#09 鍛冶
「この野郎っ!」
まただよ。
俺たちの評判が広まるにつれ、俺たちに挑んでくる奴が増えた。
狙われるのは主にアイナ。
まぁヤローより女の子がいいとか、こっちなら勝てそうとか、理由はそんなもんだろう。
今日も筋骨隆々な大男が巨大な斧を構え、襲いかかってきた。
「おい! またアイナに挑む馬鹿者が出たってよ」
「見に行こうぜ!」
「おーい、挑戦者に賭ける奴、いねーか?」
「いるわけないだろう、また瞬殺だよ」
という訳で、あっという間に野次馬が集まってきた。もはや見慣れた光景だ。
挑戦者はこの状況に驚いているので、別の街からやってきた奴なのだろう。ご苦労な事だ。
ブンブンと巨大な斧を片手で振り回し、そのパワーを誇示する。
アイナは逃げも隠れもしないと言わんばかりに、正面を向いた。
その態度が気に入らなかったのだろう、挑戦者は勢いをつけて斧を振り下ろした。
が、アイナは片手で軽々と受け止めた。
いや、使っているのは親指と人差し指のみ。小枝のような細い2本の指で挟んでいるだけだ。
明らかにアイナの体重を超えるであろう重量を止めてしまうパワーも凄いが、この動きに対応できる反応速度も尋常じゃない。
アイナが自身のとんでもない身体能力を、より使いこなしている。
これまで自分たちのパワーが成長することは恐怖でしかなかったことを考えると、俺たちの心も成長成長しているといえるだろう。
実は俺もここ数日でかなりの筋肉が付いてきて、鏡の前でポーズを取るのが日課だったりする。
それはさておき、今回の挑戦者は巨人族の戦士。
2メートルを軽く超える巨体に、丸田のように太い腕。
筋肉の塊のような、もの凄い身体をしている。むしろ不自然と言えるレベルの筋肉だ。
地元ではさぞかし力自慢なんだろう。
恐らく、こいつは魔法か薬か何かで筋肉を増やしているタイプだ。
「見た目より力、ないんですね」
アイナは涼しい顔で言うと、周りから歓声があがる。
華奢な少女が、筋骨隆々な男を圧倒する。この状況では何を言っても挑発にしかならない。
しかし彼女は挑発したのではなく、その筋肉量と比較して弱いと指摘したつもりなのだろう。
だが、その言葉は少なからず挑戦者を傷つけた。
挑戦者は斧を両手持ちにして力を込める。
「ふんぐぐぐぅ……」
食いしばる歯から声が漏れる。
太い腕が更に太くなり血管が浮かび上がる。
が、状況は全く変化はない。押しても、引いても、ひねってもピクリとも動かない。
アイナは集まったファンに手を振る余裕ぶりだ。
そして挑戦者の目を見て、静かに言った。
「そろそろいい?」
野次馬たちが歓声をあげる。
挑戦者は渾身の力を入れたその時、ズンと音を立てて膝を突いてしまう。
アイナの姿勢は変わらない。ただ、2本の指先が軽く曲げられただけで。
挑戦者は、単純に力負けしたのだ。
華奢な少女の細い2本の指に。
勝負以前の問題である事に挑戦者は呆然とする。
盛り上がる野次馬たち。それに気をよくしたのかアイナが言う。
「じゃあ、これでおしまい」
そう言って指先に力を入れた。
「あ、馬鹿。止めろ!」
俺は思わず声を出す。が、遅かった……。
ピシッ……。
いとも簡単に斧にヒビが入る。
すると挑戦者の盛り上がった筋肉は、空気が抜けるように萎んでいった。魔法が切れたのだ。
挑戦者の力の源は、魔法斧だった。
埋め込まれた魔法石によって力のパラメーターが引き上げられていたのだ。
俺の見立てでは+40~45といった所か。
一般人で言えば、怪力と呼べるレベルにまでパワーアップする。それで気が大きくなって、噂のアイナに挑戦したんだろう。
観衆の嘲笑の中、挑戦者は逃げるように去ってしまった。魔法が切れると重過ぎて持てないのだろう、大切な斧も置きっぱなしだ。
たちまちファンに囲まれるアイナ。
俺は取り残された斧を手に取る。
アイナはほんの一点だけ、指先で小さな穴を空けるように斧を破壊していた。
「これなら、直せそうだな……」
アイナが俺にサインを送ってくる。
ファンに“お呼ばれ”してくる合図だ。俺は了解の合図を返す。
小さくて、可愛くて、強い。
さらに女子力も高い。
アイナはこの世界でも“完璧超人”であった。
特に強いという要素はこの世界では重要で、俺たちの異常なパワーは憧れの対象ですらあった。
アイナは女性から絶大な人気を得ており、巨人や年上からも『お姉さま』と呼ばれているらしい。
お呼ばれも、大勢の女性に囲まれて色々な話をする女子会みたいな物らしい。
伝聞調の話が多く強縮だが、アイナのファンが集まると俺は目の敵にされてるため近寄れないのだ。
以前は、ファンが集まるとトラブルが頻発していた。
要はアイナの奪い合いだ。
回数を重ねるに従ってエスカレートしていき、ついにはアイナが切れた。
ドンっと強く地面を踏みつけると大地が大きく揺れた。
その激しさは近くの建物で、皿が数枚割れたほどである。
これ以降トラブルが(少なくとも彼女の眼の前では) 起きなくなったが、彼女自身の行動も縛られる事となった。
つまり、誘いを断りにくくなったのだ。
特にクエストが入っていない時には、付き合わざるを得なかった。
俺たち自身による活躍で近頃はクエストの数が少なくなっており、その回数は必然的に増えつつある。
最初は「何か面白い情報が聞けるかも」と期待していたアイナだったが、結局は街の恋愛事情に強くなっただけだった。
ちなみに俺は男性受けするらしいが、ヤローどもに囲まれても嬉しくない。
ヤロー様はチヤホヤ持ち上げてくれないので助かっている。
…………ホントだぞ!
「さてと、行きますか」
俺は斧を背負い、街を出て少し離れた山中の小屋に向かった。
ここに人が来る事は少なく、今日は煙突から煙が見えない。
主は庭にいた。
「こんにちは、師匠!
すみません、道具使わせてください」
師匠はキセルを咥え、ただ空を見ていた。
「……小僧か。今日はどうした」
俺は壊れた斧を差し出した。
師匠が起き上がり、それを手に取る。
毎度毎度その大きさに圧倒される。
2.5メートル近くある身体で斧を軽々と持ち、空にかざした。
「バトルアックスの+45か。……こいつぁ、アニエスドロッドの物だな」
「ご存じですか!」
「ああ、俺が打った物だからな。
小僧が持ってきたって事は、またか」
「はい。
できたら、俺が修理したいんですけど……いいですか?」
師匠は俺をジロリと睨んだ。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。
片手間で学んでる小僧にできるわけがないだろう!」
俺は思わずシュンとなる。そんな俺を師匠は怒鳴りつける。
「馬鹿野郎! 何グズグズしてんだ。
とっとと釜の火を入れてこい!」
「え? それじゃ」
「修理しねぇなんて言ってねぇだろ?
小僧も馬鹿力だけは役に立つからな」
「はいっ!」
ここの世界での魔法は、俺たちが思う魔法と少し違う。
主にアイテムによる特殊効果が発生するか、素材を組み合わせて科学反応的な現象を起こすかのどちらかだ。
記録を読むと、過去にはアイテムを使わずに魔方陣を発生させ、不思議な現象を引き起こす者もいたらしい。
しかし、現実にはアイテム魔法の方が効力が強く、誰にでも使えるということで廃れてしまったようだ。
アイナの職業である“魔法戦士”も、魔法を伝授する者がいないため、有名無実のものとなっている。実際、彼女は魔法が使えないというか、知らない。
本人に言うと『魔法戦士はステータスだ! 希少価値だ!』と胸を張る。
何か意味があるのかと散々考えたが分からなかった。
すまんアイナ。
まぁ、どうせロクでもないことなんだろうが。
アイナに大敗した大男も魔法により筋肉を増量していた。一種のドーピングだな。
斧を所有するだけで強くなれるのだから人気があるアイテムであり、かなり高額で取引されている。
刀匠である師匠のところにも魔法剣の類いはかなりの注文があるらしい。
彼自身は『つまらない仕事』と嘆いているが。
魔法を付加することで、冒険者の役に立っているのは間違いないので、断ることはしない。
例の大男(……名前、何だっけ……、まあいいか、覚える気もないし)のような使い方をすると、師匠の言葉は少なくなる。
刀匠には、重い槌を扱える力と、魔力を与える魔法の能力値が求められる。当然、槌を打ち続ける体力や、熱い炎に耐える根性も必要である。
全てを高いレベルで持ち合わせる(であろう)俺は自信満々で師匠を訪ねた。
単純に面白そうという動機からだった。
簡単にできるかと思っていたが、とんでもない。
俺には力はあっても知識と経験がない。知識は簡単に手に入るが、経験はそうもいかない。
言葉では伝わらない、細かなニュアンスとでもいうのだろうか、こういった物は簡単に手に入らない。ひたすら身体で学ぶしかない。
ただ、学校の課題は簡単にこなせてしまう俺にとって、それはとても新鮮な事と言えた。
これが一瞬で手に入るようなら、逆につまらない。
見よう見まねでようやくナイフくらいは作れるようになった。
釜が暖まると、師匠は作業を開始した。
簡単な作業は俺にやらせてくれた。
まずは、斧の金属部分を柄から外す。
次に埋め込まれている魔法石を外して、丁寧に型を取る。
次に伝導石の加工だ。
伝導石は魔力が効率よく行き渡るための媒体である。
流通量が少なく、重いため、細かく砕いて鉄に混ぜるのが一般的だ。
例のパワーゴーレムがいた鉱山からも伝導石も採掘されると聞いたが、まだ市場には出回っていないようだ。
伝導石を布袋に入れてハンマーで粉々にする。
これが大変とされる工程のひとつだ。
伝導石は非常に堅く、粉々にするのに骨が折れる。しかも砕きたての方が質が良い刃物が作れるという職人泣かせの材料なのだ。
俺は面倒なので、袋に入れて両手で揉んで粉々にしている。
こちらの方が早く、細かく、多くの量が用意できる。
俺が褒められた唯一の工程だ。
師匠はバケツに手を突っ込み、待機。
「準備できました」
「おう!」
すでに斧だった金属が、高熱で熱せられ真っ赤に溶けている。
そこに伝導石の粉を流し込むと色が一瞬青く変わる。そして赤く戻った瞬間。
「行きます!」
「こいっ!」
俺は師匠の前にある型に燃えたぎる鉄を流し込む。
師匠はバケツから手を抜き、真っ赤な鉄に直接触れて形を整えていく。
手にまとわりつくゼリー状の物体がジュゥゥ……と音を立てて煙をあげる。
「小僧!」
「はいっ」
俺はハンマーを渡す。
師匠は左手で鉄塊を押さえ、右手のハンマーで叩く。
時折、左手をバケツに突っ込む。
さながら、ひとりで餅をついているように。
最も重要な工程だ。俺は黙ってその流れを見ていた。
単純にパワーだけなら俺の方が遙かに上だが、ここだけは絶対にやらせてもらえない。
『小僧、おめぇは鋼と会話ができてねぇ』
師匠が言うにはがむしゃらに叩いても鉄は強くならないんだそうだ。
時に強く、時に優しく、鉄の良い所を引き出し、短所を押さえていく。
俺にはまだ理解できないが、時折師匠の顔が優しくなるので、今がその時であるとは分かる。
「よしっ! 良い出来だ」
師匠は修復が終わった斧を夕陽にかざし目を細める。
斧は再びその輝きを取り戻した。
「ありがとうございます! もうひとつお願いがあるんですが」
「分かってるよ、アニエスドロッドに返せばいいんだろ?」
「ええ。じゃあ、これ」
俺は自分のリングをかざし、斧の修理代金を払った。
「代金はいらねぇと、いつも言ってるだろう」
「いえ、そうもいきません。
仕事に対する正当な報酬ですし、それを誰かに負担させる訳にもいきません」
「小僧は変わり者だよ、わざわざこんな所に来るなんて」
師匠はキセルを咥え、気持ちよさそうに煙を吐いた。
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