#18 接吻
翌日、制服姿のエーコは落ち込んでいた。
ギルドにリング登録申請に行きパラメーター測定をした所、最低レベルの結果が出たのだ。
エーコは戦士はおろか、技術職など特殊技能が必要な職業には就けないと判断されたのだ。
「あーあ、私もアイちゃんみたいに戦いたかったなぁ……。
マー君はレベルアップの必要がないんでしょ?」
「さっきも説明したけど、たぶん俺はレベルアップできない」
「ぶー、なんかズルい」
反面、俺はホッとしていた。これで彼女を危険から遠ざける事ができる、と。
それでいて、その結果には不満も持っていた。
実際、彼女の能力が低いとは思えなかったからだ。
「まあ、そう言わんと。
リングも貰えたし、早速買い物に行こうか?
色々と揃えないとまずいしな」
「そっか……そうだよね。
落ち込んでいても仕方ない。お買い物で気分転換だ」
「と、その前に。リングを出して」
「こう?」
俺は指を伸ばし、リングに“送金”のジェスチャーを描く。
そして“1”、“0”、“0”、“0”、“0”、“0”と描くと“100000”の数字がリングに表示される。
「じゃあ、いくよ」
俺とエーコのリングをコンとぶつける。
「わっ、数字が現れた」
「これで、エーコのリングに10万円が入金されたから。
これは自由に使っていいよ」
「えっ! そんな大金、いいの?」
「足りなかったら言って。俺、結構稼いでるから」
「さすが、マー君。
感謝します! それにしても……単位は“円”なんだ。
本当に異世界感がないね、ここ」
「まったくだ」
笑いながらエーコが俺の腕を取る。
「じゃあ! まずは服から!! 制服だけじゃ困るし」
思えばひと前で女の子とくっつくのは始めてだ。
これまで身近な女子ってアイナしかいなかったし、あいつ部屋ではベタベタ触ってくる癖に外では手も繋がない。
腕を組むという行為自体が照れくさい。そして腕に感じるエーコの柔らかな胸の感触。
俺が外そうと腕をずらすと、さらに強く押しつけてくる。
驚いて彼女の顔を見ると、エーコはニコリと笑う。
これはデート……といっていいんだろうな。
俺は、女の子の買い物に振り回されるという体験を初めて味わった。
もっと退屈な物だと思ったけれど、意外に楽しい。
たぶん、エーコのコロコロ変わる表情が飽きさせないからだろう。
よく笑い、驚き、悩む。
そして気付かされる事もあった。
エーコの買う服は実に女の子らしいのだ。思えばアイナは小さい頃から俺とばかりいたから、女の子らしさが不足してしまったのかな。
いつの間にか、俺の両手は大量の手提げ袋でいっぱいになった。
エーコの服もこちらで流行の物に変わっている。
「マー君、次はあそこに付き合って!」
「ちょ、ちょっと。あそこはマズいよ」
「気にしない、気にしない」
エーコは楽しそうにその店に入っていく。
けど、流石に男は入りづらいよ、ランジェリーショップには。
俺が後から追い付くと、サイズ測定をしてもらっていた。俺は思わず視線を反らす。
「お待たせ! やっぱり長さの単位はセンチなんだね」
エーコがこちらに戻ってくる。
「……俺、いなきゃダメか?」
「大丈夫だよ、クラスメートとかいないんでしょ?
気にしない、気にしない」
そういって俺の手を引っ張って店内の奥に入っていく。
「クラスメートはいなくても、この世界にはこの世界で知り合いがいるんだぞ。
俺、それなりに有名人だし」
「いいじゃない。マー君、ここでヒーローなんでしょ?
ほら、昔から言うじゃない。『英雄、エロを好む』って」
「あのなぁ……。
“エロ”じゃなくて“色”な」
「いいじゃない、大して違わないよっ!」
リトル・ヒューマン用の品は店の隅の方だった。小さな事だがこういう所に差別的な意思が働いているのか、気になってしまう。
「わー、すごい。
向こうでもこんなに種類なかったのに。嬉しいな」
そしてブラを胸に当てて「似合う?」と聞いてくる。
免疫のない俺は気の利いたことも言えず下を向いてしまう。
分かっているんだが、どこを見ても女性下着だらけのこの空間は、流石に気まずい。
「どっちにしようかな?
もう予算もギリギリだし……」
エーコは楽しそうに下着を選んでいる、が俺はそろそろ限界だった。
「ぜーんぶ買ってやるよ。店員さーん、この辺の全部くださいっ!」
「えー、そんなにいらないよ」
結局、迷った下着にさらに2点プラスして、会計は俺が払った。
「今日はありがとうね、マー君」
結局、ふたりで大量の手提げ袋をぶら下げることなった。
「でも、そんなにタンスに入るのか?」
「んー、アイちゃん、あんまり服がなかったから、何とかなると思うよ」
こんなにエーコと仲良く話せる日がくるとは思ってもいなかった。
それにしても……ランジェリーショップで彼女のブラサイズを確認しておけばよかったと、少し後悔し始めている。
未知の空間で、俺は多少判断力を失っていたらしい。惜しいことをした。
「あっ!」
「どうしたの?」
「はは、なんでもない」
いや、彼女に知られずに調べる方法があるじゃないか。
会計は俺がしたんだから、このリングに記録が残っているはず。
自分では残金と、使用した金額くらいしか見られないから……マリアさんの所に行けば分かるはず。
いや、マリアさんにバレるのは恥ずかしいな。何か良い方法はないかな?
「どうしたの?」
エーコが俺の顔をのぞき込んできた。
急に現れた彼女のアップに、心臓がバクバク鳴っている。
「い、いや、なんでもないよ」
「変なの。なんかニヤニヤしたり、考え込んだり。
マー君、歩きながら器用だね」
「え? 顔に出てた?」
「うん、しっかりと」
屈託のなく笑うエーコ。
どうやら俺は彼女に魅了されているらしい。
エーコは空を見上げたまま言う。
「ねえ、マー君」
「なんだい?」
「……この世界って残酷だね」
「え?」
「だって能力を測定して、それで人生決められるなんてさ。
合理的かもしれないけど努力する意味がないって事でもあるもんね」
「……」
「私さ、劣等生だってレッテル貼られちゃったでしょ。
もしこの世界でマー君に会ってなかったらどうなってたんだろう?
こんな買い物はもちろん、家もなく、仕事にもつけず……ううん、ギルドに登録するって事すら分からずに、路頭に迷ってたと思う」
否定の言葉がでなかった。
「だからさ、私、マー君みたいに強くなりたい。
……ものすごく、うらやましい」
彼女は知らないのだ。
俺が強すぎるパワーのせいでどれだけ苦労してきたか。
もし、このパワーをほんの少しでも分けることができれば、彼女は幸せになれるのだろうか?
もし、ここにアイナがいたらなんと言っただろう……。
そんな俺の思考を一発で吹き飛ばす人がやってきた。
存在そのものがムードをぶち壊す。
「おー、マー君やんか。
久しぶりやなぁ」
「あ、ケンジさん。お久しぶりです」
「だ、誰?」
エーコが小声で尋ねる。
「ケンジさん。俺らと同じく別世界からやってきた人だよ」
「そうなんだ……エーコです。よろしくお願いします」
エーコはペコリと頭を下げた。
ケンジさんは自己紹介をした後、俺を引っ張り小声で問い詰める。
「おいっ! ごっつう可愛いやん。なんなんや、あの子」
「俺の、向こうの世界のクラスメートですよ」
「ってことは、君らと同い年か。
すごいおっぱいしとるやんけ。反則やん。
マー君うらやましいなぁ。君にはアイナちゃんがおるやろ。
俺にゆずってくれん?」
「嫌ですよ。ケンジさんにはマリアさんがいるじゃないっすか?」
「マリア……ああ、そういう設定になっとるんか。
ちゃうちゃう。詳しくは言えんけど、関係ないんや。
それより君こそアイナちゃん、どないした?
最近、見かけん気がするけど」
「……逃げられました」
ケンジさんは突然大声で笑い出し、俺の背中をバンバンとたたき出した。
「はーはっは。若いウチは色々あるさかい、気にせん方がええよ。
じゃあ、エーコちゃーん、また会おうなぁ。さいなら」
呆然と手を振るエーコ。
「なんか、嵐のような人でしたね……」
「ああ、悪い人じゃないんだ。悪い人じゃ」
そして、新たなる三人の生活が始まった。
エーコはアイナの部屋をそのまま使うこととし、彼女の荷物と自分の荷物を共存させた。
アイナが出て行く時に出しっぱなしだった下着も、切り捨てた髪の毛も、もう見当たらない。
ベッドなどの家具もそのままなのに、部屋はアイナからエーコの色に変わっていった。
俺は昼間はクエストに、朝晩はエーコと一緒に家事を担当した。
クエストにはひとりで行くので、昼間はエーコの自由時間となる。
家事は一生懸命にやるのだが、アイナと比較すると粗が出た。たとえば我が家のフライパンは彼女の腕力では振ることすらできなかった。これは俺やアイナの食う量が半端なかったせいでもあるのだが。
結局、かなりの仕事は俺に回ってきた。
じーさんは体調が思わしくなく、床につく事が多くなった。
明るいエーコだが、じーさんの前では無口になるのが不思議ではあった。
縁もゆかりもない、巨大なじーさんとはあまり関わりたくなかったのかもしれない。
ある夜、俺の部屋がノックされる。
入ってきたのは、例のビキニアーマーを着たエーコだった。
「ねえ、マー君。似合う?」
「お、おいっ! それ、アイナの」
つまりサイズがあってないのだ、一部だけ。
「へへ、マー君、こういうの好きでしょ?」
ポーズを取ると、彼女の暴力的と言っていいプロポーションがさらに露わになる。
形を歪めながらも妖しい曲線で形作られたバストは小さなブラを蹂躙するがごとく。くびれたウエスト、丸く形の良いヒップ、すらりと伸びた手足。ぶっちゃけ、よくこの身体が制服におとなしく収まっていたと。
そして相反するあどけない顔。
「ま、まあ、……否定はしないけど」
エーコは俺の反応を気にせず近寄ってくる。そして耳打ちしてきた。
「なんかさ、こっちの世界だと開放的になるみたい。
すっごく身体が軽いの。特に……胸」
彼女は明らかに俺を挑発している……いるんだよな、きっと。
本当にエーコはすごい身体をしている。
だからこそ不思議だった。
なんで、パラメータがあんなに低いのか。俺とアイナは外見に比べパラメーターが高すぎるのだが、彼女は逆。
会話していても頭が悪いとは感じられないし、身体は健康美に溢れている。
どう見ても平均値を大きく下回るような気がしないのだ。
「どこ見てんの?」
気付くと、エーコが下から俺の顔を覗き込んでいた。
目を反らそうとしても、深い深い谷目に吸い寄せられる。
「み、見せてるんだろ?」
「そうだよ」
エーコが抱きついてくる。
圧倒的な柔らかさとしなやかさを併せ持つ魔性の身体。
「だって、私はマー君がいないと生きていけないもの。
だから……私だけの物になって……」
エーコは唇を重ねてきた。
突然の事に俺は硬直する。
が、そっと背中に腕を回して応えようとする。
突然エーコは身を引いた。その目には涙が浮かんでいる。
「あ、あはは……。や、やっぱりね。
分かってたんだ、分かってたんだよ……」
「??? な、何を……」
「マ、マー君。
マー君ってやっぱりアイナのことが好きなんでしょう?
ずっと心の中に彼女がいるもんね。
あの子はここにいないのに……、私はそれでもあの子に勝てない」
「そ、そんなこと……」
とっさに出た言葉がこれだ、自分で情けなくなる。
「違わないっ!」
エーコは最後までその言葉を聞くこともなく、部屋を飛び出していった。
結局、その夜は一睡もできなかった。
彼女が何を考えていたのか、全く分からなかったからだ。
「おはよう!」
翌朝、何事もなかったかのようにあいさつしてくるエーコに、俺はただ混乱するばかり。
俺は彼女の顔を直視することすらできなかった。
「ほらマー君、早く朝ごはん食べて、元気出そう!」
……俺が、彼女の真意を知るのはかなり先の事になる。
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