#22 悲劇

 翌日になると、様々な情報が入ってきた。

 モンスターの異常発生はこの街だけでなく、この大陸全体に及んでいたこと。

 そして多くの街で対応が遅れてしまったこと。

 いくつかの街では壊滅的なダメージを受けたらしい。


 ギルドのお姉さんは困惑した表情でリーダーたちに伝える。

「何かが起きていることだけは間違いないわね。

 驚かないで聞いてちょうだい。

 ……昨日、トラリア大陸が……沈んだわ。跡形もなく」

「沈んだ!?」

 ざわつくリーダーたち。俺は小声でケンジさんに尋ねる。

「トラリア大陸は、この世界に7つある大陸のうち一番小さい奴や。

 場所は……北の街が一番近いな。

 そこからなら海辺に行けば見えたはずや。

 火山が大半を占めている関係で人はあまりおらんのやけど、モンスターはぎょうさんおる所や」

「モンスターが……」

 俺はお姉さんの話に集中する。

「原因は不明。

 大きな地震やそれに伴う津波は確認されているけど、噴火はないわ」

 俺が手を挙げて質問する。

「もしかするとモンスターはそこから転送されてきた可能性はないんでしょうか?」

「それも分からない。

 魔方陣が仕掛けてあったなら、転送自体は簡単よ。

 ただ1体や2体ならともかく、あれだけの数を転送するのは……ちょっと無理ね。

 あ、マー君が魔法を使えたら可能かもしれないけど……」

 ドキッとした。冗談半分なのだろうけど。ただ、俺で可能なら……。

「それでね、各ギルドに依頼が来てるのよ。

 トラリア大陸消滅の調査の。

 特にマー君、あなたは直々に指名されているわ」

 ザワつくリーダーたち。総リーダーが抗議する。

「ちょっと待ってくれ。

 小僧は重要な戦力だが、経験が足りない。調査なら他の者が適任ではないか?」

 お姉さんがため息をつく。

「正論ね。

 ただうちの街、モンスター転送を防ぐため、魔方陣潰したでしょう?

 あれのせいで他の地方にモンスターが流れたって言われちゃうとね、反論しづらいのよ。

 実際、ウチの街は被害少ないしね」

 理不尽ではある。

 しかしつべこべ言っても話は進まない。

 結局、ケンジさんを中心として計20人のチームが作られる事となった。内7名は医療技術を持つ者。

 最後に俺の希望としてエーコを同伴させることとなり、メンバーは21人。

 向こうに着いてから他の街のグループと合流することとなる。

 救援物資と馬車の準備ができたのはお昼近くだった。

 俺としては自力で走る方が早いのだが、積み荷の警護も重要な仕事なので同行することとした。


 道を急ぐ馬車の中は、緩い空気が流れている。

「マー君、お手」

「わん!……って何やらせるんですか、ケンジさん」

「こいつ、俺によく懐いているからなぁ。怖いことあらへんで」

 ケンジさんは気の回る人だ。

 医療班の中には俺に脅える人がいたのだ。

 数人がかりでも歯が立たないパワーゴーレムをあっさりと片付けたバケモノ。

 俺に冷たい視線を送る者も少なくなかった。

 ある意味、弱肉強食の道から外れた人たち。

 圧倒的な力を振る舞う俺という存在は、この世界を象徴するものなのかもしれない。

 だから俺をいじるケンジさんやそれを笑うエーコに、俺は救われているのだと思う。

 最初は緊張気味だった医療班も、今はリラックスした表情で機材の点検をしている。

 そう、まだ緊張する時間ではないのだ。

 休む時は、休む。

 これは重要なことだ。

「そろそろ着く頃やな。

 ほれマー君、チンチ……うわ、どないしたんや!」

 突然、馬車がガクンと揺れた。

 御者の人が叫ぶ。

「すみません!この辺、道が荒れてまして。しばらく揺れが続きます」

「わかった! みんな、荷物が落ちんよう押さえてくれんか?」


 北の街に着いた俺たちは言葉を失う。エーコは俺の腕にしがみつき、声も出せない。

 それはまさしく震災の後だった。

 家は傾き、潰れ、瓦礫の山と化していた。街を守る壁もほぼ崩壊。

 道が荒れていたのは、恐らくトラリア大陸に伴う地震があったのだろう。

 確かに、これならうちの街は被害がないに等しい。


 すでに他の街の救護チームが活動を開始していたが、とても手が足りてるように見えなかった。

 俺たちは想定していた活動を取りやめ、作業中のチームにそれぞれ合流する事とした。エーコは救護班手伝いとしての参加。猫の手も借りたい状態だから医療知識の有無は関係なかった。

 俺は瓦礫排除の作業を担当した。ありていに言って“人間重機”。

 これまで手の着けようがなかった瓦礫をも軽々と持ち上げる俺は、大変重宝された。

 生き埋めになっていた人たちはあっという間に救助されたが、それでも間に合わなかった人たちもいた。

 人命救助はすぐに終了となった。

 これだけの量の瓦礫を簡単に処理できる自分のパワーをありがたいと思ったが、走ってくればもっと救えた命もあったのではないかという後悔も生まれた。

 この状況を早く知っていれば……。


 やがて、炊き出しが始まった。

 暖かな食べ物が、街の人たちの心をほどいていく。

 段々と重い口が開かれて、状況が見えてきた。

 俺たちは彼らに話を聞いた。

 話を総合すると地震は夜中、突然起きたらしい。間隔をおいてドシン、ドシンと何度となく続き、街が崩れだした。前震に相当するような物はなかったとのこと。

 まだトラリア大陸が沈んだという事実に気付いていない人も多かった。それだけ自分たちのことで手一杯だったのだろう。

 この街は高台にあるため、津波による被害が発生しなかったのは不幸中の幸いだ。

 精神的な余裕が出てくると、崖に集まり大陸のあった方角に祈りを捧げる人も現れた。

 モンスターの目撃情報はあったが、少数で、街を襲う事はなかった。

 地震により魔方陣が破壊され、転送そのものがあまりなされなかったという分析がされた。また震源地に近い街には近づかなかったのだろう。

 いずれにせよ、本格的な調査は明日から。

 他のチームが持ってきたテントを設営してそこを仮設住居とし、その日は就寝となった。

 俺たち戦闘班は交代で見張りだ。


 翌朝、俺は生あくびをかみ殺しながら、顔を洗う。

「おはよう! マー君。ごめんね。私とか、すぐに寝ちゃって」

 エーコが覗き込んでくる。彼女のよくやる仕草だ。

 まん丸な目が、安心感を与える。

「おはよ。そんな事、気にしないでいいよ」

 俺はタオルを受け取り、顔を拭く。

「うーん、何か寝た気がしないや。

 まぁ、贅沢は言ってらんないけどね」

 エーコが大きく胸を反らすと、その見事なプロポーションの片鱗が露わになる。

「寝る子は育つって言うけどな」

「ほーんと。

 私なんか寝るのが趣味みたいなもんなのに、ねぇ」

 なるほど……。俺が妙な感心をしていると、幼い男の子が泣きそうな顔で走ってきた。

「ま、ままぁ……」

「ママぁ?」

 俺が驚いた声をあげると、エーコは笑いながらその子を抱っこする。

「夕べね、この子になつかれちゃったのよ。

 で、泣き止むまで抱いてたら、私もそのまま寝ちゃったの」

 エーコはペロッと舌を出した。

 確かにその子は、エーコにしがみつくと安心した表情になった。

「……大変だな」

「大変よね……」

 遠くからエーコを呼ぶ声が聞こえてくる。

「あ、はーい。いっけない。

 私、炊き出しの当番だったんだ。

 マー君、悪いけど、この子見ててくれる?」

「いいけど、俺で大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。

 ほーら、パパに高い高いしてもらおうねぇ」 

 エーコは俺に男の子を渡すと、手を振って走り出した。

 小さくなる背中を長々と見送った。

 渡された男の子を見ると、あと5秒で泣き出しそうだ。

「わっ、まずい。

 ほーら、高い、高ーい」

 慌てて男の子をあやすけれど涙目は止まらない。そもそも俺はこういうの、やった事ないんだって。

 男の子を降ろしてご機嫌を取ろうとした時、遠くのエーコの声が耳に入ってきた。

「あー、アイちゃん!

 アイちゃんだよね! ここにいたんだ!

 ひさしぶりー!」

 ドクンッ!

 俺の心臓が大きく鳴った。

 アイナ……アイナだって!?

 周りの音がかき消される。鼓動はどんどん速くなるばかりだ。

 頭をあげると動きを止めたエーコが目に入った。

 長い髪が舞い、彼女はゆっくりと傾いていく。

 まるで美しい円を描くように。

 重なり合ったその影から、もうひとりの人間が見えてくる。

 エーコと同じくらいの身長。

 白いマントに身を包み、それは真っ赤な血に染まっている。

 そいつはくるりと背を向けると、聞き覚えのある声で笑い出した。

 俺は、頭の中が真っ白になった。

 何が起きた? いったい何が起きたんだ?

「うわぁぁぁー!」

 エーコォォォォォォーッ!」

 理解ができないまま、俺は走り出した。


 実は、その時の記憶があまりない。

 覚えているのは、いつの間にか俺はエーコを腕に抱き、泣き叫んでいた事だ。

 男の子もエーコにしがみついている。

「血が、血が止まらないんだっ!

 どうしたら……、どうしたら!! エーコォォォォ!」

 腹を押さえる指の間から血が溢れ出る。

 押さえても、押さえても止まらない。ドクドクと、その赤い液体は流れ落ちる。

 エーコは腕をあげ、男の子の頭を優しく撫でる。

「ごめんね……」

 救護班の人間がやってきた。

 が、見た瞬間に、首を振る。

「マー君……愛して……」

「俺もだ。だから死ぬなっ!」

「うれし……ぃ、ねぇ……キス……し……」

 俺が顔を近づけると、それを避けるかのように彼女は崩れ落ちた。



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