっ、ひ・み・つ。

 だからいくら殺しても問題ないの」

「…………。

 では、俺たちが勝ったらどうなる?」

「……え? 私が負ける? やだぁ、おもしろーい。

 そんなこと考えた事もなかった。

 ふふ。

 いいわよ、この大陸は見逃してあげる」

「見逃してあげるだぁ?

 あんた、何を言ってるんだ」

 アイナが突然キレた。

「ガタガタ言ってねぇでとっとと掛かってこいっ! キンタマついてんのか、てめぇらぁぁっ!」

 凄まじい声量であちこちの瓦礫が崩れた。そして中指を立てて挑発する。

「あと30秒。

 その間に何のアクションもなければ私の不戦勝。

 言っとくけど、私は日々強くなってるからね。

 ……倒すなら今日がラストチャンスだよ」

 パーン!

 ついに一発の銃声が響いた。

 が、アイナは動かない。

 その細身の肉体が、金属音のような音と共に弾丸を弾いたのだ。

 射撃班に驚愕の表情が浮かぶ。

「38、29、4、2 F!」

 パーン! パーン! パーン!

 続けざま銃が撃たれるが状況は変わらない。

 アイナは腰に手を当てて、撃ってみろとばかりに胸を張る。

 俺とケンジさんは戦いがよく見える瓦礫の影に移動していた。

「ケンジさん。

 撃った後に番号を叫んでいるの、あれ何ですか?」

「ああ、あれはな、当てた場所と武器、それからダメージを記録しとるんや。

 近くに記録員がおるやろ?」

「なるほど、それでノートを持った人が近くにいるんだ」

「ああ。数字で言うのはそっちの方が混乱がないからや。

 最後のアルファベットはダメージ。

 Fはダメージなしを意味する。

 アイナちゃんに銃は通じんな。たまにEがあっても防具の方や。

 よおく見ておくんやで。あれは君のために情報を集めてると言ってもええ」

「……はい」


 次々と銃弾が放たれる。

 手も、足も、顔も、身体も、まったくの無傷だ。

 一通りの射撃を試した後、射撃班リーダーによって一斉射撃が命じられた。

「ってー!」

 アイナは顔の前に左手をかざした。

 一気に巻き起こる煙と火薬の匂い、止めどない銃撃音とアイナの身体が弾丸を弾く金属音が鳴り響く。

 激しい煙で何も見えなくなるが、銃声と金属音はやまない。

 リーダーの顔に焦りの表情が浮かぶ。

 突然、弾丸を弾く金属音だけが止んだ。

 リーダーはにやりと笑みを浮かべた。それでも銃撃は続く。

「打ち方、止めっ!」

 突然、静寂が訪れた。

 霧のような煙がだんだんと薄れていくと、人影が浮かび上がる。

 アイナは同じ姿勢のまま立っている。しかも無傷だ。

 ただ、かざしていた左手は閉じていた。

 ペロっと舌を出して、ゆっくりと手を開く。

 弾丸がひとつ、ふたつと、こぼれ落ちていく。パラパラと落ちる弾丸を下に広げた右手で受け止める。

 金属音がしなくなった大半の銃弾はアイナがつかみ取っていたのだ。

 そして、笑みを浮かべた。

「タマ、返すね」

 右手を握り、腰に当て、親指で弾丸を弾いた。

 ドンッ!!

 激しい音と共に、狙撃班のはるか右後方にあった瓦礫の山が砕け散った。

「……まさか、銃弾を指で弾き飛ばしたの……か?」

「くすっ、ご名答」

 再びアイナが銃弾を弾くと、今度は左後方の瓦礫が崩れ、衝撃波で狙撃班の数人の姿勢が崩される。

 物体が超音速で飛ぶ時、急激な圧力変化で激しい衝撃波が発生するが、彼女は指1本でそれをやってのけている事になる。

 ただ、己の圧倒的なパワーを見せつけるのが目的。

 何しろ明らかに銃で撃った時よりも破壊力がある。

 ノーモーションでそれができるパワー、そして銃すら効かない身体。

 一歩も動かないと宣言したアイナに死角はなかった。

 もはや、この戦場全てが完全なる危険地域なのだ。

「うーん、いまいち面白くないか……それより……」

 アイナが軽く右拳を握るとゴリッと音がした。そして手を開くと原型を留めないほどに歪んだ金属の塊が現れる。重い音を立てて、銃弾だった物は地面に落ちた。

 そしてアイナは笑いながら首だけを後ろに向けた。

「気付いていないと思ってた? マー君」

 回り込んだ俺は、隙をついて彼女の背後からタックルをしかけようとしていた。

 見破られていたようだが今更止めるわけにもいかない。せめて加速する。

 アイナは俺に身体を向け、正面を向いた。そして激突!

 鈍く大きな音が街に響いた。

 しかし華奢な彼女の身体はビクともしない。

 むしろ、その反動がそのまま俺の肩に返ってくる。俺は思わず顔をしかめた。

「く、くそうぅ……」

 歯を食いしばり、彼女の腰あたりを押し込もうとする。眼をつぶり、歯を食いしばり、全身の力を集中するが、この俺のパワーが全く通用しない。

 さっき足払いで倒れたのは油断したというよりも単に俺をからかった、そんな気すらしてきた。

「マー君の……えっち……」

 突然、アイナの恥じらうような声がする。

「えっ?」

 予想外の声に俺は思わず目を開けると、押し込む力が抜けてしまう。

 そして視界にはアイナのふとももが飛び込んできた。まるで彫刻のような白い肌となだらかな曲線に心が奪われる。こんな時に……男って馬鹿だ。

「……なーんちゃって」

 目の前のふとももの筋肉が突然盛り上がった。皮膚の下にいた、太く凶暴な生き物が目覚めるように。

 そして俺の背中を押さえつけ、膝蹴りを食らわす。

「ぐえぇぇぇ……」

 膝蹴りの衝撃が、手で押さえつけられて逃げていかない。

 とんでもない量の破壊エネルギーが俺の身体の中に広がる。

 たった一発で意識が遠のいてきた。

 ガクっと膝をつくと、それは許さないとばかりに俺の首が掴まれる。

「ちょっと甘いんじゃないの?

 そりゃ、私を倒せる可能性はマー君が一番高いけど、そんなやわな攻撃じゃ無理。

 これじゃ手加減が面倒だよ」

「な……なんで、そんなにパワーがあるんだ……」

「ふふ……。

 元々はマー君の方が強かったと思うよ。

 だからね、私やってみたの。

 ……レベルアップ」

「な、なにぃ……」

「だからマー君が歯が立たないのは当然。

 今、私レベル45だもん。

 これだけ差があったらダメージを与える事もできないでしょ?」

 ここは“レベルが存在する現実の世界”。

 俺たちがレベル1でありながら最強であることこそがおかしいのだ。

 パラメータの基本能力値が同じならレベルの高い方が強い、圧倒的に。

 通常なら5つもレベル差があったら勝つことは難しく、10もあったら戦いにすらならない。

 俺たちがレベル1でありながら最強でいられたのも、高すぎて測定不能の基本能力値にある。高い基本能力値はレベルアップ時の伸び率も高い。

 アイナの高笑いが止まらない。

「実際、凄いの。

 今、こうしてても力が湧き上がってくる感じ。筋肉も順調に育ってるし。

 あなたたちはダメよね。

 こんな素晴らしい肉体を持ちながら、ポテンシャルを全然引き出せていないんだから」

 その時、アイナの後ろから投げ縄が飛んできて首を捉えた。

「油断しすぎやっ!」

 ケンジさんや狙撃班、戦闘班など、総勢40名ほどの男たちが縄を引っ張り始めた。

「要するに、そこから引っ張り出せば俺らの勝ちなんやろ!

 これで勝負あったで!!」

「ケンジさん、無駄だ……うぐぅ」

 俺が喋ろうとすると、アイナの手がそれを塞ぐ。顔面クローの形となり、強烈な痛みが襲う。

 俺は宙に吊される。もがくけれど状況は変わらない。

「こんな縄、簡単にちぎれるけど……」

 アイナは平然と言葉を口にする。いつもと全く変わらない声で。

 人の声は声帯の震えを、喉というパイプを通して音とする。自分で自分の喉を軽く押さえるだけで声は変化してしまう。

 つまりアイナの薄い首の筋肉は、屈強な40人の男たちによる力をもってしても、わずかな変形すらしていないということとなる。首は鍛えるのが難しく、多くの格闘技においても攻めることが禁止されている人の致命的な急所でもあるにも関わらず。

 しっかりとはまった縄は、彼女の首を絞めていない。ただ巻き付いているだけなのだ。

 しかも、この俺を片手で圧倒しつつ。

 遠くから綱を引く男たちに、その状況は把握しづらい。

 アイナは少し笑い、ゆっくりと身体を反らせていった。

 男たちは、それが力勝負で有利に傾いていると誤解した。

「よし! いけるぞ!! あともう少しで俺たちの勝ちだ」

 アイナは身体が大きく弓なりに身体を反らせた所で動きを止めた。いわゆるイナバウアー状態である。

 明らかにバランスを欠いた不自然な姿勢、40人の強い力で締め付けられる首。

 それすら今の彼女にはハンディキャップになっていない。

 この状況を、強靱すぎる足腰だけで支えていた。

 さらに俺を締め付ける力は増していっている。手が付けられないパワーだ。

 男たちの中から焦りの声が上がりはじめる。

「な、なんて力なんだ……。あの不自然な姿勢で全く動かないぞ」

「しかし、これしかない。頑張れ!」

 いくら引っ張っても、アイナの身体はピクリとも動かない。

 激しい痛みの中、俺は奇妙な音が鳴っていることに気付いた。

 この状態が3分近く続く。

 そして、気になる奇妙な音も休むことなく鳴り続けていた。

 その正体が今、分かった!

 アイナは胸を反らし、大きく口を開け空気を吸い込んでいる。奇妙な音は、吸い込む空気音。圧倒的な吸気による音なのだ。それが3分も続いている。

 空気砲……。

 俺が前にアイナの前でもやった技だ。

 彼女は俺とは比較にならない空気量を今、その肺に圧縮している。

 人間は歯を食いしばったり、声を出したり、息を止めたりして力を出すようにできている。

 しかし今のアイナはそれのどれにも該当しない。

 息を吸い込みながらも40人もの男たちの力を凌いでいる。

 突然、アイナの手が緩み、俺は激痛から解放された。同時にアイナは口を閉じる。

「にげろぉぉっ!!!!」

 俺は目一杯の声を出すが、男たちにそれを聞き入れる余裕はない。

 アイナがヒョイと身体を起こすと、綱が恐ろしい力で引っ張られ40人の男たちが前のめりに倒れる。

 縄が緩んだ所でアイナは反転180度。

 空気砲を放った。

 圧縮された空気が一気に解放され、目の前の世界が一気に砂埃となる。

 その範囲は一気に広がり瓦礫を一気に巻き込み、吹き飛ばす。

 男たちも吹き飛ばされ、かろうじて綱を放さなかった数人だけがそれに耐えた。

 たがて、パラパラと瓦礫が降ってくる。

 だんだんと空気が晴れてきた。

 ……何もない。

 アイナのいる場所を境に、景色が一変していた。

 背後には瓦礫の山が変わらず存在していた。

 前方は、まず地面が球状に抉れ、あれだけあった瓦礫の山が吹き飛び、遠く離れた場所に扇状の新たな山を築いていた。

 吹き飛ばされずに残った男たちも、もはや戦う気力が失われていた。

「バ……バケモノか……」

 どこからか、そんな声が聞こえる。

「誰? 今、『バケモノ』とか言ったのがいるよね!?

 出てきなさいよ……。出ぇてきなさいよぉっ!」

 アイナが強く地面を踏みつける。まるで幼い子供が癇癪を起こすように。

 ただ、その規模がとんでもなかった。

 まるで爆弾でも落ちたかのような重低音と、激しい振動が街を襲う。

 その揺れにその場にいた人間は立っていられない。

 多くの者が地面に叩きつけられる事となった。

 別の者は見た。山と積まれた瓦礫が一瞬宙に浮くのを。

 激しい土煙が巻き起こり、前が見えなくなる。

 やがて土煙が収まると、風景が一変していた。

 瓦礫はさらに崩れ、街は再び均等に破壊された。大地には仁王立ちのアイナを中心に無数のヒビが走っている。

 これが、たったのひと揺れで起きた現象である。

 静寂の中、中心にいる少女が笑みを浮かべる。妖しい光を瞳に宿しながら。

 その場にいたものは確信した……トラリア大陸を沈めた者がここにいると。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る