#20 小僧
俺とケンジさんが一定の結論に達した頃、宿の外が騒がしくなった。
「どないした!」
ケンジさんが窓から顔を出して尋ねる。
「おお! ケンジかっ!
モンスターの大量発生だ!
みんなギルドに集結してる!」
「大量発生……。
マー君、すぐに行こ! まずは現状の対応が先や」
「はい!」
ギルトに行くと、すでに大勢の人間が集まっていた。
「マー君!」
エーコが俺の装備一式を抱えてやってきた。
「気が利くな、ありがとう!
そっちは大丈夫か?」
「うん。
これから一般市民は避難だって」
俺たちの元に、ケンジさんが別の女の人を連れてきた。
「この子はこの世界に不慣れなんや。面倒みてくれるか?」
ケンジさんは、その女の人にエーコの保護をお願いする。
「ええよ! ほな、ウチと一緒にいこか?」
一般市民たちは続々と街の中央の避難場所に向かっていく。
エーコたちもその波に流されていった。
「大丈夫! あいつは信用できる奴や」
「すみません」
「そんなん、後、後」
すでに状況説明が始まっていた。
俺たちもその輪に加わる。
状況はこうだ。
・街の周りにモンスターの集団が無数に発生している。数は不明。
・その内のいくつかの群れが街に向かって進撃している。
・街は比較的簡単な塀で囲われているだけで、防御は甘い。
・門は東西南北に4つあるのみ。
元々モンスターの現れにくい所に街は作られたので、襲撃に遭った記録は残っていないとの事。そもそもモンスターはあまり自分のテリトリーから出る事はないのだ。人間が街でないと生きていけないのと、それは変わらない。
説明するギルドのお姉さん。いつもは冷静なのに今日に限っては異様に怖がっている。
従って高レベル冒険者が自発的に仕切る事なった。混乱する事なく話がまとまっていくのを見ると、彼らは紛れもないプロフェッショナル集団であると言えた。
戦士は10グループに分かれる。
うち8グループを東西南北にそれぞれ2つずつ配置。
もう1グループは司令塔となり情報伝達に専念する。
最後の1グループは、俺ひとり。特別遊撃隊として、片っ端から敵を倒す役割だ。
そして非戦闘員の男、数名が門の開閉を担当する。
各グループにリーダーが設定され、ケンジさんもそのひとりだ。総リーダーは巨人の男が受け持つことになった。
総リーダーは山のような身体を揺らしながら俺の頭を撫でる。
「小僧は飛び抜けているからな。周りに合わせるのはもったいない。
やりやすいようにやれ」
「はい!」
リーダーを中心に戦士たちが輪を作る。即席のチームだけあって、隊列はバラバラだ。
そして、中央の総リーダーが刀を高々と掲げあげる。
戦士たちの視線が集中する中、リーダーは街中に響く声で檄を入れる。
「絶対に死ぬな!
お前が死んで喜ぶ奴はこの街にいない!」
「おうっ!」
「深追いはするな! 今は敵の勢力が分からん!」
「おうっ!」
「俺たちは、街を守り抜くぞ! お前のひとふりが未来を作る!」
「おうっ!」
「よし! 行くぞ!」
「おうぅっ!!」
各々が自らの命を預ける得物を一斉に掲げた。
そして四方に散った。いざ行動を開始すると訓練したかのように足並みが揃う。
みな、根っからの戦士なのだ。今回は緊急事態のため、人数も少ない。
1グループは4~5人程度。まず、2グループ合同で各方面の敵に対応し、余裕ができたら交代制に変更。場合によっては2グループ合同のままで対応し続ける事となる。
その辺の状況判断はリーダーに委ねられるという訳だ。
「お先っ!」
俺は南のグループの前を先行する。
街を囲う門を抜けると、遠目に敵が見えた。左右、2つの群れがある。
後ろのグループに左側を相手するように合図を送り、自身は右側に向かった。
この群れはヒュージ・タイガー。
文字通り巨大な虎で、スピード、パワー、鋭い牙に気をつければレベル12程度の戦士なら勝てるモンスターだ。
問題はその数。15匹はこの南のグループではつらい。
もし、このレベルのモンスターが各地に出没しているのであれば、かなりマズい。俺が頑張るしかなさそうだ。
俺は自らにかけた弛緩を解く。簡単に言えば、日常生活を送るためのリミッターを外したのだ。
“戦闘モード”というよりも“平常モード”という方が正しい。見かけは変わらないが精神が研ぎ澄まされ、筋肉が鋼以上に固くなる。
そして全身を駆け巡る快感。平常であることに俺の肉体が喜んでいるのだ。
正直、この方が身体は楽。俺とアイナは普段は苦労して弱くしている訳だ。
パワーが解放されたことで、グンっと上がるスピード。一蹴りで地上すれすれを飛ぶように駆ける。
そして、ヒュージ・タイガーの群れを突き抜けた。
武器はいらない。このスピードとパワーだけで圧倒することができる。かすった数頭が左右に弾き飛び、それがいくつも連鎖する。
大きな土煙を上げて俺はUターンする。
左右に吹き飛ばされたヒュージ・タイガーがまだ高くバウンドしている。
「残り……3匹か」
一匹の腹に潜り込み、拳を叩き込む。その衝撃でヒュージ・タイガーの身体が膨れあがり破裂する。
「悪いな、手加減するヒマがなさそうなんだ」
減速せずに剣を抜きクンッとコースを変えて、2匹の前でひとふり。十分な手応えを感じた俺は次の群れへと向かう。
俺の後ろでヒュージ・タイガーが落ちてくる音が聞こえたが、確認する必要はない。
間違いなく倒されているはずだ。
大きく右に回り、モンスターがいるかを確認しつつ先に進む。
いた!
平原にゴブリンの群れだ。違和感を覚えつつも一気に片付ける。
こいつらは生き残りがいると面倒な事になる。しかし、森の中で生きる生物ではなかったか!?
しかし、それを考えるヒマはない。俺は足を進めた。
すぐに別のグループに出会った。西のグループだ。もう、街を大回りに半周してしまった。
ファイアー・バグの群れと戦っている。炎を操る虫で、通常は火山近くを住み処としている。
「大丈夫ですか?」
「こっちは大丈夫だ。他の応援に回ってくれ」
「了解!」
「頼むぞ! 小僧」
移動のついでにファイアー・バグを数匹倒し、今度は北のグループがいる方向に向かう。
こちらはブラック・ウルフの群れ。
鋭い牙を持つため接近戦は禁物。夜行性でこの時間帯には珍しい。
「加勢します!」
「助かる!」
リーダーを含む3人の巨人族が大きな盾を持って壁となり、2人のリトル・ヒューマンが隙間から銃を撃っている。
ウルフも執拗に盾に向かってくる。
この状況なら、俺と北のグループで挟み撃ちできる。
俺は弾丸を避けながら1匹、2匹とウルフを切り刻んでいく。3匹目に向かい剣を振り上げた時、俺の肩に銃が当たるが、そのまま剣を振り下ろす。
その隙をついて、4匹目の牙が俺を襲う。ブラック・ウルフの牙は下手な鎧なら軽々と貫く程の威力がある。とっさに俺は腕で顔をガード。ウルフはお構いなしに噛み付いた。
バキッ!
鈍い音と共に牙が砕け散った。ウルフの大きく見開かれた眼と眼の間を、俺の剣が貫く。
数匹残るウルフはすっかり戦意喪失。
北のグループは守りの陣形を解き、各人が追い打ちにかかった。
「おい、小僧! お前、大丈夫か?」
戦いを他のメンバーに任せたリーダーが俺の所に寄ってくる。
「はい、大丈夫です」
と、俺は腕を見せる。
傷ひとつないことに驚いた表情を見せるリーダー。
「そっちもだが、肩。弾が当たってないのか?」
「あ、本当だ。気付かなかった。よっ……と」
俺が軽く力を入れると、食い込んだ弾丸はポトリとその場に落ちた。
「ひゅ~。すげえな。
ところで他のグループはどうだ?」
「どこもこんな感じです」
「どこもこんな感じか……」
「どうかしましたか?」
「いや、何か変なんだ。こいつら目的があって移動している訳じゃなさそうだ。
むしろ、どこに移動して良いか分からなくてウロウロしている感じがする。
ただ、目の前に敵が現れたから戦った、みたいな……」
「ですね。
でも、人を見つければ襲ってくることに変わりありません。やるしかないでしょう」
「だな。とにかく、小僧。ありがとうよ」
「はい。じゃあ、俺は次に向かいます」
「小僧ーっ!
今度俺の家に遊びに来い! メシぐらいおごるぞ!!」
俺はリーダーの言葉に手を挙げて返事する。
とにかく今は時間が惜しい。先を急ごう。
じーさんが俺に使っていた“小僧”という愛称。もうすっかり定着してしまった。
今ではじーさんが残してくれた形見みたいに感じてる。
俺はこの呼ばれ方、嫌いじゃない。強すぎるパワーを見て脅えられたり、態度を変えられるのは嫌なんだ。
……つまり俺は支配者には向いていないのだろう。
間違いなく俺は圧倒的に強い。この戦いに参加しているモンスターと戦士全てを合わせても勝てると思う。
だが現実には苦労している。モンスターが分散しているから対応しきれていないのだ。
ひとりでやれることには限界がある。
俺がみんなに言えるのは『戦え!』ではなく、『一緒に戦おう!』なんだ。
以前、この強すぎるパワーはつらさしかなかった。でも皆を守るために使っている今は、あって良かったと思う。皆がこのパワーを受け入れてくれたから。
……だから、俺はスーパーヒーローにはなれない。
人知れず“正義のため”戦うなんてできない。
皆と同じでありたい。皆と一緒に幸せになりたい。
ただ、それだけだ。
やがて前方に東のグループが見えてきた。
たしかここはケンジさんがリーダーを務めているグループだ。
まだまだ戦いは終わりそうにない。俺は足を急いだ。
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