#05 計測
俺たちはギルドに連れてこられた。
「いらっしゃいませー!」
明るい挨拶に、どうもイメージが崩れる。
お役所というより、ファミレスなノリ。
じーさんは、待合室に移動して番号札を取ってきた。
「今日は担当者が遅刻しているらしい。
お前らついてないな」
「それより登録って何ですか?
おれたちはどうなるんですか?」
「お前ら野良だろう?
登録しておかないと何もできんぞ」
「野良って……」
「あぁ、“来たばっかり”だろう?って事だ」
「え? ああ、はい……」
「これから、お前ら用のリングを作るんだ。
お金も経験値も、このリングに溜まる」
「で、何も聞いてこないんですね。
俺たちの事」
「……聞いて意味があるか、まだ分からんからな」
じーさんは冷たく言った後、黙り込んでしまった。
俺たちはいまひとつ、意味がつかめずに困惑した。
アナウンスの声が響く。
『お待たせしました。番号札3番の方、12番窓口までお越しください』
「おっ、よし行くぞ」
じーさんはすくっと起ち上がり、3番の札を見せた。
「お待たせしましたー!」
にこやかに笑う受付のお姉さん、色々とデカい。
身長もでかいが、それ以上に胸がデカい。
困った事に、身長差でちょうど眼の前になるのだ。
丸く、大きく、豊かなそれが。
ちょっとした仕草で上下左右に揺れる、揺れる。
「マー君!」
藍奈が小声で言いながら脇をつねってくる。
「仕方ないだろ、ずっと引きこもってたんだから」
「そういう問題じゃないっ!」
小声で話していたが、じーさんに睨まれた。
「このふたり、登録してくれや」
「えっと、野良……じゃなくて未登録の方ですね」
「ああ……」
「では登録される方、こちらのカウンターにお願いします」
お姉さんが隣にずれると、そこは少し段の下がったカウンターになっていた。
俺らの身長に合わせて作られているようだったが、うっすらと埃が積もっていた。
「まずはお前からだ」
じーさんが藍奈の背中を叩く。
「えっ!? 私から?」
不安そうな顔をする藍奈にお姉さんが手招きする。
「大丈夫ですよぉ。
左腕をここに置いて、名前を書いてもらうだけですから」
つまり、生体認証みたいな物か。
俺が小さくうなずくと、彼女は覚悟を決めたようだ。
藍奈は、指示通りに筒の中に左腕を入れた。
「はい、結構です。
左腕はそのままにして、こちらのパネルに名前を書いてください。
カタカナで8文字以内でおねがいしますぅ」
藍奈は一度宙に描いてから、あらためて“アイナ”と書いた。
お姉さんが端末を操作すると、藍奈の手首にリングが巻き付いた。
「はい、ありがとうございます。
これであなたは今から“アイナ”さんですぅ。
レベルは1からのスタートなので頑張ってください。
では続けてパラメータの確認に入りますぅ」
「えっ?」
そんな事は聞いていない。
俺とアイナは驚きの声をあげるが、時遅し。
ピーーーーーーー。
機械はエラー音を発して止まった。
「あ、あれ……。
おかしいですね。故障かしら。今すぐ別の機械に変えますね」
怠惰な態度だったお姉さんが初めて慌てた。アイナは少し困ったと言った表情をしてこちらを見る。
「やっぱりな……」
俺も苦笑いで帰す。
予想はできた。
アイナのパラメータは全てが【99】、つまりカンストだ。
「レベル1の女の方でしたら、普通は3~12程度の数値になることが多いんですけどね。
最強生物ドラゴンの数値でも計れる最新型を持ってきましたから、これなら大丈夫ですよ」
「ほう」
俺は思わず声をあげてしまう。仮想的な比較になるけれど、最強生物対アイナ。これはどんなもの凄く興味がある。
アイナは「他人事だと思って……」と不満顔。
再計測を行っても結果は同じ。
鳴り響くエラー音の中、お姉さんは「ありえない……」とため息をついた。
アイナのパラメーターは全て【9999】。
恐らく、人はどんなに鍛えても99以上になることはないのだろう。アイナはその限界値を軽く100倍を突破しているのだ。
力やスピード、体力といった項目は納得できるが、魔力といった俺たちに縁のない項目までカンストしているのは恐れ入る。
『バケモノだ……』
突然、幼少の頃に言われた言葉が蘇る。
俺も、アイナも、あまりにも強すぎる力を持ちすぎたため、奇異の視線を向けられた経験を持つ。
しかし、ここでの反応は違った。
お姉さんはニッコリと笑ってアイナに握手を求めてきた。
「これは凄いスーパールーキーが現れたわね。
よろしくね、アイナさん」
「……あっ、こちらこそよろしくお願いします」
アイナが手を差し出すと、お姉さんは「あっ、お手柔らかに、ね」と言った。
「大丈夫ですよ」
アイナも微笑み返して大きな手を握りかえした。
「すごいぞ!
あんたはデタラメに強いって事だ。
ドラゴンだってこんな数値は出せやしない。
わしはついとる。そんな気がしたんじゃっ!!」
じーさんはいきなりアイナを抱きしめた。
アイナはきょとんとして巨大な老人の抱擁を受け入れている……というか、抵抗しないでいる。
そういえば、このじーさんが感情を露わにするのは初めてかもしれない。
じーさんは咳払いをして、俺に登録するように促した。
完全に興味がアイナに集中していて、俺は単なるオマケ扱いだ。
「はい。
じゃあ、こちらに左腕を入れて、そう、じゃあ名前を書いてくださぃ」
俺は少し考えてから“マサト”と登録した。
これで俺はマサトだ。そしてアイナと同じように手首にリングが巻かれた。
腕の細さが我ながら嫌になる。
アイナは目を輝かせてこちらを見ている。
今の体力が落ちまくった俺じゃ、アイナには勝てないだろう。
「じゃあ、測定しますねぇ」
同じ手順を踏んで操作する。機械はドラゴンも測定できる最新型の方だ。
やはり、数値は測定できなかった。
カンストではなく、数値が表示されないのだ。エラー音すら発しない。
お姉さんは慌てて機械を操作する。
「……今度は機械が本当に壊れちゃいましたぁ」
アイナは驚きの表情を見せて、そして微笑んだ。
じーさんの興味が俺にも向いてきた。
「おい、どういうことだ」
「信じられないんですが、この方のパワーは測定すらできません。
強すぎて、機械が耐えられないんですよ」
じーさんのご機嫌メーターも振り切れた。
「お前もか、坊主!
なんてこった。いやぁ、今日は何て日だ!!」
じーさんはホクホク顔で手続きをしている。
「マー君、あっさりバレちゃったね」
アイナがその口ぶりとは違い、ホッとした表情を見せる。
「ああ。あれじゃ隠しようがないからな。
でも、俺たちのパワーに驚きこそすれ、気味悪がらないのは助かるよ」
「ほんと。でも規格外なのは変わらないみたいだね」
「下手に隠してもイヤミだし、こうなったら問題ない程度にパワーは使おう」
「だね、いきなりゴブリンが襲いかかってくる世界だし……」
俺たちの話が耳に入ったのか、突然じーさんとお姉さんがこちらを見る。
「ちょっと待て!
お前たちはもうゴブリンと戦ったのか?」
じーさんが巨大な顔を近づけてくる。
「……え、はい」
「武器はどうした!」
「来たばかりだったので、素手で。
俺とアイナで3匹ずつ」
「なんてこった。
こいつは本物だ! はっはははぁー」
じーさんは巨大な身体で俺たちふたりを抱きしめる。
喜びの声をあげ、当分離してくれそうにない。
「増田さんが喜ぶの無理はないですよ」
お姉さんが言うには、ゴブリンはしっかりとした装備のレベル5でやっと対抗できる強さ。
素手のレベル1が倒すなんて考えられないそうだ。
「だって、簡単に倒せるんだったらビジネスにならないでしょぅ?
モンスターはみんな強いわ。
だからみんな鍛えているのよ。それだけお金になるということね」
それは、そうだろうと思う。
「質問なんですが。
俺、不摂生しているから、多分アイナより弱いんじゃないかと思うんですが、数値は俺の方が高いように思えるんですが」
「良い質問ね。さっき計ったのは“基礎能力値”になるの。
要するに、ここまで伸びるという可能性。
“知力”の成長が見込めない人が学者を目指すのは無駄でしょ?
だからここで適切なジョブを推奨するの。
ここでは計れない値に“熟練値”というのがあってぇ、これは0から1の間で変化するの」
「あ、熟練値を上げるため、みなさん鍛えているって事ですね」
「そう。100パーセントの力を引き出すために行うのがトレーニングや学習。
レベルを上げる事で“能力値”が上がるわけ。
“基礎能力値”かける“熟練度”が“実際の能力値”となる訳よ。
もしあなたがアイナさんよりも能力値が高いのに弱いのなら、熟練値がとっても低いってことになるわね。つまり、とんでもない怠け者」
他の説明は、一般的なゲームに近かった。
モンスターを倒すと経験値が入り、ここで手続きをすることでレベルが上がる。
基礎能力値はレベルを上げることによって伸ばすことができる。
アイテムなどで能力値は暫定的に追加されるだけで、熟練度の影響を受けない、などだ。
「あなたたちもレベルをあげれば強くなるはずなんだけど、もしかすると機械が対応できないかもしれないわね……」
他にも、細かな説明を受けて俺たちはギルドを後にした。
「おい、早速お前たちの力を見せてくれよ」
帰り道、鼻歌を歌いながら、じーさんはトレーニングセンターに入っていった。
施設は俺たちの世界のトレーニングジムにそっくりだった。
ただサイズが大きいため、迫力が違う。男性はもちろん女性も筋骨隆々。鏡の前でポーズを取る人。もの凄い声を出しながら巨大なバーベルでベンチプレスする人など様々だ。
ただ、申し訳ないがちょっとこちらは引いてしまう。
よくよく見ると人間のサイズは2種類あるようだ。
俺たちクラスと、じーさんクラス。道理で俺たちに合う服があるわけだ。
じーさんがわめき続け、今用意できる最重量のバーベルを持ってこさせた。
準備は6人がかり。500キロはあるという巨大なバーベルが用意され、周りにに人が集まり始めた。
「アレくらいなら楽勝だね」
アイナがこそっと言う。
「まあな」
俺は答えるが、今の痩せ細った腕で持てるか、ちょっと自信がない。
「おーい、小僧。お前、これ持ってみろ」
じーさんが叫ぶ。
平均身長は軽く2メートルを超える筋肉自慢の群れをかき分けて、どこに出しても恥ずかしい貧弱な坊やが現れる。
バーベルの前に立つとドッと笑いが起きた。それはそうだろう。
じーさんは、どうやら俺を賭けの対象にしているらしい。
リングをぶつけ合って賭け金のやりとりをしている。
なるほど、ああやって使うのか。
俺は足を伸ばしたまま腰を曲げ、バーベルに片手をかける。
周りの男達はニヤニヤしている。
俺はバーベルをひょいと持ち上げた。
あまりに簡単に持ち上げるので、周りからどよめきの声があがる。
「あれ?
……おい、アイナ。これ持ってみろよ。なんか軽いぞ」
俺は手首のスナップだけでバーベルをポンと放り投げる。
空中を飛ぶ500キロの物体に、周りから悲鳴があがる。
アイナは片手でバーベルをキャッチする。
彼女の姿勢は変わらなかったが、その重量で床が大きくしなる。
「あれ? 本当だ」
アイナが手首をクイクイと動かして重さを確認すると、軽く床が揺れる。
そして、何事もなかったかのように、そっと床に置いた。
場は静まり返っていた。
床に置かれたバーベルを何人かが持ち上げようとしたが、ひとりでは持ち上がる物ではない。
「おいおい……」「マジかよ……」
たくましき男たちは驚嘆の声をあげる。
「はーっはっは。
すまないな、賭けはわしの総取りじゃ!
これがウチの新人じゃ。よろしくな!」
じーさんのリングに入金音が鳴り止まない。
みんな、俺たちの失敗に賭けてたんだな、そりゃそうか。
それよりも、俺とアイナはあることが気に掛かっていた。
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