消去法の女。
私の中ではっきりしているのは、とりあえず夫から私の存在を拒否されなかったということだけだった。
夫はSNSでも、電話でも、断ることで彼女を傷つけるということにかなり苦悶しているのが見て取れた。
その後のメールで、「大丈夫ですか?」なんてトンチンカンにも聞こえる言葉をかけた時、「情の薄い人間なので、今しばらくは落ち込んだとしても、そのうち仕事の煩雑さに紛れていくと思います」などと夫は書いてきた。
だけど、紛れないかもしれないよね? なかなか心が整理できないかもしれないよね? だって、一生のことだもの。
あるいは、夫のお断りに対して、彼女がまた食い下がってくる可能性だってある。そこでまた子供を武器に攻撃(?)されたら、グラグラが再燃するかもしれない。
何より、私自身が、手放しで突き進んでいいのだろうか? と、ずっと悶々としている。
結局、1週間ほどの間は覚悟していた。
「やっぱり……」と私の方が断られる可能性もあるかもしれないって。
一方で、自分から身を引くことも、何度も考えた。
私さえいなければ、二人はふつうに結婚して、おそらくふつうに子供が持てるんだ。二人分の願いが叶って、すごく幸せなことだ。
でも、私と夫が結婚すれば、私が子供を持ちたい願望は自分のせいで叶えられないのだからしょうがないとしても、夫も子供が持てないし、ふられた彼女も夫と子供の両方(の可能性)を失うことになる。
どう考えても、後者のほうがダメだ。メリットが少ない。
私一人のワガママを通しちゃいけない。
わかっているけど、そう考えるたびに涙が出た。
悲しくて悲しくて、言い出せなかった。
夫の方から「やっぱり……」と言われたらおとなしく引こうと思うのに、自分から言えないなんて、私はずるいと自分を責めたりもした。
ちょうど1週間後、このことを知らせてある女友だちと会う機会があった。
実は、このまま夫の決断を受け入れていいのか悩んでいると打ち明けると、「なんで!?」と驚かれた。
グダグダ考えてきたことを説明すると、「でも、あっちが決めたって言ってるんだったら、それ以上こっちが考えなくてもいいんじゃない?」と、こともなげに言う。
「そんなんじゃ、自分の幸せなんてつかめないよ。こういうことは、遠慮してちゃダメだと思う」
あまりにも当たり前のように言われて、突き進むことに許可が下りたかのように気が楽になった。
あんなに悩んでいたのがウソみたいに。
電話のあとの夫とのメールのやり取りでも、夫は私の悩みなど想像すべくもないふうで、積極的に結婚に向かっての話を進めたがっているように見えた。
一度だけ、本当にその人を断ってよかったのか確認したところ、夫はあらためて「筋」と「順番」の話をしてから、私を選んだ理由を書いてきた。
そっちの彼女は、時々、こちらのすべてを否定してくるような「こわさ」を感じることがあったけど、たまきさんには全然そういうのを感じない。
——これが、夫にとってかなり大きいポイントなのだ、ということだった。
女の人とほとんど付き合ったことがない、奥手だ、と言っていたけど、
そういう人にとっては女性が未知すぎて、こわく見えるってことなのかな。
それにしても、もうちょっと積極的に「好き」と思うポイントはないもの?
夫の方でも自分でそう気づいたらしく、「消去法みたいな言い方ですみません」と言って、こう付け足してきた。
「
この人なら大丈夫そうだと最初に思ったのは、
初めてこちらに来てくれた時です。
あの時、せっかくの食事でヘンな店に連れて行ってしまったのに、
たまきさんは、そのことを少しも不満に思ってる様子がなくて、
むしろ楽しんでるように見えたので、こういう人はいいなと思いました。
」
そんなことで? と、私は驚いた。
あれは、確かにヘンな店だった。
でも、アクシデントの中に面白みを見つけ出した方がお得に決まってる。
私はただ、せっかくのデートなんだから、細部まで全部を楽しみたいと思ってるだけなのだ。
それがよかったというなら、それでよかったけど。
でも、好きな人になら、どんな店に連れて行かれようとガッカリなんてするわけない。いっしょにいるだけで楽しいし、うれしいんだから。
本当にヘンな店だったけど、それが私たちの縁を結ぶきっかけを作ってくれることになるなんて、あの時は知る由もなかった。
ヘンな店バンザイ、ありがとう、と言いたい。
結婚した後も私たちはその「思い出の店」に行っていない(それくらい、一度でいいかなって感じの店だから)。
でも、前を通るたびに可笑しいし、二人で通る時には思い出話をする。
というわけで、私は消去法の末に選ばれた。
「消去法の女」!? と思ったけれど、メールの最後にこうあった。
「
私は『好き好き大好き』という気持ちがわからないのです。
誰にであれ、今まで一度も感じたことがありません。
でも、そんな私でも、
この人は自分にとって好ましいかどうかくらいの感覚はあります。
そんなわけで、一つの選択をさせていただいたということです。
かなり控えめな言い方に聞こえるかもしれませんが、
気を悪くなさらないでください。
これでも、私なりの好意の表現と思っていただければ幸いです。
」
好き好き大好き……ではないけれど、
まったくのフラットよりは、ちょっとはプラス方向にあるらしい。
ということは、わかった。
それでも、私は十分だった。
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