#03 回想

 俺と藍奈は同じ日に生まれ、別々の土地で育ち、同じ日に同じ街に引っ越してきた。

 その時、初めて知ったのだ。

 自分に匹敵する身体能力の持ち主が存在することに。


 小さな身体に大人を超えるパワーを持つ子供は、どんなに気をつけても周りに危害を与えてしまう。そのためにトラブルが絶えなかった。俺も、藍奈も、前の街から逃げるように引っ越してきたのだ。

 幼くして互いが出会えたのが幸いだった。今にして思えば引き合う何かがあったのかもしれない。

 互いのパワーにはすぐに気付いた。俺たちは初めて本気で遊べ、悩みを打ち上げられる友に出会えたのだ。

 新しい街は人口が少なめの田舎町。近くに山や海、島といった自然があり、俺たちは一日中駆け回て遊びまくった。

 ただ、自分と対等な能力を持つ者の存在が嬉しかったのだ。

 互いの存在が刺激となり、ふたりのパワーは飛躍的に増大していった。

 それ以上にパワーを上手に扱えるようになり、小学校にあがるころには全く普通の子供として振る舞えるようになっていた。

 ある日、こっそり保健室に忍び込み、握力や背筋などを計測してみたが案の定計れなかった。握力計など、簡単に振り切れてしまうのだ。

 むしろ、平均値辺りの数字を出すようにするのに俺たちは苦労する事になるのだが、それは別の話。


 これだけのパワーを持ちながら、俺たちの体型は標準と呼べる範疇にあった。

 また、互いに記憶力が高く、教科書程度なら一度読めば丸暗記できた。テストも平均点を目指すべきか悩んだが、こちらは普通に満点を取り続けた。上限があるというのはありがたいことだった。

 そして測定不能のパワーを持つ筋力は、恐ろしいまでの成長を遂げていることに、俺たちは気づくことができなかった。


 そして事件が起きる。

 あれは小学3年生の運動会。

 俺と藍奈は別々のチームに振り分けられたが、無難にやり過ごしていた。

 ただ、ちょっとしたイタズラ心が芽生えたのだ。

「綱引きだけは本気を出してやってみないか?」

 それは互いのパワーの限界を知らないふたりの、本当にちょっとしたお遊びだった。

 これが後々、俺のトラウマとなる。

 話は簡単だ。スタートの合図が鳴ったら、互いに力任せに引っ張り合う。

 常人に合わせ生活する事は、俺たちにとってストレスにしかならなかった。たまには人前で全力を出すという事をしてみたかった。

 ただ、それだけの事だったのだ。

 パァン!

 ついに綱引き開始の合図が鳴った。

 俺と藍奈は約束通り全力で張り合う。互いのパワーは相殺され、一般児童のみのゲームが行われる、そのはずだった。


 ……だが、そうはならなかった。


 綱引きの綱は一瞬で引きちぎれてしまった。

 俺たちのパワーに綱は全く耐える事ができなかったのだ。

 近くで見ていた先生も一瞬の事で、起きたことが理解できなかった様子。

 ただ悲鳴や鳴き声の中、俺たちだけが『とんでもない事をしてしまった』と感じていた。


 この事はニュースとなり、ちょっとした騒ぎになった。

 その様子は動画に記録されていて、何度も流された。

 80名ほどの児童が左右に分かれ、スターターの合図と共に綱が切れた。力のよりどころを失った児童たちは左右に吹っ飛び、多数の者が負傷をし、何人かは骨を折った。

 綱引きの綱というのはかなりしっかりと作られていて、たかだか数十人の子供の力で引っ張りあってもビクともしない物だ。

 結局、子供がいかにふざけても綱が切れるということはあり得ないと世論が動き、学校の管理責任と、メーカーが責任責任が問われることとなった。


 告白した所で信じて貰えない。

 互いの両親は、俺たちがパワーがここまで上がっているとは考えていなかったためか、何も言わなかった。

 この一件以来、俺たちは自分のパワーを極端に恐れるようになった。


 そして、俺たちは成長期を迎えた。

 この頃になると、俺と藍奈の筋力に差がつき始める。

 日々成長していく自分の身体、それ以上に膨れあがるパワー。

 俺は、俺自身に恐怖する日々を送ることとなり、他人との接触を極端に避けるようになった。

 学校も休みがちになり、その頃からテストのみ受けている状況だ。

 とりあえず良い成績さえ取っておけば文句は言われない。

 こんな状況だから、たまに登校しても冷たい視線が待っているだけだ。

 まともに対応してくれるのは先生と藍奈、それからえーこくらいものだった。

 自業自得だから仕方ないのだが。


 藍奈は、自分のパワーを押さえ、皆と共存していく道を選んだ。

 そして、力ずくで俺を学校に連れて行くことを断念した。

 この頃から髪を伸ばし始め、ボーイッシュな子から“女の子”へと変わり始めた……いや、変えようとしたのだと思う。

 とにかく彼女は、ひとりの普通の女の子であり続けようとした。

 元々成績優秀であり活発であった事から、文武両道を演じざるを得なかった。

 スポーツは力を抜いて、抜いて、抜きまくって、常に2位を維持した。

 結果として“ごく普通の完璧超人”を演じ続けることとなる。

 だからといって、パワーの成長は止まることはなかった。

 この頃になるとどちらが強いか、といった事には興味がなくなっていた。ただ、ひたすら、自分の存在が恐ろしかった。


 それでも彼女は常に笑っていたんだ……。


 小学生生活を終える頃、俺は『拒食症』を演じる事を決めた。

 ネットや本で体験談を調べ上げ、それを体現し続けた。

 俺にとって不登校の理由と強すぎるパワーの減退が期待できるため一石二鳥と考えたのだ。

 ただ、藍奈にだけは、その目的を告げておいた。

 彼女は涙を浮かべ何かを言おうとして、その言葉を飲み込んだ。


 精神的に追い詰められつつあった俺は、ゲームに没頭し始めた。

 最初は単なる時間つぶしのつもりだったのが、いつの間にか止められなくなった。

 ゲームの中には自分よりも強い奴がいるのだ。対等な勝負ができる事の喜び、そして敗北。

 これまでの人生に欠けていた物がこの世界にはあった。

 意外な事に、ゲームは俺の精神的な安定をももたらしてくれた。

 最初の頃はゲームパッドやキーボードを握りつぶしてしまう事があったけれど、そのようなトラブルも減っていった。


 藍奈は毎晩のように俺の部屋にやってきた。

 もちろん不登校の俺の世話を見るという名目はあるが、主たる目的はストレス解消なんだろうと思う。

 秘密を共有していることはもちろん、彼女が思いっきり抱きついても壊れない唯一の存在が俺だからだ。

 何しろ、彼女にとっての軽い抱擁が、一般人にとっては高圧プレス機に相当するのだから。

 しかし華奢な身体に想像を絶する超パワーを宿す彼女の方が、逃げに走った俺よりも比較にならない苦労をしているのだから、俺は黙ってそれを受け入れていた。

 とにかくチート級パワーを持つ俺たちにとって、人生ってのはひどいクソゲーみたいな物だった。


 そして、その退屈で窮屈な日常は突然崩壊した。

 不思議な現象に巻き込まれたことによって……。

 謎の招待状によって始めたゲーム『リアルワールド・フロンティア』。

 それはまさしく俺たちにとって、新世界への招待状であったのだ。


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