#12 脱出

 俺が閉じ込められた鳥籠。

 足元から垂直に伸びる鉄柱は途中で弧を描くように曲がり、真上の一点に集中している。

 継ぎ目や出入り口はない。むしろ俺を中心にして作成されたような造りだ。

 しかし、このさほど太くもない鉄柱は、この俺の力でも微動だにしない。

 信じられない。

 まさかこの俺を遙かに超える力の持ち主がいるという事か?

 ……いや、この鉄柱はあまり固い鉄ではない。

 最近、鍛冶屋に出入りする俺だからこそ断言できる。

 熟練の技を持つ師匠が作り上げた斧でさえ、俺やアイナは指先で砕くことができる。少なくともこの鉄柱はその強度にははるかに及ばない……はずだ。

 何かがおかしい。

「おしまいかぃ?

 だから言っただろ、ここからは出られないと。

 でもね、たったひとつだけ出られる方法がある。聞きたいかい?」

「……なんだ」

 女騎士は鉄柱の間に手を差し込み、俺のアゴに指をかけた。

「簡単なことさ。私の愛を受け入れる事だ」

「はあぁ?」

「私は強き者を尊敬している。

 だからお前を尊敬している。

 私は誰よりも強くありたい。

 だから私は待っていた、お前の存在を。

 私はお前も愛す。

 だからお前も私を愛さなくてはいけない」

「??? ……お前、頭おかしいのか。

 なぜ俺がお前を愛さなければならないんだ」

「理解できないのか?

 坊やの存在価値は、私を愛することなのさ」

 女はやさしく俺の頬をなでる。

 気のせいか? 俺が鳥籠の中にいるからか、女の動きに緊張感が感じられない。

 戦いの時は慎重な、狡猾な動きをしていた印象があるのだが。

「ああ、分からないね」

 その言葉と共に、俺は女の腕をつかみ引き寄せる。鳥籠にぶつかるまで引き寄せた後、反対側の腕を伸ばし女の首を取る。

 首と腕、2カ所を拘束し鳥籠に押さえ込む事に成功した。

「……!」

「ここから出せ!

 さもないとお前の首をねじ切るぞ!」

 ここで更なる違和感が発生した。

 確か女騎士はパワーゴーレムをも勝る力を持っているはずだ。もちろん俺の力は遙かにそれを上回るが、それを差し引いてもこいつの力は弱すぎる。

 まるで、普通の女だ……!

「やってごらん。そんな事しても無駄なんだよ」

 女騎士の声が全然違う場所から聞こえてくる。

 カツン、カツン……と足音が響いてくる。

 ……響いてくる!?

 ここはどこなんだ?

 洞窟の中にしては広すぎる。天井は高い……というか、そもそも天井が見えないし、壁もない。鉱山の中には作り得ないスペースだ。

 どうやら暗闇の中、ふたつの鳥籠と床しかない不思議な空間にいるらしい。

 間抜けな事に、今の今までそれに気付かなかった。

「誰だ!」

 俺は二人目の女騎士に問いかける。

 足音がだんだんと近づいてくる。闇の中から現れたのはやはり女騎士だった。

「……そいつは私の影武者だよ。

 いくらでも代わりはいる」

「……っ!」

 俺の言葉を待たず、女騎士は腰の剣を抜いた。

 眼の前に閃光が走ったかと思うと、腕の中の女の力がガクッと抜け軽くなる。そしてドサッと何かが落ちる音。

 何が起きたか理解できなかった。

 やや遅れて、べちゃ、べちゃと何かがしたたり落ちる音。

 広がる独特の匂い。

 俺が掴んでいたそれは、一瞬で上下二つに分断されていたのだ。

 理解できない、理解できない、理解できない、理解できない……!

「うわぁぁぁぁぁ……」

 俺は思わず手を離し、へたり込んでしまう。

 力が入らない。腰が抜けるというのはこういうことか。

 これまでの俺は、やはりゲーム感覚であったのだ。

 今、俺の腕の中でひとつの命が無くなったのだ。

 現実か? 仮想か? 夢か? 幻か?

 そんな事は関係ない。

 俺は、今、初めて恐怖という物を感じている。

「あまりみっともない姿を見せないでくれ、愛しき人よ」

 女騎士は鳥籠の前にひざまずいた。

 俺は震えが止まらない。

 むしろ、平然としているこいつこそが恐ろしかった。

「……今度こそ、私の愛を受け入れてくれないだろうか?」

 言葉は出ない。ただ、ただ首をブンブンと振るだけだ。

 それが精一杯。

「そうか……。

 ……また来よう。

 それまでに考え直して欲しい」

 一礼して女騎士は背を向ける。

 そして、2つに分かれた影武者の身体を両手にぶら下げ、引きずり去って行った。

 しばらくその音が耳から離れなかった。


 俺は猛烈に落ち込んだ。

 最強であるはずの自分が何もできなかった。

 強さとはなんだろう……。

 女騎士のあれは強さなんだろうか……。

 せめてもの救いはアイナがこの現場を見ていなかった事だ。

 彼女はいまだに目を覚まさない。

「……とりあえず逃げよう。まずはそれからだ」

 俺は起ち上がり、鳥籠に向かって体当たりを繰り返す。

 しかし籠は歪むどころか、ビクともしない。

「ダメか……」

 改めて装備を確認する。

 ポシェットの中身も含め、全装備がそのままだ。

「チェックが甘いのか……それとも、この鳥籠に自信があるのか……」

 恐らくは後者なんだろう。

 ポシェットから魔法石を取りだし、指先で砕いてみる。

 やっぱり力は失われていない。

「つまり、こいつが頑丈すぎるって事か……」

 魔法石を調合し、簡易爆弾を作る。

 俺の身体ならこの程度の爆発には耐えられる。

 少し多めに爆弾を作り、籠に投げつけた。

 激しい爆音に包まれると、籠は少し浮き上がり、そして元に戻った。

「やはりダメか……」

 俺はアイナの方に目を向ける。

 彼女はまだ目を覚まさない……この爆音でも眼を覚まさない!?

「……まさかっ!」

 腕を伸ばして彼女の鳥籠を掴み、軽く揺さぶる。

「アイナ……、アイナ……!」

 まだ目を覚まさない。

 俺はやや強めに揺さぶって、さらに呼びかける。

「う……うーん」

 アイナが小さな声を出した。

「よかった! 生きてる……。アイナっ! おい、アイナ」

 俺は鳥籠をさらに揺さぶる。

 アイナは寝返りを打つと、口を開いた。

「……マー君……まだ……食べるの……」

 ブチッ……。

 その時、俺の中で何かが切れた。

「てめぇっ! 俺がこれだけ心配してんのに、のんきに寝やがってっ!

 なぁにが『まだ食べるの?』だっ! 寝言の定番は違うだろ!?」

 俺はアイナの鳥籠を目一杯揺さぶった。

「うわっ! ちょっと、地震? 何、何、何が起きてるのぉぉ? ごめんなさぁい」


 アイナは眼を覚ました。

 彼女は本当に、単純に、心から熟睡していただけだった。

 俺は現状を簡単に説明した。

 そして脱出の障害に鳥籠があることを。

「俺の方はビクともしないんだ。そっちはどうだ?」

 アイナも同じようにこじ開けようとしたが、無駄だった。

「おかしいなぁ……。こんなの簡単に開きそうなんだけどなぁ」

「よし、今度は二人がかりでやってみよう」

 俺が腕を伸ばし、アイナの鳥籠を掴む。

 そして、1、2の3で力を入れるが……。

「ダメかぁ……。

 この程度の重さなのになぁ、ちょっとショック」

 アイナは片手で俺の鳥籠を持ち上げてみせる。

 俺たちは軽いと感じているが、この鳥籠は200キロくらいはある。それでもサイズから考えると華奢な造りと言えた。

「アイナ、そのまま地面に叩きつけてみてくれないか?」

「え? マー君が危ないよ」

「とりあえず、何でもやってみよう」

「わかった」

 俺は鉄柱をしっかりと掴み、衝撃に備えた。

 アイナは鳥籠を持ち上げ、そのまま真下に叩きつけた。

 もの凄い衝撃が鳥籠を襲う。

「うわぁ」

 俺の手が滑り、身体が宙を舞う。

 そして、鉄柱がバネのようにしなり衝撃を吸収する。

 あちこちぶつかり、転げながら鳥籠の動きは止まった。

 横倒しになった鳥籠の中で、俺は大の字になっていた。

「大丈夫?」

 アイナが声をかけるが、俺の耳には届かない。

 俺の頭の中は、一瞬だけ見えた”しなった鉄柱”の姿で一杯だった。

「なぜ、しなったんだ?」

 俺はもう一度鉄柱をこじ開けようと試みる。

 やはり、無理だ。

 ピョンと跳び上がって、上側の鉄柱にぶら下がってみた。

 鳥籠は円形だから転がるはずだけどピクリとも動かない。力任せに揺さぶってみるが、やはり無駄だ。

 そこにアイナが声をかける。

「ねぇ、マー君。今、何やったの?」

「え? 鳥籠にぶら下がってるだけだけど?」

「マー君の鳥籠のてっぺんに何か付いてるんだけど、それが一瞬消えたんだよね」

「……! もしかして!」

 俺は手を離し、着地する。

「あ、また消えた」

「それだ! よく分からないが、鳥籠に触れるとそれが付くんだ」

 俺はぴょんぴょん飛び跳ねた。

「あ、ホントだ」

 今度はアイナがぴょんぴょん跳びはねる。

 鳥籠の頂点に、ピンポン球くらいの魔石が付けられているのだ。

 その魔石がアイナの動きに合わせ、明滅している。

「やっぱり……。

 きっと、その魔石を壊せば脱出できるぞ!」

 しかし、今の行動で俺とアイナの鳥籠は少し距離が離れてしまった。

「……でも私たち、自分で自分の鳥籠は動かせないよ」

「まかせろ! これから俺の鳥籠をそちらに向けて転がす。

 ちょっと待ってろ」

 俺はポシェットから魔法石を取りだし、爆弾を調合する。

 半分を鳥籠の外に置き、半分を丸い球にする。

 そして、爆弾に向かって爆弾を投げつける!

 大きな爆発音の後、ゆっくりと鳥籠が動き始めた。

 思った通りだ。

 どういう仕組みかしらないが、この鳥籠は内部に捕らわれた物の力を奪う。

 爆弾は外部で爆発しているから、その影響を受けない。

 結果、この程度の爆発でも鳥籠を動かすことができる。

 さっき爆発させた時にも鳥籠は一瞬浮かび上がった。

 俺とアイナが互いの鳥籠を持ち上げる事ができるのも、それなのだろう。

 そして俺の鳥籠は上手く転がり、アイナの鳥籠にぶつかった。

 アイナが俺の鳥籠を動かし、頂点に手が届く位置に移動させる。

「いくよっ!」

 アイナが小さな魔石を掴み、握りつぶした。

「よっ」

 あれだけ俺たちを苦しめた鉄柱は、いとも簡単にこじ開ける事ができた。

「やったぁ! さすがマー君」

「よし、待ってろ!」

 俺はアイナの鳥籠に飛び乗り、魔石を丁寧に外した。

 こんな小さな石のために……。

 握りつぶそうと思ったが、俺はポシェットにそれをしまう。

 ポシェットの中で魔石の輝きは消えていった。



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