#21 防衛
俺を巨大な影が追い越していく。影の主は上空のヒュージ・ファルコン。
目的地はケンジさんのいる東のグループだ。
この俺でも空飛ぶ怪鳥には追いつけない。
俺が言うのもなんだけど、パワーというのはあればあるだけ良いという物でもなくて、過剰すぎるパワーは使い道がないのだ。これ以上、強く地面を蹴っても大地が耐えられない。
10秒を切る短距離ランナーも、氷上ではその速度で走る事はできない。それに似た状況になっている訳だ。
条件さえ揃えば追い抜けると思うのだが、この地面では無理だ。
空中を自由に動ける怪鳥では分が悪い。
案の定、東のグループは大変な苦戦を強いられていた。
上空から攻撃する敵に対し、防戦一方。
緊急事態のため、事前対策が全くとれていない。
上空からの攻撃に対応できる得物がないのだ。
俺は少し離れた所で足を止め、大きく胸を反らし息を吸い始めた。
以前試した“空気砲”だ。
身体ができあがってきた今なら、以前よりも威力は上がっているはずだ。
息を吸い込み、吸い込み、吸い込み、肺の中で圧縮する。30秒ほどこれを続け、息を止める。
そして狙いを定め、タイミングを合わせて一気に解放する。
ボゥッ!
解放された空気の固まりがファルコンの群れを襲う。強い風圧は、空の王者ですら耐えきれない。
翼が折れ、ある者はバランスを崩す。怪鳥たちは、たった一瞬で攻勢を崩された。
「今だ!」
落ち行くファルコンの背中にジャンプする。そして背中から剣を一刺し、次のファルコンへ飛び移る。
怪鳥の群れは悲鳴を上げながら次々と墜落していく。
俺はアクションゲームのように次から次へと飛び移っていく。今の俺には、きっと赤い帽子とチョビ髭が似合うはずだ。
「おや?」
飛び移ると共に高度が上がっていく。すると全体像が見えてきた。
街を中心にモンスターの群れがいくつも見える。
著しく不自然だ。
奴らはどこから来たのか全く分からない。むしろ、行動した跡が見えないのだ。
すると視界の端に特徴的な光の円が見える……魔方陣だ。
大地に大きな文様がえがかれ、その中からモンスターの群れが現れた。
「まさか……」
また、別の場所に別のモンスターの群れが現れる。
「こいつらは転送されているんだ!」
転送の魔方陣……状況が読めてきた。
全ての怪鳥を落とすと、俺は大地に着地した。
飛べなくなった鳥に勝機はない。あっという間に地上の戦士たちの餌食となっていた。
ケンジさんが着地した俺の元に駆け寄ってきた。
「マー君、君、凄い事するなぁ」
「へへっ。アイナに下品とか言われた技ですけどね。でも結構使えますね」
「確かに溜めが長すぎて使い方が難しいかもしれんな。
まぁ、“波動砲”なんかポンポン撃ったら面白くも何ともないわな」
「“波動砲”? 何ですか、それ。
まぁ、いいや。それよりケンジさん。
どうもこれ、魔方陣を使ってモンスターを転送しているみたいです。
よく見ると、あちこちに仕掛けがされているみたいです」
「魔方陣? 今時、使える奴がおるんか?
ああ、そうか……あいつの仕業か」
ケンジさんは後半、声のトーンを落とした。俺はコクリとうなずく。
「その魔方陣なら見つけて、先に消してしまえば止められそうやな。
よし分かった! 片方のグループを魔方陣探索に割り当てるで。
片方は現状維持や」
戦況が一段落したケンジさんはテキパキと指示を出す。
ひとりを伝令として、総リーダーに報告に向かわせた。
「俺が行く方が早くないですか?」
「いや、君は交戦中の他のグループを助けてやってくれ」
情報が伝わると、作戦のフォーメーションが一気に変化した。
魔方陣はあらかじめ大地に描かれていた。それを分からないようにカモフラージュしていたのだ。
見つければ簡単に破壊できる。隠し方も同じなので、一度攻略法が分かれば何ら問題はない。とにかく遠隔起動される前に消していく、そういう勝負に変化した。
最初は捜索班に人数を割かれ苦戦したが、やがてモンスターの転送数が減っていき状況が好転した。
手薄になった攻撃隊は、俺への依存度が高くなっていく。
北のグループを手助けしている時に、伝令が来た。
「小僧! 南の門の彼方からパワーゴーレムが複数向かってきている。
我々ではダメージすら与えられない。
イケるか?」
「分かりました! 構いませんね?」
「行ってこい! 小僧!!」
北のリーダーから檄が飛ぶ。
「はいっ!」
南なら、街を突っ切る方が早い。俺は伝令の人の横を駆け抜ける。
街の門が見えてきた。
俺はジャンプして門の上に飛び乗り、そのまま屋根伝いに街を駆け抜ける。速度は落ちるが、道を走るのは危険と判断したのだ。万が一、街の人にぶつかったら大変な事になる。結果的に皆は避難しているため問題はなかった。
南の門を抜けたら地面に降り、スピードを上げる。
パワーゴーレムが見えてきた。
数は3体。
集まった戦士たちが弓矢や銃で応戦しているが、ゴーレムの強靱なボディはビクともしない。
歩みはゆっくりだが、確実に進撃を続けていた。
「お待たせしました! 後は任せてください」
俺の姿を確認すると南のリーダーが退避を命じる。
「頼むぞ! 小僧!!」
陽が傾いてきた。
俺は、俺自身の体調を確かめる。誰よりも走り回り、誰よりも戦い、誰よりも敵を倒した。
多少の汗はかいたものの、呼吸は乱れていない。
なにより身体には力がみなぎっている。
「まだまだ余裕だな……」
俺はゴーレムの前に立ちはだかった。
後ろには街が、そして仲間たちが控えている。
長時間にわたる戦いで、ここからでも疲労が見て取れる。戦力的にはあまり意味はない。しかし俺にとって非常にありがたい存在だった。
――人から頼られる。
これは元の世界ではなかった事だ。俺自身の問題に起因するので自業自得ではあるのだが、やはり人はこうあるべきなのだ。
ひとりじゃない。
アイナがいなくなってもひとりじゃない。
それが分かっただけでも、この世界は俺にとって価値のある場所なのだ。
戦闘のゴーラムが俺を認識すると、その拳を振り上げブンと音を立てて殴りかかってきた。
その瞬間、俺は軽く身体を緊張させる。しなやかな筋肉は一瞬にして鋼鉄をも超える固さとなる。
激突する拳。
圧倒的な破壊エネルギーさえ俺の身体は弾き飛ばす。その衝撃に耐えきれず、ゴーレム自身の腕が砕け散った。
見守る戦士たちからどよめきの声があがる。
10人がかりで手も足も出なかった相手を、俺は立っているだけで大ダメージを与えたのだから。
感情を持たないゴーレムは続けざま反対側の腕でパンチを繰り出す。
こちらは手を出さず、ゴーレムの腕が砕け散った。
「行け! 小僧!!」
後ろから怒濤のような声援が飛ぶ。
「俺は見世物かよ」
苦笑しつつ、拳を握りしめる。グッと力を入れると筋肉が膨れあがる。
「フンっ!」
力を込めてゴーレムに拳を叩き込む。矢も弾丸も受け付けない身体が、一瞬で砂のように飛び散った。
あまりの手応えのなさに驚くほどであった。
一瞬の沈黙の後、嵐のような声が響く。
「いつの間にこんなに集まったんだ?」
後ろに集まった人数が半端ない。
「マー君、他はあらかた片づいたで。ここはいっちょ、派手にやったれや!」
ひときわ大きな声が聞こえる。ケンジさんだ。
残る2体のゴーレムがたどり着いた。
「じゃあ、リクエストに応えますか」
2体のゴーレムが同時に拳を振り上げる。
俺はそっぽを向いたまま。左右からくるパンチを見もせず2本の手で受け止める。ゴーレムの足が、反動でズズズと後ろにさがる。
「確かに……『戦いが盛り上がらない』、な」
声援が完全に俺の勝利を確信したものになっている。命をかけた勝負ではなく、スポーツ観戦のそれだ。
ゴーレムは腕を抜こうとするが、俺の握力がそれを許さない。
2体の岩の巨人は、完全に俺に牛耳られている。
「いくぞっ!」
俺のかけ声に一同が大いに盛り上がる。
手首を回すと、巨人の身体が宙に浮いた。
声援は地鳴りのように大きくなる。
そして両腕を前でクロスすると、巨人同士が激突。
激しい音と共に巨体が砕け散り戦いは終わりを告げた。
……終わったけれど、俺は解放されなかった。
リーダーが集まり、今回の戦闘についての情報収集と反省会が行われたのだ。
いい加減なようで、根は恐ろしいほどに真面目。これが戦士たちの特徴なのだ。
解放されたのは夜遅く。
街では祝杯があげられていた。
俺は挨拶だけしてその場を後にする。
すると、なぜかケンジさんが付いてきた。
「いいんですか?
ケンジさん、こういうの好きそうなのに」
「今日は君のガードマンや。本当にお疲れやったな」
「もう、みんなできあがってましたしね。
他のリーダーたちも徹夜で飲むとか言ってましたし」
「あっはっは。
あいつら、薄めた酒飲んでるんやで。ほとんど水みたいなもんや。
未成年には分からないだろうけれどな」
「えっ、そうなんですか?」
「そうや。
もし敵の夜襲があった時に対応できるように、な。
ただ俺らがリラックスしとる方が一般の人たちも安心するやろ?
それから、今日はあんまり質問攻めに合わんかったろ。
あれは、君に気を使かっとるんやで」
「えっ、そうなんですか?
実は、ちょっと拍子抜けしてたんですよ。
もっと、みんなにチヤホヤされると思ってたから」
「……まぁ、君は明らかに俺らと違うからな。
質問なんか、いくらでもある。
でも、まだ警戒を解くわけにいかん。まだモンスターが現れるかもしれんからな。
ピンと張り詰めた糸は切れやすい。
今は、少しゆるめておく時や」
「……みなさん真面目なんですね。
むしろ、糸が張り詰める時があるようには見えない人ばかりなんで、反省会なんかするとは思いませんよ」
「はっはは、まぁ、マー君は必要ないかもしれんけどなぁ。
俺らは必ずこうやって反省会するんや。
基本、モンスターは俺らより強い。
だから研究するんや。何しろ、みんな命が掛かっとる。粗末に扱われようと、俺の命は俺の物や。
だから必死なんや。みんな、そうやで」
「……ですね。
俺……どうも、その辺の意識が薄くって……」
「あれだけのパワーを持ったら当然やろ。
でもいつかは君より強い奴は現れる……。たぶん、な。
……やっぱ、ないか。
君らみたいなのがポンポンおったら、世界が滅んでしまうわ」
ケンジさんは笑って話をごまかした。
そう、思い出してしまったのだ。
俺と同等のパワーを持つ存在……アイナを。
彼は真剣な顔になった。
「マー君、覚えておいてくれ。君は確かに強い。
でも俺は、そしてあの場にいたリーダーたちも君に負けるとは思ってへん」
「……失礼ですが、俺はケンジさんに何されても傷ひとつ負わないと思いますよ」
「君は正攻法でしか戦わんからな。
俺らは勝つためなら何でもやる。君が卑怯だと怒り出す方法でもな。
マー君が人間である限り、つけいる隙はいくらでもある。
俺らはな、そうやって生きてきた。
パワーゴーレムだって、ドラゴンだって、分析をして、対策を立て、小さな穴見つけてはこじ開けて勝って、生き残ってきたんや」
「……肝に銘じておきます」
俺たちの宿が見えてきた。
入り口付近ではエーコが待っていた。
「あっ! マー君、お疲れさま」
「ただいま。大丈夫だったか?」
「うん。マー君が戦ってるなら心配いらないもの」
エーコは俺の腕を取り、宿に向かおうとする。
「じゃあ、ケンジさん。今日はありがとうございました」
「おう! ゆっくり休むんやで」
ふたりを見送るケンジの元に、女が現れた。
「言われたとおり、あの子を見てたけど何もあらへんかったよ」
「ホンマか?」
「ええ。あの子、戦いの最中ずっと寝てた。
えらい大物やねぇ」
「……そうか」
女はケラケラ笑うがケンジの表情は変わらなかった。
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