#06 夜食

「あーあ、寝ちゃったよ」

 俺たちはじーさんの家に世話になる事になった。というか、じーさんが離してくれそうにない。

 それぞれひと部屋ずつ割り当てられて、生活の基盤もできた。

 賭けで得た賞金の半分ほどを分けてくれ、日用品を揃えることもできた。

 そして、早めの夕食。

 久しぶりにアイナの手料理を食べたが、もの凄く上達していて驚いた。

 じーさんも終始ご機嫌で、夕食を平らげるとあっという間に寝てしまった。

「それにしても……」

「ああ、絵に描いたような男の一人暮らしの家だな」

「とりあえず大掃除から始めないと。

 日用品も全然足りないし」

「あと、冒険者としての装備も揃えないと。

 また賭けの対象になるのは面白くない」

「もう、ならないと思うよ。

 結果が見えてるもの」

「確かに……」

 アイナは職業として“魔法戦士”を選んだ。

 過去には魔法を伝授する人がいたらしいけれど、今は誰でも使えるアイテム魔法が主流。ゆえに“絶滅危惧“職だ。

「何か、惹かれるのよねぇ……」とアイナは笑って選択した。

 俺はレベルアッパーが壊れてしまうので転職はできず。“見習い冒険者”だ。

 もっとも俺たちにとって職業はあまり意味を持たない。

 すでに腕力だけでも一般戦士とは比較にならないことが証明されている。

 少し話をして、俺たちも床につくことにした。

 そもそも俺は夕べは徹夜、限界も近かったのだ。


「眠れない……」

 気絶するように寝入った後、眼が覚めてしまった。

 時計がないので分からないけれど、2~3時間程度は眠れた感じ。疲れは取れている。

 ぼーっとしているうちに、なぜ眼が覚めたか分かった。

 腹が空いているのだ。

 それも猛烈に。

 すこし食事を取った事で食欲を抑えていた壁が崩壊したらしい。

 せめて水でも飲もうとキッチンに向かう。

「あれ? マー君、どうしたの?」

 そこにはアイナが座っていた。

「はは……、腹が減って眠れなくてさ」

「私も目が冴えちゃって。じゃ、何か作ろうか?」

 アイナは起ち上がり、冷蔵庫をあけた。

「いいよ、悪いから」

「何言ってんの。寝らんないんでしょ。

 なら解決方法はひとつじゃない。

 あ、急に食べるようになって胃は大丈夫?」

「はい、ブランクを感じさせない活躍っぷりです」

「あはは、流石マー君。

 ちょっと待ってて。

 うーん、チャーハンでいい?」

 アイナは楽しそうに調理をはじめた。

 キッチンが高いので、椅子に正座して高さを稼いでいる。

 踏み台とか作らないと辛いかもしれない。


「はい、お待たせ」

 山盛りのチャーハンが大皿にたっぷりと。

「おいおい、こんなに食い切れないぞ」

「大丈夫だよ、いける、いける。

 だいたいマー君はちゃんと食べないと。

 そんな身体になっても結局パワーは抑えきれなかったじゃない。

 めまい起こすから、むしろ危ない。

 だったら、しっかりとコントロールできる身体を作る方がマシだよ」

 反論の余地がない。

「反省してます。

 ……じゃあ、いただきます」

「味は保証しないけどね」

「いや、美味いよ、これ」

「良かった。

 こう見えても栄養学とか勉強したんだから」

「へー、知らなかった」

「私さ、結構筋肉付きやすくて。

 私の場合、筋肉が付くと色んな意味でシャレにならないじゃない?

 だから食事療法でコントロールしてたの。

 実はマー君の事、あんまし言えないんだよね」

「そんな事ないさ。これなら良い嫁さんになれるよ」

 アイナはビクリと反応し口を開きかけたが、その言葉を飲み込んだ。

「……そ、それよりさ。お店の品揃え、凄いよね。驚いちゃった」

「ああ、確かに。それは思った。

 こんな小さな街なのに何もかも揃ってる感じだった。

 商品の種類は多いんだけど、数はあんましない印象だったな」

「菓子パンはあるのに“エリクサー”がないのは、手抜きよねぇ」

「確かに。

 回復ポーションって飲んだらどんな感じなのか、体験してみたかったよ」

「マー君って、ポーション必要なほどダメージ受けないんじゃない?」

「そこはアイナに殴ってもらって」

「いやよ。できるわけないじゃん」

「そこを、なんとかっ!」

「あんたは、そーゆー趣味があったのか。

 いいわ。

 悪の組織に掴まって、悪の戦闘員にでもなったら殴ってあげる」

「真顔で言うな、真顔で」

「でも、マー君の方が強いから問題ないでしょ?」

「おいおい、そうとは限らないぞ」

「え、だってマー君は機械が壊しちゃう位のパワーがあるって事でしょ?」

「アイナは全て9999以上だけど、俺はひとつだけそれを超える圧倒的な値を持っているのかもしれない。

 だから総合力はアイナの方が勝っている可能性は充分にある」

「うーん。そんな事はないと思うよ」

「どっちでも良いさ、俺は」

 そう言って俺はチャーハンを口に放り込む。本当に美味い。

 アイナが作ったとは言え、向こうの世界のチャーハンと変わらないのが不思議と言えば不思議だ。

 つまり、調味料や野菜といった材料が同じって事になる。

「どうしたの? 考え込んじゃって」

「あ、いや。

 ……どこでこんな野菜とか作ってるんだろうな?って。

 炊飯器とかもそうだよ。工場も畑も見当たらないんだぜ。

 かと言って交通もそんなに発達してるわけじゃない」

「きっとお店にネコ型ロボットがいて、ポケットから出してくれるんだよ」

「……アイナ、お前真面目に答える気ないだろ」

「真面目に考えるだけ無駄な気がして。色々と都合良すぎるんだよね、ここ」

「でも、それならスケールは統一して欲しいぜ。

 足が届かなくて椅子が使いづらい。

 ……あ、あとさ、この世界って少し重力が軽くないか?」

「あー、バーベルね。

 確かにあれ、500キロは大げさだと思った。

 あれだと400位って感じかな?

 でもここの1キロが、私たちの世界の1キロとは限らないんじゃない?」

「いや、アイナを抱き上げた時、やっぱ少し軽いと感じたんだ」

「なるほど……って、何で私の体重、知ってんの?」

「何言ってんだ。

 俺のゲーム中、しょっちゅうのし掛かってきてたじゃないか。

 アイナは俺を軽いと思わなかったか?」

「マー君、もの凄いやせちゃったから……。

 そうか……ありうるね。

 重力が少ないから、みんな背が高いって考えられる」

「だろ?

 重力が違うって事は、俺たちの世界とは違うってことの、決定的な証拠になるんじゃないか」

「……そういう事になるね。

 あと気になったのが、やたら双子や三つ子の人が多いんだよね。

 同じ顔した人が同じ店に何人もいたでしょ?」

「えっ? それは気付かなかった」

 俺の言葉にアイナはガクッと肩を落とす。

「やっぱし……。

 マー君って人の視線を避けてるような気がしてたんだよね。

 お店はだいたい同じ顔の人がいた。

 ギルドなんか、あのお姉さんだらけだったって気付いてた?」

「え!?」

 やばい、そう言われるとあのお姉さんの顔が思い出せない。と、いうより……。

「やっぱり……おっぱいばっか見てたんでしょう? もうっ」

「え、あ、いや。

 だって、俺の眼の高さにあるんだぜ、あんな大きなのが。

 つい、そっちに眼が行っちゃう。だろ?」

「だろ、じゃないわよ。

 マー君、引きこもってたせいで、人と眼を合わせられなくなってる」

「そ、そんなことないぞ。

 この世界の人のヘアスタイルは、なんかショートカットが多い。

 どうだ!」

「どうだって……そんなもの、ここでの流行に決まってるでしょ!?

 それよりどうする? この先」

「この先ってモンスター退治とか?」

「あ、それもそうだけど、この世界で生きていくのか、元の世界に戻るのか」

「俺は戻りたい」

「あら、意外。

 マー君は『俺はこっちで何のしがらみもなく生きるんだー!』とか言い出すかと思ってた」

「PCの電源、入れっぱなしなんだ」

 アイナは少し呆れた表情になる。

「それが理由?」

「当たり前だろ!

 あれを見られたら俺の人格が疑われる。

 だいたい俺たちの身体はどうなってるんだ?

 向こうに残ってるのか?」

「あ、そう言えば私、マー君の部屋にいたんだ。

 もし身体が残ってると、私が誤解される」

「パジャマだったしな。

 しかも直接窓から入ってきたから侵入の痕跡なし。

 ふつーは思うよな、こいつらどーゆーカンケー?って」

「うわぁぁぁぁ。

 もう見つかってるよね、二晩たってるんだし」

「分からんぞ。

 こういうのは『それは現実では一瞬の出来事だった』ってのが定番だ」

「それはラノベとかの話でしょ?

 でもそれにかけるしかないのか……うぅ」

「まぁ冗談はともかく、現状を確認しないと判断のしようがない。

 この暮らしを維持しながら調べるしかない。

 ただ、とりあえずゲーム世界に飛び込んだって線は消えたな」

「そうなの?」

「ああ。エリクサーがないのがその証拠だろ。

 “ゲームにないものがある”のはディティール不足とかが考えられる。

 でも“ゲームにあるものがない”ってのは、ここがゲーム世界そのものではないって事だ。

 ただし酷似した別の世界である可能性は残る。仮想世界とか異世界とか。

 あくまでゲームそのものに飛び込んだ訳ではないってだけだ」

「……なる。

 もし、ここが仮想世界なら帰らないとね。

 そこに意味はないもの。

 私たちはリアルな世界に生きるべき。

 そう考えると『リアルワールド・フロンティア』って名前は皮肉だね」

「ほんとに、そうだ。

 ……ところでアイナ。……おかわり、お願いできるかな?」

 俺が空の皿を見せると同時に腹の虫が鳴いた。

「えっ! あれで足りないの?

 しょうがない、じゃあ今からご飯炊くね」

 口ぶりとは裏腹に、アイナは嬉しそうな表情を見せた。

「面目ない……」



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