婚姻届。

バカみたいだけど、中学生の初恋みたいなときめきのせいで、

私は寝不足になっていた。

とにかく四六時中幸せで、ミョーなコーフン状態がずっと続いていて、

毎晩すぐには眠れないのだ。


幸せ過ぎるって、こういうことなの?

それとも何かの病気?

このままではどうにかなってしまう。

ビッグバンを起こして、粉々になってしまうかも。

こんなんで体を壊したら、元も子もない。

どうしたらいいの?


こういうのが夫から見たら「?」なことだったわけだけど、

私は密かに悩むくらいには重症になっていた。


とにかく眠らなくちゃ。

ということで、精神科に電話をかけた。眠剤がほしいと思ったのだ。

だけど、どこにかけても、緊急性のある症状がない限り予約は1カ月とか数カ月とか先まで取れないと言う。


友だちに会った時、幸せ過ぎて眠れなくて精神科に電話したと言ったら、

大爆笑された。


それにしても、みんなズルい。

と、私は思った。

聞いてないよ〜と思った。

既婚の友だちは誰も、結婚する時、こんなに幸せだって言ってなかったよね!?

多少、幸せそうには見えたけど、こんなに弾けそうなくらいだった?

そこまでには見えなかったんですけど?

だけど陰では、こんなどうしようもないくらいの幸せを味わいながら、それを隠してたの?

ズルいよ、ズルい……


私がそう言うと、

どうだろ??

と、友だちは素っ気なく言った。

幸せだったような気もするけど、みさえちゃんほどじゃなかった気もするし。

もう忘れちゃったよ。今は、ダンナに早く死んでほしいと思ってるからね。

と、笑っている。


え、今こんなに幸せでも、何年かしたらそんなふうになっちゃうの!?


本当に、結婚とはかくも未知なるものだった。。。

私なりのイメージはあったけど、私ごときの想像はまったく実像(?)に追いついてなかったということなのか。


まあ、人によるよね。

私の周りの友だちはみんなとっくに冷めてるけど、みさえちゃんもそうなるかどうかは……?

友だちはそう言って、しみじみと私を見て付け加えた。

「このトシになって、そんな幸せな思いできるなんてうらやましい。晩婚の方がいいのかもね」って。


ちなみにこの友だちは、ひたすら旦那様の単身赴任を願い続けて、その後めでたく(?)叶えられ、「今が一番幸せ」と言っていた。


一方、私の幸せはこれがピークじゃなかった。

このあと、夫のせいで、それは宇宙規模にまで膨らむことになる。



12月の初め、夫が婚姻届を持って私の住む街へ車で来てくれた。


実家に郵送して保証人の欄を親に記入してもらって、夫のもとに返送されてきたばかりというタイミングだった。


私の仕事帰りに落ち合って、ファミレスで向かい合って座る。

結婚を決めてからは、これが初めての対面だった。

多少照れくさい気持ちはありながら、以前に何度か会ってた時よりはお互いを知ってる感じがした。


夫がテーブルに書類を広げて、黒いペンで自分の欄を書き始める。

初めて見る夫の文字は、大人っぽい印象だった。

「達筆ですね」と私が言うと、そうですか? そんなこと言われたことないけど、と顔も上げずに答えた。


書き終わって印鑑を押すと、私に手渡してくれた。

正位置から見ると、夫の字は少しクシャクシャして見えた。急いで書くことに慣れてるような字。


「あとは、入籍の日までに私が保証人と自分の欄を埋めて、持ってくればいいんですよね」

そう確認しながら、大事に書類をしまう。

いよいよという実感で、ファミレスのシートから腰が浮き上がってしまいそうだった。

だってもう、夫は自分の名前を婚姻届に書いたんだよ!?

本当に結婚するんだよ、私たち。

顔がにやけてしまう。


そのあと何を話したか覚えてないけど、それはきっと、車で家まで送ってくれた時のことがあまりに衝撃的だったからだと思う。

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