#14 矛盾
俺とアイナは西の街に向かっていた。
西の街へは、普通の人で歩いて2日か3日はかかる。
途中に何もないため、通常は数人でキャラバンを組んでいく道だ。交通手段として1週間に一度程度の定期馬車を利用する人が多い。
が、俺とアイナなら、この程度の距離は2時間程度で走ることができる。
正直言って一般道を走る自動車よりも速い。これだけの速度になると、モンスターに襲われる事もない。
足はほとんど動かさない。一蹴りで数十メートル。これを交互に繰り返す。
何もない平原を、俺たちは地面すれすれを飛ぶツバメのように駆け抜けていく。
「気持ち良いね」
「ああ、向こうじゃこんな事できなかったからな」
ケンジさんの忠告を受け、俺たちはしっかりと下調べをした。
マントと帽子は必需品と聞いたので用意したが、帽子はすぐに飛ばされて役に立たなかった。
むしろ俺たちが速すぎて、空気中を舞う砂が危険であると分かった。
このスピードで目に入ると、失明の恐れがある。
すぐに街に引き返し、フルフェイスのヘルメットを購入した。オートバイに乗る時に使うのによく似ている……というか、そのものだ。
逆にマントは空気抵抗を抑え、ポシェットなどが飛ぶのを抑えてくれる。高速移動には欠かせないアイテムだ。
結果として、高速で移動するふたつの“テルテル坊主”が産まれた訳だ。
「ねぇ、マー君。なんでこの世界って、交通が発達してないんだろうね?」
アイナがもっともな疑問を口にする。
「そうなんだよな。こんなヘルメットもあるのに。
交通もそうだけど、通信も貧弱。
でも、このリングなんか電子マネーみたいな物だよなぁ。
なのにネットもないなんて矛盾してる」
「でも、馬車とかはあるんでしょ?
大勢で移動する時に使うみたい」
「もっとも、俺たちは自分で走る方が速いからな。
そういえば、アイナ。
お前、学校のマラソンの時どうしてたんだ?」
「もちろん、みんなに合わせて走ってたよ。
いつも2番目か3番目。
トップを走ると、いつの間にか世界記録を更新しそうで怖い」
「ごく普通の女子中学生を演じてたって訳だ」
「それが、そうもいかないんだよねぇ。
だいたいどの種目でもトップクラスだから、スポーツ万能って思われてたみたい。
『なんでお前はトップになれないんだっ!』って先生によく怒られた」
「はは、それで怒られるんだ」
「『お前は手を抜いてるだろう』って。
そりゃそうだよね。
あれじゃ運動の内にはいらないから息は乱れないし、汗も出ない。
息はともかく汗はホント、困った。
演技のしようがないもん」
「優秀な成績で怒られるのは矛盾だな。とてつもなく手を抜いているのは事実だけど。
でも、思いっきり身体を動かせるのは気が楽でいいよ」
「あ、マー君。あれ。
あれが街じゃない?」
「じゃあ、そろそろスピード落とすか」
俺たちは足を止め、身体をくの字に折り曲げる。
猛烈なスピードは停まることも一苦労。
前に伸ばした足がブレーキとなり、地面を大きくえぐっていく。
地面に4本の大きなラインを作り、大きな砂埃を立てて俺たちは停止した。
「わぁ、風が気持ちいい」
ヘルメットを取ったアイナの髪が風になびく。
光る汗がまぶしい。
俺もヘルメットを取る。
よく見ると、ヘルメットには細かな傷が付いていた。
「ヘルメットさまさまだな」
「それよりマー君、帰りに靴買ってこうよ。もうボロボロ」
「ああ、あと停止方法はちょっと考えないとまずいな」
「パラシュート背負って走るとか?」
「うーん、パラシュートってあるのかなぁ?」
「そういう期待は裏切らないんだよね、この世界」
ケンジさんから紹介されたのは占いの店だった。
お店は休みだったが、店主らしき女性はケンジさんからの案内状を見せると中に入れてくれた。例の不思議な図形が描かれたアレだ。
店主はグラマーな体型のリトル・ヒューマンで、いかにも大人の女性といった雰囲気の人。
ショートヘアーがよく似合っていた。
ケンジさんの描いた謎の絵と、俺たちの顔を交互に見ると少し首を傾げた。
「まあ、いいわ……。
初めまして、私はマリア。よろしくね。
見ての通り、私は占い師よ。まぁ、今は閉店中だけどね。
あなたたちのどちらかを占わせてちょうだい。
まずは、それからね」
相談するまでもなく、アイナが立候補した。本当に女子は占いが好きだよなぁ。
マリアさんは白い球体といくつかの道具が置かれたテーブルに着き、アイナはその前に座った。
俺は占いってよく知らないけど、水晶玉でない事が気に掛かった。
「じゃあ、この台に左腕を乗せてちょうだい。
……そう。じゃあ、いくわよ」
マリアさんはアイナの左腕のリングに指を当てる。
軽く左右に揺らしてからそのまま手のひら、そしてアイナの指先にずらしていく。
一瞬だけ、マリアさんの指がビクリと動いたけれど、何事もなかったように指先まで移動した。
「あぁ……すごい、ものすごい力を感じるわ。
あなた……信じられないほどのパワーに溢れてるわね」
アイナは驚いた顔をしている。
が、俺は正直半信半疑だ。
何らかの方法でケンジさんから聞いているかもしれない。
マリアさんはアイナの手相をなぞるように指を動かしていく。
「それでいて働き者。
ちょっと、これは普通の人が一日にできる仕事量じゃないわね。
それでいて家庭的なのね。
家族は随分多いみたいね。10人位かしら?
……でも不思議。
あなた、それだけの能力があるのに、それに見合うだけの経験がない。
何か矛盾した存在ね」
これはちょっと驚いた。
かなりアイナのことを正確に言い当てている。それにはケンジさんも知らない情報が含まれていた。ただ1カ所だけ間違っているが。
一通り、占いを終えると、マリアさんはふぅとため息をついた。
「いかがかしら?」
アイナはもの凄いはしゃぎようだ。
「すごい、すごいです!」
「こちらへいらっしゃい、お茶でも飲みながらお話ししましょう」
今度はリビングのような部屋に招かれた。
どうやらマリアさんは友人として受け入れてくれたようだ。
ポットからお茶が注がれると、部屋中が素敵な香りで満たされる。
「あなたたちは、ダーリンの相当なお気に入りみたいね。
あいつがこんな事言ってきたのは初めてよ」
そう言って、ケンジさんの描いた謎の手紙に火を付けた。
「ダーリン?」
アイナが尋ねる。
「ふふ……私のいいひとなの、あいつ。
で、この手紙、私たちだけの暗号で書かれてたのよ。
結構、ヤバいことやってるからね、私たち」
手紙の炎が燃え上がる。
「ヤバい事……ですか?」
「あなたたちに全てを話してくれって書いてあったけど、よく分かったわ。
アイナさん、あなた本当に強いものね。
あんな数値見たの、初めてよ」
「数値……?」
「そう。
あの占い、インチキなのよ」
「えー!」
「最初に手を置いてもらったでしょ。
実はあれ、リングの読み取り機なのよ。
つまりアイナさんのパラメータや買い物履歴が丸わかりって訳。
白い球がテーブルにあったでしょ?
あそこにアイナさんの情報が映し出されてたの。
操作は足でやるの。
私が指を動かすと、どうしてもそっち見ちゃうでしょ?
そのスキに情報を盗み見てたって訳。
で、買い物履歴見たら、ついさっきそのヘルメット買ったばかりじゃない。しかも足元は汚れてる。
どう考えても走ってこの街に来たとしか思えない。
高いパラメーターは嘘ではないと理解したわ」
「当たりです! すごい」
「占い師には観察力も必要なのよ。
とんでもない子が現れたと、心臓が今もバクバクいってるわよ」
「ちょっといいですか?」
疑問点が浮かんだ俺が手を挙げる。
「何かしら?」
「アイナに大家族、って言ってたじゃないですか。
あれは何でですか?」
「ああ、あれはアイナさんって毎日のように食料品を、しかも大量に購入してるから。
だから料理が得意な家庭的な人だと思ったのよ。
量も10人前くらいだと」
その言葉に俺は苦笑し、アイナの顔は真っ赤になった。
そして消えそうな声で言う。
「……ウチは三人家族です」
「え、そうなの?
あはは、ごめんなさいねぇ」
確かに俺とアイナの食事量はもの凄い。運動量が多いので、ちゃんと食べないと身体が保たないのだ。
それでもこのパワーから考えると超省エネなんだけど、あらためて他人から指摘されると恥ずかしい。そもそも一時期より俺の食事量は減ったのだから。
でも、俺はアイナが『三人家族』と言ったことの方が嬉しかった。
マリアさんは取り繕うように言う。
「レベル1なのにこなしたクエストの数が半端ないし、しかも短期間。
ダーリンよりよっぽど稼いでるじゃない。
どう、うちの子にならない?
よく食べる子は嫌いじゃないわよ」
「はは、遠慮しときます。
それより、リングの情報ってギルド以外では読み取れないんじゃないんですか?
どうして、ここでそんな事が……」
「……当然の疑問ね。さっき言ったでしょ?
私たちヤバいことやってるって。
ご禁制の道具を扱ってるのよ、私たち。
あれもそのひとつ」
「ご禁制……ですか」
「ええ。
ダーリンから聞いたかしら?
私たちリトル・ヒューマンの地位は低いって。
そのひとつがこういった道具なのよ。
これらに関する情報は私たちには決して回ってこない」
「……」
「ダーリンはね、そういった謎を追い求めているの。
だから、あまりここには帰らない。
私に危険が及ばないように、ね。
まぁ、裏で何してるんだか分からないけど」
マリアさんはそう言ってため息をついた。
「そ、そんな事ないですよ。
ケンジさんにはいつもお世話になってますし……」
「まぁ、いいわ。
私もあなたたちが気に入ったわ。
それにあなたたちなら、謎に近づけるかもしれない。
仲良くして損はないしね」
「ですね」
一度、話が途切れた所で、俺はポシェットから例の魔石を取り出した。
「……これ、見ていただけますか?」
マリアさんは魔石に触りながら、俺たちの体験談を聞いていた。
話が終わると、上を見てブツブツと何かつぶやき、それから正面を向いた。
「私も初めて見るから違ってるかもしれないけど、これは“矛盾”ね」
「矛盾……ですか?」
「ええ。
あなたたちも聞いた事があるでしょ?
最強の矛と最強の盾をぶつけたらどうなるか、って話」
「最強の矛と最強の盾が戦ったら、どちらかが負けるから、両方とも最強はありえないって話ですよね」
「そう。
これはちょっと違っていて、最強の矛があったなら、それに見合った強度を盾に与えるという物。
つまり、あなたたちが“矛盾”が組み込まれた鳥籠に触れると、あなたたちに対抗しうる強度を得る。
あなたたちが最強の矛であるならば、鳥籠は最強の盾となる、という訳。
だからこれがあれば、どんな最強生物であっても捉えられる究極の檻が作れる」
「だから中で暴れてもビクともしないけど、外からなら簡単に持ち上げられたって訳か」
「恐らくね。
中の人は鳥籠に足が触れているけど、外の人は触れていない。
アイナさんの鳥籠は、アイナさんのパワーが反映した最強の盾。
足が着いているから、アイナさんの全てのパワーに反発する盾となった。
でもマー君は外にいたから、持ち上げる事はできた。
けれど曲げることはできなかった。
足は触れていないけど、手は触れていたからね」
「ちょっと難しいルールですね」
「だから“矛盾”という名前がついたのかもしれないわね」
三人が同時に発するため息が、一応の結論が出たことを示していた。
その時マリアさんの後ろから、同じ顔をした女性が現れた。
「姉さん、そろそろ交代の時間よ、ってお店開いてたの?」
「ああ、この子たちは特別。
もうそんな時間?」
そう言ってマリアさんは赤ん坊を受け取り、あやし始めた。
「ああ、可愛いぃ!
マリアさんのお子さんですか?」
アイナがこれ以上ない笑顔で起ち上がる。
「ええ、そうよ。抱いてみる?」
「いいんですか!」
「もちろんよ」
赤子の笑顔はみなを幸せにする。
邪な心を持たない、純粋な笑顔だから。
そして赤子を抱くアイナもまた美しかった。
本当にこの世界で身を固めてしまおうか、そんな気持ちが沸いてくる。
そもそも、この世界の方が俺たちはのびのびと暮らせる。
その方が幸せなんじゃないか?
俺とアイナの子供なら、地上最強になるに違いない。
それってカッコイイじゃん。
「マー君、何ぼーっとしてるのよ」
「えっ?」
三人が俺を見て笑っていた。
一体俺はどんな表情をしていたんだろう。
一気に顔が火照ってくるのが分かる。
「ほら、変なおじちゃんがあそこにいますよぉ。怖いでちゅねぇ」
「こら! アイナっ!
俺はおじちゃんじゃねぇ!!」
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