お風呂。
私は、恋人や夫婦というものは、いっしょにお風呂に入るものだと思っていた。
入るものだ。
——っていうのが、言い過ぎだって言うなら、
入るべき?(個人的主張として)
入るのが好ましい?(選択の余地)
入る人が多い?(統計)
入る方がよい?(アドバイス)
どう言ったらいいかわからないけど、
要するに、私は入りたいです!! ってことだ。
実際、それまで付き合った人たちとは、浴槽にお湯を張る場合はほぼいっしょに入っていた。
夫がまともに女性と付き合ったことがないっていうことで、
初めての時、「いっしょに入るよね」と当然のように私は言った。
結果、夫はまったく抵抗なく、私が先に入っていた浴室にあとから入ってきてくれた。
浴室の灯りにしっかり照らされて、夫の全身を初めてちゃんと見た瞬間だった。
「ほぅ、こういうふうになってるのね」って私は思った。
ここまでふくよかな体型の人の、ポコンと出たお腹から下半身へのラインがいったいどうなっているのか、実はよくわかっていなかったから。
思った以上にインパクトがあった。
ズボンが下がらないようにきつく締められるのであろうベルトのあとが、くっきりついている。
夫の体は、社会生活のための締め付けに耐えて、がんばってるんだなぁ、なんて思った。
私は浴槽に浸かり、夫は洗い場で体を洗う。背中は私が洗ってあげた。
それから夫も浴槽に入る。
お湯が、夫の体積の分、ザバーッと流れてしまう。
後ろから私の体を包むような格好で夫がお湯の中に落ち着くと、私は前に回された夫の手をいじる。
指が長い、大きな手。
夫は手がきれいだ。
私は、特段そのことで男性に惚れたりはしないけど、これはおまけとしてついてきた美点だった。
そんなふうに、私は理想通りの夫婦のお風呂タイムを楽しんでいた。
夫も当初、夫婦はいっしょにお風呂に入るものだということを「言ってもらってよかった」と言っていた。じゃなければ、知らずに自分は一人で入っていたかもしれないから、という意味で。
それなのに。
ある日突然、今日は一人でお風呂に入りたい、と夫が言った。
なんで!? と、びっくりして、同時に悲しくなる私。
夫はしばし言いにくそうにしてから、本当は最初から一人で入りたいと思っていた、と。
夫婦はそういうものと私が言うので従っていたけど、「よく考えてみたら、うちの両親がいっしょにお風呂に入っていたという記憶がない」と言った。
バレたか。。。
と、残念に思いつつ、かなりがんばって主張した。
でも、いっしょに入る人はいっぱいいるんだよ!?(当社の都合のよい統計)
これまで楽しく入ってたじゃない?
本当は楽しくなかったって言われたら、悲しいよ。
「言ってもらってよかった」って言ってたのに?
私はいっしょに入りたいのに!?
夫が(私から見たら駄々っ子のように)はっきりした理由も言わずに何かを拒否したのは、たぶんこれが初めてだった。
本当に悲しかったけど、とにかく一人で入りたいんだと引き下がらない様子を見て、よっぽどのことなんだろうと私も飲み込んだ。
その後、今日まで何度か「今日はいっしょに入ろうよ」って言ったことがある。
却下されることの方が多かったけど、特別な夜には1、2回入ってくれたかな。
目下、私たち夫婦の間ではこの交渉が一番難しいということになっている。
「トシ取ってくると、誰かに体をチェックしてもらうってのも大事になってくるんだよ? ちょっと痩せたんじゃない? とかさ」
年月を経て、もはやセクシーの欠片もなくなって、実務的な(?)殺し文句(脅し文句とも言う?)になってきてるのが、なんとも切ない。。。
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