#19 疑惑
今日もクエスト、明日もクエスト、明後日も、その翌日も。
この年齢でサラリーマンのような生活を送っている、俺。
もちろん俺ひとりでもクエストは簡単にクリアできる。
でも、つまらないのだ。
アイナとのくだらない会話がないと面白くないのだ。これでは、単なる流れ作業に過ぎない。
お金はすでに充分に稼いである。
ただ、なんとなく家にいづらいのだ。
エーコは俺のいない時はどこかに出かけているようだ。引きこもられるよりは、この世界に慣れてくれる方がありがたい。俺はそれについて深く追求はしなかった。
じーさんは相変わらず。
俺たち三人は、同じ屋根の下で暮らしながらも、バラバラであった。
“家族”というよりは、単なる“共同生活者”。
よくよく考えると、これが正しい関係なのかもしれない。
そして、ある日突然事件は起きた。
俺が家に戻るとリビングの隅でエーコが泣いていた。
真っ青な顔をして自分の肩を抱き、震える指でじーさんの部屋を指さす。
部屋に入ると、その原因が判明した。
じーさんが死んでいた。
ベッドは乱れているが、争ったようには見えない。
その死体は壁にもたれるように座り込んでいた。
死因は素人目にも明らかだった。
首がへし折られて、変な方向を向いている。
その首を見ると強い手の跡がある。大きさは俺よりも少し小さいくらいで、指が長い。
しかも左手のみ。
状況から判断するにじーさんの正面から首を絞めたのだろう。左手一本で。
「エーコ! これはどういう事だ?」
俺はリビングに戻り、エーコを問い詰める。
「し、知らない……私が戻って、部屋に顔を出したら死んでたの」
テーブルには買い出しの食料が積まれていた。
この世界には警察はない。
ギルドから派遣された担当者が聞き取りをする程度。
明確に犯人が分かるのであれば逮捕されるが、ほとんどが迷宮入り。
結局は弱肉強食という名の無法地帯である事を思い知らされる。
状況的にはエーコが一番怪しいが、非力な彼女では実行不可能な犯罪。
玄関の鍵がねじ切られていたこともあり、何者かが侵入しじーさんを殺害したという事で結論づけられ、捜査は終了した。
必要であればギルドに犯人捜索を依頼する事になるのだが、俺は依頼しなかった。
こんな事ができる人間は限られている……。
玄関の鍵は応急で治したけれど、当面住む気にはなれなかった。
俺はエーコを連れて、近場に宿を取った。
場所を移しての同居生活はすでに数日経っている。
「マー君、大丈夫?」
あの日以来のエーコの口癖だ。
その都度、「平気だよ」と返すのが日常となった。
クエストにはエーコも連れて行くことにした。
とにかく、彼女をひとりにするのが怖いのだ。
エーコが狙われる可能性よりも、彼女が何らかの力を隠し持っているという疑惑が頭を離れない。
俺は彼女を守りつつ、疑いつつ、クエストをクリアしていった。
アイナが去り、じーさんが死に、俺は精神的に参っていたのかもしれない。
それでも、何もしないことが一番辛かった。
「よお、マー君!……って、なんか君やつれてない?」
ある日、エーコとの買い物の途中でケンジさんに出会った。
「……気のせいでしょう」
俺が去ろうとすると、強引に腕を引っ張った。
「そんな時は飲むのが一番!
エーコちゃん、ちょっと旦那借りてくでぇ」
エーコがニコニコと手を振ってるのを見て、俺は観念した。
「俺、酒飲めませんよ」
「当たり前や! まだ明るいし。そもそも君、未成年やん。
……というか、真面目な話や。
エーコちゃん抜きの方がええと思ってな。こっちや」
ケンジさんは飲み屋ではなく、手前の小さな宿屋に入った。少しカビた匂いのする部屋は流行っていない事を感じさせた。
同時に人が来ない事も。
ケンジさんは壁が薄いから、声は抑えるようにと前置きして話しはじめた。
「聞いたで、じーさんの事。
災難やったな」
「……はい。お世話になってたのに、突然で」
そしてケンジさんは、これ以上ないという位の真顔になる。
この人のこんな表情は初めて見る。
「実はな、じーさんが亡くなった日に会ったんよ……アイナちゃんに」
「……ええっ!」
「しーっ!」
ケンジさんは口に人差し指を当てる。
「すみません、つい声を……」
「いや、ええんや。
ただ、どこに人がおるか分からん」
俺はガクガクとうなずいた。
「アイナちゃん、いつもと感じが違っててな。
白いマントに身を包んで、髪切ってたからだいぶイメージ違うなぁ思うたけど声かけたんよ。
そしたら無視されてな。
最初は人違いかと思うたんやけど、やっぱあれはアイナちゃんや、間違いない」
「ひ、人違いでしょう。
あんな奴、どこにでもいますよ」
否定しつつも、嫌な汗が噴き出してくる。
「じーさんの殺され方、聞いたで。
あんなんできるん、君かアイナちゃんしかおらんとちゃう?」
「そ、そんな事あるわけないじゃないですかっ!
それにもう一人だけ心当たりがあります」
そうだ、アイナが犯人のはずがない。
パワーゴーレム以上のパワーを持つあいつなら可能だ。
俺は、俺自身を説得する。
ケンジさんは俺の興奮が収まるのを待って、そして言葉を続けた。
「もちろん俺も信じとる。
ただな、もう一つ嫌な話があるんや。
……先日、西の街に向かうキャラバンが襲われたんや。
たったひとりの少女戦士にな。
その娘がデタラメに強くて、レベル20から40の猛者が全く歯が立たなかったんやて。
というより、戦いにすらならんかった。
とにかく圧倒的だったと」
「そ、それはオキエ……例の女騎士なら可能です。
あいつだって力はパワーゴーレムを超える」
「ああ、その可能性もある。
ただ目撃者の証言によると、そいつはヘルメットを付けず、白いマントを着けていたそうなんや」
「! 白い、マント……。その目撃者に会えますか?
アイナがそんな事やるはずがない。会って確かめます!」
もの凄い勢いで心臓が鳴っている。
嫌な汗が止まらない。
「俺が会ってきた。
生存者は一人だけでな、他の者はむごたらしく殺されたそうや。
最初は護衛をもてあそんでいたそうや。
強者たちが何をやっても全く歯が立たず、最後には遊びに飽きたかのように一気に殺しに掛かったそうや。
腕を引き抜き、身体を引き裂き、頭を潰す。
人間てのはこんなに脆い物かと恐怖を感じたそうや。
そして最後に目撃者を見つけると、笑いながら……両目を潰した」
胸が苦しい。
ケンジさんが心配そうな顔でこちらを見る。
俺は目で話を続けるように伝える。
「話を聞く限り、見かけ上の特徴はアイナちゃんと一致する。
性格はかすりもせんけどな。
ただ、君が言うように女騎士の可能性もある。
目撃者の目が潰された以上、少女戦士がどんな顔しとるか確認できんのや」
「アイナはどうなるんですか?」
「どうもならん。この世界、人の命は軽い。
が、明確な証拠がない限り犯人扱いもできん。
進化したシステムと粗末なシステム。それが同居するのがこの世界や。
せめて指紋でも採れればなぁ……」
重い空気が部屋に満たされる。
「君、すごい汗やで」
「だ、大丈夫です……」
いや、全然大丈夫じゃない。
自分で自分の呼吸が速くなっているのが分かる。
「確定情報ではないけどな、でも有力情報や。
万が一の場合、君しか対抗できる者はおらん。
分かるか?」
「……はい。
……ケンジさん、俺の話も聞いてもらえますか?」
一瞬、ケンジさんの表情に迷いが産まれたが、俺の目を見て「ええよ」とうなずいてくれた。
俺は、先日の女騎士・オキエとの一件を話した。
俺たちはスフィアと呼ばれる世界の住人である。
スフィアは大量に存在する。
この世界に存在する多くの物は、スフィアを使って別世界から引き寄せられた、と。
「信じがたい話やな。
……しかし、少なくとも君と俺が違う世界の人間である可能性の辻褄は合う。
例のジャイアント・ホッパーの大量発生の原因もそれやと……」
「はい。
目の前でジャイアント・ホッパーや、エーコが引き寄せられたのも見ました」
「……きっつい話やな。
エーコちゃんは、君の知ってるエーコちゃんなんやろ」
「ええ。向こうではあまり話したことはないんですが、話に矛盾はありませんでした」
「ギルドには報告したか?」
「いいえ。
昔、オキエに捉えられた時、物証がないと信じてもらえなかったので。
そもそもギルドという組織自体が怪しいです」
「今回も物証がない……か。
巨人に上位、下位の者がいると言うのも、その辺の情報を知っているかどうか、という可能性があるか……。
それにリトル・ヒューマンの方が強いというのも、マー君のような者を作るために調整された環境の出身である可能性もあるわな。
そのオキエっちゅうんは何かを知っている。むしろ首謀者と考える方が正解に近い……。
いや、マー君。よく話してくれた。助かるわぁ。
……ところでさっきの話の続き、してもええか?」
ケンジさんは俺が教えてもらえなかった事実と、それに絡んだ別の可能性を示唆してくれた。
「あ……だからマリアさんは」
「ああ。あいつは両方試してみたんや」
ケンジさんをダーリンと呼ぶ美人でグラマーでショートカットの占い師、マリアさん。
そっくりの妹がいて赤ちゃんがいて、色々とヤバいことをやってる人。
「そういうことだったのか。だからギルドにも……」
「ただ、これは仮説や。
もし仮説が間違っていたら、アイナちゃんは危険な存在のまま」
「もし仮説があっていたら180度、物の見方が変わる……」
「そういうことや。
まだパズルのピースは揃ってない」
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