#08 転移

 俺たちが街に戻る頃、まだ陽は沈んでいなかった。

 昼間は喫茶店、夜は酒場と営業形態を変えているお店、ここに俺たちは席を取った。

 しかしメニューの豊富さは元の世界のファミレスに匹敵するレベル。ドリンクバーがあれば完璧だ。

 つくづくこの世界の流通はどうなっているのか、不思議に思う。

 内装も、店員も、俺たちと同じサイズなのがありがたい。

 俺とアイナが並び、向かいに例の剣士が座った。

 地に足をつけて座れる事が、こんなに快適だとは思わなかった。

 あまり客はいないが、どうやら俺たちサイズの人たちのたまり場となっているようだった。

 差別意識はないけれど、スケール感の違う人がいないのは何かホッとする。

 俺たちはとりあえず、紅茶セットを注文した。

「あらためて、俺の名はケンジや。

 よろしゅうな」

 互いに自己紹介をして、話をはじめた。

 ケンジさんはこの世界のベテランで、かなりの情報通だとのこと。

「……つまりな、この世界には3種類の人間がおるみたいなんや。

 俺の推測になるから、間違ってるかもしれんけどな。

 まず、俺ら。

 俺らは“リトル・ヒューマン”と呼ばれ、一番下位に位置する」

「……え? 下位なんですか?」

 アイナが驚きの声をあげる。

「そうや。

 君らも苦労しとるんやないの?」

「いえ、別に……」

「そっか……君らは特別やからなぁ。

 俺なんか、ここに来てすぐは寝る所にも苦労したんや。

 金もないし、装備もない。

 これのことも知らんからギルドなんか思いもしない」

 そう言ってケンジさんは自分の手首のリングを見せた。

「登録前に死んでしまう奴も少なくないんや。

 登録できてもモンスターなんかと普通、戦えんしなぁ」

 俺とアイナは互いの顔を見合わせる。俺たちは特別ではあるけれど、とてつもなくラッキーであったという事を思い知らされる。

「で、話を先に進めるよ。

 巨人族……まぁここでは普通の人間ちゅうことになるが、なんか呼びづらくてな。

 で、これは2種類あるみたいなんや。

 俺らには区別が付かんが、明確な身分の差があるらしい。

 高位の巨人は位が高く、だいたい街の有力者や。

 それから下位の巨人がおる。

 下に見られてるけど、俺らより地位は上や」

「え、そうなんですか? その区別が分からないから実感が湧かないです」

 アイナの言葉に俺が頷く。

「そうかもしれん。

 そんで確証はないんやが、巨人たちは、……恐らく上位の者だけやと思うんやが……何か、隠しとる」

「何を……」

「分からん。

 もしかすると、その秘密を知っとる事が上位、下位を分けてるのかもしれん。

 で、次は俺らリトル・ヒューマンについてや。

 実は身体的能力は一番上や。

 力もスタミナも巨人たちよりもある。

 まぁ、君らは特別やけど」

「私たち思ったんですけど……ここって少し重力が弱くないですか?」

「……なるほどなぁ。

 俺はもう長いからそう感じないけど……高重力生物が低重力に行くと強い、ってのはあるかもしれんなぁ。

 今度、新人さんがいたら聞いてみるわ。

 でな、ここからが重要なんやが……。

 リトル・ヒューマンは、ほぼ全員が別世界から来とる。

 巨人は現地人と別世界人、両方おるらしい。

 やはり、俺らにはその区別が付かん」

「現地人……と、いう事は、ここは仮想世界とかではなく、現実なんですか?」

「ああ。むしろ異世界という方が近いかもしれん。

 俺らの世界とはちょっと物理法則とかが違う所もあるんやが、それで立派に成立しとる。

 俺ら自身もそうや。時間が経てばケガは治るし、君らくらいの年齢なら身体の成長とかがあるで」

 それは実感している。

 この世界でちゃんと食事を取っているせいもあり、俺の身体は急激に成長している。

 骨と皮だけだった身体も、今はしっかりと筋肉が付きはじめている。

 細マッチョまではいかないが、あと数日でそのレベルにまで行きそうな勢いだ。

 あれだけ苦労して落とした筋肉がこうも簡単に復活すると、なんだか申し訳ない気分になるが、これは体質なんだろうか。

「それからな、俺ら、他世界から来た人間がぎょうさんおるやろ。

 これな、どうもひとつじゃないらしんや」

「え? じゃあ、ケンジさんと私たちも、また別の世界の人間ってことですか?」

「……酷似した世界やけどな。

 たぶん、細かい事を話すと食い違いが出る。

 大まかには同じなんやけどね。

 もしかしたら君らは、超人の世界から来たんかもなぁ」

 来た。

 必ず出る俺らの力の秘密に関する質問。

 その答えは俺ら自身が知りたい事でもある。

 目配せをすると、アイナがしばらく考えてからケンジさんの顔を見た。

 こういう事は生徒会長でもある彼女に任せれば安心だ。

 俺はまだ、人と話すのは苦手だし……。

「実は……私たち……」

 ググッと身を乗り出すケンジさん。

 俺は紅茶を口にする。

「私たちトラックに跳ねられて、気が付いたらこの世界にいたんです」

 思わず紅茶を吹き出しそうになる。アイナは空いた手で俺の口を塞ぐ。

「……マジ?」

「マジ」

 あああ、言い切ったよ、こいつ。

 しばらくの間があいた。空気が重い、とてつもなく。

「そっか……。

 ほんまにあるんやね……“トラック転移”って奴」

 ……おいおいケンジさん、信じちゃったよ。

 アイナは俺の口から手を離し、おしぼりで手を念入りに拭きはじめた。

「気付いたら、この世界にいて……だから何にも分からないんです。

 すみません」

「あ、いや、ええんよ。

 でも、トラックに跳ねられてって人は初めてやなぁ。

 だいたい、この世界に飛ばされてくるんは2種類おるんや。

 ひとつはゲームをやって取り込まれた、ちゅう奴。

 もう一つは何らかのスポーツで優秀な成績を収めた奴。

 俺は後者で剣道の学生チャンピオンやったんや」

 俺たちは前者か……。

「ゲームってどんなゲームなんですか?」

「うーん。

 名前はまちまちやが、みんなリアルにこの世界を再現しとる言うっとった。

 あー。後、やたら強い女騎士に出会ってすぐに飛ばされた、ちゅう奴が多いなぁ」

 俺とアイナはピクリと反応してしまう。が、ケンジさんは何事もなかったように、紅茶を飲み干す。

 色々と世間話をしたが、やはり俺たちとケンジさんは別世界の人間のようだった。

 古い話題は同じなのだが、新しくなるに従ってズレが生じる。

 たとえば国民的人気バンドのデビュー作は同じだけど、後のヒット曲が聞いたこともないタイトルであるとか。

 だからケンジさんは、同じ世界のように見える別世界の人間なのかもしれない。

 そして、彼は付け加えるように言った。

「後な、こんな世界やから“行方不明”になる奴が多いんや」

「そりゃ、モンスターがうようよしてる無法地帯ですから、当然じゃないんですか?」

「違う違う。“死亡者”ではなくて“行方不明”や。

 ある日突然、ぷっつりといなくなり遺体も見つからんのや。

 クエストはクリアされなかったらレベルを上げて再募集されるからな、息絶えたなら見つかるはずや」

「それすら、見つからないんですか?」

「ああ……。正確な値は分からんけどな。

 ただ何となく、スポーツが得意な奴がそうなる確率が多い気がするんや。それも男」

「気のせいじゃないんですか?」

 アイナがチラリとこちらを見る。

「だと、いいんやけど……。

 元々、運動能力が高い奴ほど行方不明になりやすい気がするんで、君らも気をつけてな」

 雑談混じりで色々な情報をもたらしてくれるケンジさんは、本当に親切な人だった。

 俺らが知らない情報をたくさん知ることができた。それは、上レベル者との接触が少ない俺たちの問題でもあると気付かされた。

「んー、楽しかったで。

 今日はここまでにしよか」

 ケンジさんは俺たちの分も会計して、自分の家に戻っていった。

 明日も朝早くからクエストを取りに並ぶのだという。

 彼を見送りながら、俺は小声で言った。

「……アイナ」

「うん……ごめん」

 これだけで通じるところをみると、アイナも同じ感触を得ていたらしい。

「いい人だったじゃないか」

「うん……。

 まさか本気にするとは思わなかった……」

 俺とアイナは自分たちの強すぎるパワーの説明ができず、いつも苦労していたのだ。だからといって、まさかギャグで返すとは思わなかった。

 ……そう言えば、

「今度会ったらきちんと説明しような」

「うん……」


 しかし、ケンジさんは想像以上におしゃべりな人だった。

 翌日になると、俺たちが“トラック転移”したという噂がリトル・ヒューマン界隈で広がっていて、俺たちは引っ込みが付かなくなっていた。

 おかげで、パワーについて聞かれることはめっきり少なくなったが。

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