#10 妄想
夕食後、俺は姿見の前に立つ。
だいぶ身体がしっかりとしてきたのが分かる。
着痩せする体質らしく、服を脱ぐと身体が一回り大きく見える感じだ。
最近は異常な食欲も止み、筋肉の急成長も収まってきた。
寝て起きると明らかに身体付きが変わっている日もあって、夜中の自分に何が起きているのか知りたいような、知りたくないような……。
止んだのは異常な食欲であって、普通から見たら今でもかなりの大食らいと言える。
アイナもかなり食うし、じーさんだって。
大型冷蔵庫が3台もある3人暮らしの家は珍しいと思う。
激しい運動量には多くのエネルギーが必要だという事だ、うん。
むしろ俺たちのパワーから考えると取る食事量は微々たる物とも言える。
力を入れると筋肉が大きく膨らみ上がる。分厚い胸板、割れた腹筋、砲丸のような力こぶ。
とめどなく湧き上がるパワーは、自分に大きな自信を与える。
『筋肉は裏切らない』という人がいるけれど、今なら同意できる。
頭のてっぺんや指先からつま先まで、もの凄いパワーとエネルギーで満ち満ちている感じ。
何しろ、ちょっと前まで骨と皮だけの身体をしていた俺だ。
多少、ナルシスト気味に鏡でポーズとっても許して欲しい。
身体は復活したが、調べ物の方はさっぱりだった。
……この世界の秘密。
ケンジさんが言うように、何か秘密があるのは間違いない。
しかし、その手がかりは全く見つからない。
最近になって気付いたのだけど、一部の巨人たちは俺たちに好意的に接してこない。
商売人たちも店にいる時は愛想が良いが、街で出会うと無愛想であることがある。指摘すると自分ではなく、双子の片割れのせいにして誤魔化そうとする。
そして、商品の仕入れ先は絶対に言わない。
とは言え、俺たちの異常なパワーを平然と受け入れてくれるこの世界の居心地は悪くない。
世間から逃れるように生きてきた俺たちにとって、むしろ天国のような場所とも言える。
元の世界でこのパワーを見せつけた時にどうなるか、幼い頃の事を思うとロクな事にならないと確信できる。
だから迷っていた。
この世界も“現実”であるなら、無理に帰る必要はない。
そんな考えが日に日に強くなってくる。
アイナとここで所帯を持つのも悪くない。
というか、あいつ、俺の事好きだよな? いつも側にいたし、何でも話してきた。
そもそもあいつのパワーを受け止められるのは俺しかいないじゃないか。
……あいつ、激しそうだもんな。
ベッドとか一瞬で壊れそうだし……。
いや、下手すりゃ、街全体が大揺れになるんじゃないか?
それで街中の人に『夕べはお楽しみでしたね』とか言われちゃたりしてな……。あ、やべ……。
「なーにやってんのよ」
「いやん」
いつの間にかアイナが入り口に立っていた。たっていた。俺は思わず背中を向けて身体を丸める。
「『いやん』じゃないわよ。
ドア開けたままで、鏡の前でニヤニヤしながらポーズとってるのは気持ち悪いよ、マー君」
「善処します……」
アイナは遠慮する事なく、部屋に入ってきて、俺の背中に触れる。
「でも、だいぶ逞しくなったよね、マー君」
「アイナのおかげだよ。
栄養バランス考えてくれたんだろ?」
「まあね。でも、あんなに食べるとは思わなかった。
……ねえ、身体……見せてよ」
「俺の、か?」
「うん」
…………よし、大丈夫。
俺は起ち上がり、アイナの方を向いた。
アイナは照れるわけでもなく、真剣に俺の身体を鑑賞していた。
そして指を伸ばし、胸や腕にそっと触れた。
それは何かの儀式でもあるかのように。
「ねえ、こう……力こぶつくってみせてよ」
俺が腕を曲げると、大きく筋肉が盛り上がる。
「すごい……やっぱり大きいね。
私たちの身体って、筋肉そのものが違うのかな?」
「私たちって、お前もすごいのか? 筋肉」
その言葉にハッとするアイナ。
眼の前で手をバタバタ振りながら答える。
「え、いや、違うよ。
私は全然すごくない。
だ、だって、女の子だし」
「ふーん」
「何よ、その目」
「……だからか、あの仕事断ったの」
最近、俺たちには指名の仕事が多く入るようになった。
料金割り増しとなるためその数は多くないのだけど、中には勘違いしたような依頼も入る。
「だって、あんなの……恥ずかしいし……」
「そうか? まんざらでもない表情してたけどな」
「違うもん!」
小さくて、可愛くて、強い。
アイナの人気に当て込んだ依頼が来たのだ。
それは、女性専用のビキニアーマーのモデル。
肌の露出が高く、どこを防御してるのか分からない例の奴である。
「『脱いだら凄いんです』とか言ってムキッとポーズとるんだろ?」
「だーかーら」
「腹筋とかバッキバキで、男か女か分からなくなるんじゃねーか?
胸、ねーし」
「うるさいっ! ちょっと待ってなさいよっ!!」
バタンとドアを閉め、アイナは部屋を飛び出していった。
「あいつがあそこまで言うのは珍しいな……」
正直、あのパワーだから筋肉隆々でない方がおかしいんだがと思いつつ、上半身裸だった俺は脱ぎ捨てたパジャマに腕を通した。
バタンっ!
「はら! 見なさいよ!! 腹筋なんか出てないでしょっ」
「はえーな、お前!」
ドアが開いてビキニアーマーに着替えたアイナが飛び込んできた。
陶器のような白い肌とアーマーの艶やかな赤いラインがスレンダーな彼女のプロポーションを際立たせている。
どこでサイズを調べてきたんだろうとか、複雑な衣装はどうやって着るんだとか、こんな素早く着替えられるなんて何回も着てるなとか、色々な思考が走る。
が、最終的には身近な女の子がこんな格好してる事に妙な照れが勝ってしまった。
「な、何、赤くなってんのよ。
こっちが恥ずかしくなってくるじゃない」
「いやいやいや、これは良い物ですなぁ。
アイナ、明日のクエスト、その格好で来いよ」
「いやよ」
「どーせ、お前に攻撃なんか当たらないんだし」
「いやっ!」
べーっと舌を出すアイナ。
そこに荷物を持ったじーさんがやってきた。
「おい、アイナ。
お前に荷物が届いとるぞ……って何ちゅー格好しとるんじゃ」
「きゃーっ!」
アイナはじーさんから、荷物を奪い取って部屋に帰っていった。
「やれやれ。
……ところでどこから荷物が届いたんですか?」
「箱のマーク見たじゃろ。
あのアーマーの製造元じゃよ。
まだ諦めていないようじゃ」
「って、追加の衣装か?
あいつ、箱のマーク確認してから持ってたよな」
「ほっほっほ。
ちょっと嬉しそうな顔をしとったぞ」
「素直じゃねーな、ほんと」
「ばーさんの若い頃にそっくりじゃ」
「嘘つけっ!」
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