#02 衝撃
気がつくと俺たちは白い闇の中にいた。藍奈は必死でしがみついている。
身体の自由が動かない。
俺は闇雲にもがいた。もがいて、もがいて、もがき続けると、白い闇は少しずつ払われはじめた。
「ふんっ!」
力一杯腕を振り回すと闇が晴れ、身体の自由が一気に戻ってくる。
同時に、身体の“重み”が感じられるようになる。
重力だ。
今まで上だと思っていた空間に向かって俺たちは“落ちていく”。
次から次へと起きる現象に脳がついていけない。
眼の前に森が近づいてきた。
運が良ければ枝がクッションになって助かるかもしれない。いや、そうなると信じるしかない。
俺は藍奈を守るように抱きしめ、かつ自身を守るために身体を丸めた。
背中に強い衝撃が……来なかった。
「枝をすり抜けている!?」
やがて、少しずつ背中に感覚が戻ってきた。
ペチペチと枝が当たる感覚だ。それが段々と強くなっていく。
そして、地面に激突。
俺たちは大きな窪みの中心地にあった。
「た……助かったのか?」
「大丈夫、マー君?」
藍奈が俺の胸に顔を埋めたまま問いかける。
「大丈夫……か、どうかよく分からないな。藍奈は立てるか?」
「うん……」
2人ともケガはない……が。
「ここはどこなんだ?」
「森……だよね」
植物固有の匂いが鼻をつく。風は湿ってはいるが、雨が降った形跡はない。
そして空には巨大な月がふたつ見える。
「これは……森と言うより……、いせか……」
「言わないでっ! そんな事ありえないから」
藍奈は首を強く振って否定する。俺だってそんな事は考えたくない。でも……。
カサカサカサ……。
俺たちに気付いたのか、何かが近づいてくる音がする。
藍奈に目配せすると、彼女も気付いている様子。俺はさりげなく、周りを確認する。
「やっぱ、いるな……」
ここは木に囲まれた狭い空間。奴らはじわじわと近づいてくるようだ。
「マー君、上っ!」
気が大きく揺れ、真上から何かが襲いかかってくる。
藍奈を後ろに下げ、腰を落とし、左腕で頭をガードし衝撃に備える。
奇っ怪な叫び声と共に、歪な棍棒が振り下ろされた。
棍棒の重さと奴の体重、そして落下エネルギーが俺の左腕に集中する。
ベキッ!
俺の腕よりも遙かに太い棍棒が粉々に砕け散った。
その破片の奥から敵の顔が見えてくる。明らかな驚愕の表情だ。
バランスを崩した奴は完全なる無防備。俺は余った右の拳を握り、振り抜いた。
狙いは外れ、奴の身体をチッという音を立ててかすめるだけだった。
しかし、それで充分だった。奴の身体は空中で高速に回転し、強く地面に叩きつけられる。勢いはそれで止まらず、地面にバウンドし高く舞い上がる。その回転が弱くなるとシルエットが浮かび上がる。
人型のそれは各所の関節がバラバラな方向を向いていた。
その異様さに、奴の仲間から奇声があがる。
「いけるっ!」
俺は思わず声を出していた。身体は充分に動く。
すぐに奇声の発生源を確認する。2カ所だ。
まず右手の方向に向けて走り出す。この距離なら一瞬で到達できる。敵は俺の動きを捕捉できていない。
木を背にした奴の表情が恐怖に変わる。が、すでに遅い。自身のポジションが逃げ道を塞いでいるのだ。
俺は拳を握りしめる。
メキィ。
奴は後悔しているはずだ。
手を出してはいけない者に手を出してしまったことを。おとなしく見逃せば良かったと。
俺の拳は奴の顔を打ち抜き、そのまま背にした大木にめり込んだ。
3匹目に目を向けると、そいつは背を向け木の陰に隠れた。
大木から拳を引き抜くと、足元にあったサッカーボールくらいの石を拾い上げた。
もちろん片手で。そして狙いをつけ、3匹目が隠れた木に向かって投げつける。
空気を切り裂き一直線に飛ぶ石は、巨大な音を立てて木をぶち抜き、そのまま真っ直ぐに飛んでいった。
そして、木の陰からゆっくりと奴が倒れ込む。まるに西部劇で銃に打ち抜かれたモブキャラのように。
「やったか?」
そう言った俺の身体に異変が起きる。
眼が回り、立っていられなくなった。運動不足と不摂生がたたったのだ。
お約束をする余裕なんかないのに。
倒れ込む俺の視界に目標を変更したのだろう、藍奈の元に向かう奴らが見える。
2匹が棍棒を振りかざし、そしてもう1匹が木の上から弓で狙っている。
藍奈の左右から、2匹の奴らが殴りかかる。と同時に木の上のアーチャーが弓を放つ。
しかし彼女は動じる事もなく、最小限の動きで2匹の攻撃を避けた。
1匹目の足を引っかけて転ばせ、同時に2匹目の首根っこを掴む。
そして片手で高々と持ち上げ矢の的とした。矢は見事に命中、2匹目は動かなくなった。
だらりと下がった腕から棍棒が抜け落ちる。
藍奈は矢の飛んできた方向を睨み、目標を発見する。
次の矢を構えようとするアーチャー。
藍奈は2匹目をそいつに向かって投げつける。凄まじいスピードでその身体は飛んでいき、アーチャーの木に当たった。
音を立てて木は大きく後ろにしなる。
アーチャーは落ちないように木にしがみつくと、さらに大きく木が揺れる。
下を見ると、いつの間にか藍奈が根元にいた。アーチャーに恐怖の表情が浮かび、声もあげられない。
藍奈がパンチを繰り出すと、木はバネのようにしなる。タイミングを合わせ、大きく円を描いた回し蹴りを喰らわせると大木は簡単にへし折れてしまう。
一度、宙に浮いた大木はそのまま勢いよく地面に激突。しがみついていたアーチャーはそのまま下敷きとなった。
最初に藍奈を襲った1匹は、その惨劇を最後まで見届ける事なく逃げ出していた。藍奈の位置からは、その背中が森の中から見える。
「遅いっ」
藍奈は走り出す。一瞬で加速すると森の中に消えていく。
そしてすぐ、森の中から1匹目が宙を飛んでくる。地面に落ちた時にはすでに息がなかった。
少しの間を置いて、ゆっくりと藍奈が戻ってきた。
「もういないみたい」
「すまない、藍奈……」
俺は起ち上がろうとするが、まだ目眩が治まらない。
「ダメだよ、ちゃんと食べないと」
そう言って彼女は俺を横抱き……いわゆるお姫様だっこした。
まるで俺の体重などないかのように。
「お、おい。いいよ、恥ずかしい」
「いいじゃない、誰も見てないし。というか、もし誰かが見てたら……」
藍奈は自身が蹴り倒した木を見る。
一撃でたたき折られたそれは、どう見ても異常だ。
「ああ……。ちょっと面倒な事になるかもな。
それより……あそこに連れてってくれ」
俺は一匹の敵……だった物を指さした。
藍奈はそこに行くと、俺を降ろした。
「マー君、これって……やっぱり」
「……ゴブリンだ。信じられないけどな」
「って事は、私たち、やっぱり……」
「ゲームの世界に来ちまった、って事らしい。
そんな事があるのか?」
藍奈は頭を抱える。
「夢中で倒しちゃったけど、良かったのかな?」
「いきなり襲われたんだ、仕方ないさ。それより見てくれ」
俺はゴブリンの顔を指さす。
「あ……、ハート型のアザ。って事はやっぱり……」
「確かあっちは左耳が欠けてたと思う」
俺が指摘すると藍奈は近くに行って確認する。
「……うん、欠けてた。
やだ、怖い」
「でも、違う所もあるんだ。
設定だと120センチ位なのに、こいつら140とか150位はあるだろ?
だから、すこし大きい」
「じゃあ、ゲームより強いって事?」
俺は苦笑いする。
「それは分からないな。比較する物がないし。
他にもあるんだ。設定では武器は棍棒のみで弓矢は使わない。それに木にも登らない」
「うーん、もしかしてゲームより面倒って事?」
「そうかもな。それにもし、ここがあのゲームの中だとしたら……」
「……あっ、例の女騎士がここにいる可能性もあるって事か。
でも、私たちなら勝てるんじゃない?」
「勝てるかもしれないけど……無駄な戦いは避けたい。
あのゲームの通りなら、あっちに街があるはず」
「ん、分かった。マー君の判断に従う。
そもそも私、このゲームのことよく知らないしね」
俺は起ち上がった。
「よし、決まった!
それより藍奈、お前のスリッパあるか? 流石に裸足だと痛い」
「たぶんあの辺にあるけど、私はどうするの?」
俺は藍奈を横抱きにした。
「これでいいだろ? さっきのお返しだ」
「逆の方が良いんじゃない?」
「走らなきゃ大丈夫だ。
それに、少しは男に格好つけさせろ」
「ん、分かった」
俺は彼女のスリッパを履き、街に向かって歩き始めた。
端から見ると、きっとかなり間抜けだ。
「あれ? お前体重何キロだ?」
「そんな事聞かないでよ……。リンゴ3個分。
それよりさ、このまま眠っちゃても良い?」
「構わないけど、揺れるぞ」
「ん、信じてるから」
藍奈はそっと眼を閉じた。俺はしばらく歩き続けた。
「ねぇ、マー君……」
「起きてたのか。なんだ?」
「……なんか、『異世界キター!』って気分にはならないもんだね」
「はは、そうだな。自分の意思で来たわけじゃないしな。
文字通り右も左も分からない。
何をしたら良いのか……今は不安しかないよ」
「マー君は正直だね。
でも、私も同じ。
……眼が覚めたら、元の世界に戻ってるといいな」
「ああ、ゆっくり休め。
きっと夢なら覚めるさ」
「……うん。ねぇ、マー君」
「ん?」
「絶対に離れちゃ嫌だよ……」
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