#07 日常
俺とアイナ、そしてじーさんの三人による暮らしが始まって数日が過ぎた。
「ちょっと失礼」
椅子に座ったじーさんをアイナが片手でヒョイと持ち上げたまま、掃除機をかける。
本人曰く、「この方が効率いいじゃん」だそうだ。
だから部屋の隅々まで埃ひとつなく、じーさんはご機嫌。
家具もベッドも何もかも持ち上げてしまうから微妙に困ることもあるのだが、それは割愛。
じーさんも最初は驚いたものの、今では平然と趣味のボトルシップを磨いている。
ボトルシップとは、細い瓶の口からピンセットでパーツを入れて、通常なら入らない大きさの模型を作るホビーだ。
「小僧にはこの良さがわからんか。
この狭い瓶の中に、無限の世界が広がってるのが見えんかね」のセリフが口癖だ。
高い集中力を必要とするので、制作はもう無理だけど、眺めているだけで楽しいのだそうだ。
ちなみに苦労したのは模型を作ることではなく、酒瓶を集めることだそうだ。
じーさん、こう見えて酒には弱い。
俺はというと図書館や本屋に行って、片っ端から読み続けている。
この街は小さいせいか専門書の揃いは良くない。将来的には大きな街に行く必要がありそうだ。
俺たちの午前中はこんな感じだ。
午後になると、俺とアイナはギルドに向かう。
クエストを受けて生活費を稼ぐためだ。
あっという間に経験値は溜まったけど俺たちはレベル1のままでいくと話し合って決めた。その必要性感じないのと、レベルを上げる機械“レベルアッパー”を壊さないよう、お姉さんに懇願されたのがその理由。
そんな訳で俺たちは“最強のレベル1”として知られることになった。
反面、困ったこともあった。
初心者は上レベル者の弟子のような物になって修行をつけてもらうのが普通だ。互いに経験値を溜め、ノウハウを教えてもらうためだ。
この場合、レベル差があるほど下レベル者には多くの経験値が入るメリットがあり、上レベル者にはこのメリットはない。あるとしたらクエストを攻略するパーティ、いわゆる“派閥”を作るためのメンバー集めとしての役割だ。
そしてクエスト攻略で得られた経験値はレベルの低い者に優先的に配分されることになる。
よって、上級パーティの中にレベル1のメンバーがいると経験値が多く分配、場合によっては総取りされてしまう事もある。
結果、通常パーティは近いレベルの者同士で組む事となる。
俺たちは、強すぎるのにレベルは1。稽古を付けても勝てない上に、経験値もロクに入らない。上レベル者にとって、俺たちは付き合う価値のない者になっていた。
必然的に俺とアイナはふたりだけでクエストをこなすことになった。
クエストはレベルに依存せずに受けることができる。
普通、高レベルクエストはそれ相応のレベルがないと危険である。
しかし、俺たちはレベルに関係なく片っ端から引き受けていくので、少々問題になった。
通常1日~1週間程度かけてクリアするのだが、俺たちは1日で5つくらいこなしてしまう。
他の人のクエストがなくなってしまうので、午前中に仕事を受けることが禁止された。
だから、仕事がない日もそれなりにある。
それでも収入はトップ。
最近は面倒な仕事ばかりが回ってくるが、俺たちは一向に気にしていない。
俺たちは、今日最後のクエストに向かっていた。
険しい岩山をピョンピョンと駆け抜け、鉱山の前に出た。
「あ、いたいた」
「あー、あれか。
思ったより小さいな。4メートル位って所か」
岩でできた巨人が鉱山の入り口に鎮座し侵入者を防いでいるのだ。
その足元には“被害者”と思わしき骨が……。
「見た目は強そうだね、見た目は」
「ああ……。
何者かが魔法石を独占しているって説は当たってそうだ」
俺たちは巨人から直接攻撃できない場所で立ち止まる。
アイナも俺も、冒険者として低レベルの装備しか付けていない。
武器はロングソード、あと皮の胸当てを着けているだけだ。
ちなみにアイナにはビキニアーマーを勧めたのだが無視された。そりゃそうか。
そもそも攻撃は簡単に避けられるし、仮に当たってもダメージを受けない。
動きやすい軽量装備の方が俺たちに向いている。
個別装備として俺は大きめの片手持ち盾を、ふたり共通の装備としてアイテム用ポシェットを持っている。
正直、どこから見ても“冒険はじめました!”って感じ。でも“きのぼう”でも“伝説の剣”でも俺たちにとってはあまり変わらない。この世界もやっぱりクソゲーであると思うけど、案外楽しめている。
「じゃあ、私が行くね」
アイナが一歩踏み出すと軽やかにポニーテールが揺れた。冒険時は邪魔になるので髪をまとめているのだ。
巨人の目が光る。
「ちょっと待てよ。俺にもやらせろよ」
「えー、汁物はマー君、乾き物は私って決めたじゃない」
アイナは巨人の後ろを指さす。
そこにはスライムが数匹這いずり回っていた。
「決めてねーよ。
つーか、お前がスライムとか飛び散る系を嫌がるから、汁除けで盾を買っただけじゃないか」
「じゃあ、ジャンケンで決めよ」
巨人がこちらに向かって歩みはじめた。
「よし! 最初はグゥ。ジャンケーン……」
7回のあいこの後、アイナが勝った。
「へへ、やったぁ」
勝ち誇った笑みを浮かべるアイナ。
俺は若干ふてくされて近くの岩に座った。
その間に巨人は近づき、アイナの目の前で止まった。
そして巨大な拳を振りあげる。
「おーい、敵がきてるぞぉ」
呼びかける俺に、アイナはこちらを向いたまま手を振る。
ブンと拳が振り下ろされ地面が軽く揺れた。
アイナはこちらを向いたまま、片手でその拳を受け止めていた。地面が揺れたのは、その攻撃による余波だ。
だが、彼女の姿勢は微塵だに揺るがない。あえて言えば、衝撃でポニーテールが軽く揺れただけだ。
岩の巨人……パワーゴーレム。
ゴーレムとしては小さい部類に入るが、力はトップクラスに属する970が記録されている。しかしアイナはその10倍以上の力を持つ。
そのアイナの顔が歪む。
「どうしよう……マー君」
「どうした!」
俺は起ち上がって、戦闘態勢をとる。
「こいつ……弱すぎて、戦いが盛り上がらない」
思わず腰が抜ける。
パワーゴーレムはゲームで言えばラストダンジョンの中ボス程度の強さは持つ。それが雑魚扱い。つくづく規格外のパワーだ。
「そういう時は、服を破かれて肌を晒すのが定番だ」
「いやよ!」
その言葉と同時に、パワーゴーレムが小石のように飛んでいく。
アイナが片手で押し返したのだ。
勢いよく岩山にぶち当たると、ゴーレムは粉々に崩れ散った。
俺は思わず拍手した。
「いやー、すげー。
これがいにしえの“イヤ・ボーン”って奴か?」
「うーん。イヤ・ボーンなら、岩山に人型の跡ができないとダメなんじゃない」
「そうか、アイナさんもまだまだ修行が足りませんなぁ」
「そうね、精進するわ。今度はマー君の番」
「えー、あんな雑魚、倒さなくていいだろう?」
「だめっ。倒さないとクエストクリアできないもの」
実はスライムは結構強い。
その身体に人を取り込んで捕食する。一度捉えられると脱出困難で、溶かされていく姿を延々と晒すことになる。
しかも、突っつくと破裂して身体にまとわりつく。小さな破片には身体を捕食する能力はないが、金属類を錆びさせ洋服はボロボロになる。
アイテムでの対応も可能だが、金銭的に折り合いが付かない。
つまり、経験値稼ぎにしか役に立たない嫌われ者だ。
……! 俺はちょっとしたアイディアを思いついた。
俺は剣と盾を置いたまま、スライムの前に立つ。
アイナはちゃっかり岩山の影にかくれている。
「1、2、3……4匹か……」
俺は足元の小石を4つ拾う。
そして身体を反らし、空気を吸い込む。
吸い込んで、吸い込んで、一気に吐き出した。
肺に圧縮された空気が一気に吹き出して、暴風となり、スライムが吹き飛ぶ。
高く舞い上がったスライムに向け、小石を投げる。
1、2、3、4!
見事、小石は命中。スライムの身体は空中で破裂した。
俺はスライムの被害に遭うことなく、退治することに成功した。
「うわぁ……」
アイナが渋い顔をして出てきた。
「へへ……どうだ? 名付けて“空気砲”、なんちゃって」
「なに、その技。下品」
「ええ? 結構、実用度高そうだったぞ。
もうちょっと工夫が必要だけど」
「私はやんないからね。
そもそも遠くから石投げるだけでよかったじゃない」
「あ……、そか」
俺は肩を落とす。取り繕うようにアイナが言う。
「き、今日はこれで終わり……なの?」
「うん……。とりあえず、帰るか」
「……うそやろ。もう戦い終わってしまったんか。
君ら、足速いなぁ。追い付くだけで精一杯や」
岩の影から、ゼェゼェと呼吸を乱した男が現れた。
俺たちは冒険に出て、初めてギクリとさせられる。しかし敵意はなさそうなので、ホッとする。
「あなたは……?」
アイナが尋ねると、男は背中の荷物を下ろし、呼吸を整えながら近づいてくる。
大剣を背負った剣士のようだ。
「クエスト帰りに、たまたま見かけたんで、追っかけてきたんや。
君らやろ? 噂の“最強のレベル1”って。
どんだけ凄いのか知りたくてなぁ」
男は長身……ではあるが、この世界の人間よりは小さい。
つまり、俺たちと同じ出自のようだ。
俺たちの事は大きな噂となっているが、クエストを追ってきた人は初めてだ。
彼はアイナの前に立ち、「よろしくなぁ」と言って手を差し出した。
アイナもニッコリ笑って握り返す。
そして、みな同じパターンを繰り返す。彼も例外ではなかった。
ググッと力を入れると男の腕の筋肉が盛り上がる。かなり鍛えているようだ。
背中の大剣は飾り物ではないという事か。
「ふん……ぐぐっ……」
この人は相当負けず嫌いらしく、本気で力を入れ始めた。
しかしアイナに敵うはずもなく、彼女が軽く力を入れた所で降参した。
「おーいたたたた。
噂通り、凄い力やねぇ」
そう言って、今度は俺に手を差し出した。「そっと頼むで」とウインクしながら。
言葉は同じだけど、イントネーションとかが微妙に違う気がする。
「もし良かったら、君らの話聞かせてくれんか?」
アイナは俺の顔をちらっと見てから答える。
「構いませんけど……ここでは何だから街に戻ってからにしません?」
「街って……今からじゃ日が暮れてまうで?」
「大丈夫ですよ」
アイナはニッコリ笑って俺と男の荷物を取り上げる。
「じゃあ、帰りましょ」
アイナは振り返って俺らに言った。
俺はため息をつく。
「しっかり掴まってくださいよ」
俺は男に言うと、彼を横抱きにした。
「何するんやっ! うわぁぁぁぁ」
俺はポンと駆け上がった。アイナもそれに続く。
「なんや、このスピード。
この高さ。君ら、さっきより早いやないか」
「そりゃあ、知らない場所はゆっくりと行かないと迷いますからね」
「あれでゆっくりなんか……。ひぇ……」
男は俺にしがみついてきた。
正直、気持ちの良い物ではない。
スピードを緩めてしがみつくのを止めさせるか、もっとスピードを上げてしがみつく時間を短くするか、ちょっとだけ考えた。
そして、後者を選んだ。
「まだ早くなるんかぁぁぁ……。
堪忍してくれぇ……」
…………叫び声が大きくなる事は計算外だった。
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