「情報の不均衡」。

二番手以降の人は必要な時が来たらしかるべく対処するとして、

肝心の「本命の人」をどう攻略するか。


方策を見出せずに悶々として、いっそあちらにボールを投げて、

返してよこしたもので考えようと、7通ものメールを書いたって話に戻ると──。



夫とのメールフォルダを見ると、出せなかった7通の下書きの次に9月の初旬の日付で、

私のメールがある。

つまり、返事をもらえたということであり、これが実にうまいメールだった。


書かれていることが作り話なのか本当だったのか記憶があいまいだけど、

絶対に返事がもらえるような質問メールだったのだ。


要点はざっとこんな感じ。


12月の連休に友だちが会おうと言って、都合を訊いて来た。

カレンダーを見ると、それはつまりクリスマス前後の日程ということで、


それだったら、私はM夫さん(夫のこと)とごはんが食べたいって


かなり先の話だけど、早めにお伺いしておきます。

もうご予定入っていますか?

もし空いていてOKなようだったら、M夫さんとの食事を優先して友だちに返事をしたいと思うので、12月●日あたりのご予定を教えてください。


これとて、もちろんリスクがあった。


付き合ってる恋人同士じゃあるまいし、普通なら「そんな先の予定はわからない」とか「今からは確約できない」ってなる。

万一、予定がないってなっても、そんな先の予定入れてくれる確証はない。


万万が一、「一応、予定入れておきますね」ってなったとしても、「でも、かなり先のことなのでどうなるかわかりませんけど」ってなる。


今から予定を入れてくれて、絶対的に(仕事などじゃない限り)それを優先してくれるのは、ちゃんとした恋人同士に限る。


いずれにしても、そもそも3カ月以上も先のことだ。

その時まで、また「どうやって繋ぐか問題」は依然として残る。


でも、逆に言えば、クリスマスまで二人の糸は細くとも切れずにいられることになるはず。

そんな細い糸でもないよりはマシ。そんなものにでも縋りたいと思うほどに、ほかに何もなかったってことだ。


それより、もしすでにアマオケ行事や出張、はたまたプライベートの予定が入っていたら?

仕事なら「残念」で済むけど、プライベートだとしたら、特別な何かである可能性が高い。「残念」では済まないような。


それも運命。なのかもしれない。

断り方のニュアンスで、私は何らかの答えにたどり着くだろう。

さらに悪あがきを続けるということも含めて。



という覚悟のもと、はたして夫の答えは──


「今のところ何も予定は入っていないけど、ずいぶん先のことなのでどうなるかわからない。

確実に言えるのは、その前後の日には仕事が入っているということだけ」。


もしこれだけだったら、とりあえず断られてはいないけど、積極性も感じられない……と思うところ。


おそらく、当時の私の好き度から言えば、断られてないことに安堵して、よければ一応予定を入れておいてもらえますかと、また何とか糸をつなげて、この3カ月をまた堂々巡りの悶々状態で過ごしてただろう。


ところが、思いがけない文言がその文章のあとについていた。


「それとは関係ないけど」と前置きして、


「最近気になっているのは、です」


と書いてあった。


頭の上に「?」マークを浮かべて先を読むと、

夫は Facebook や Twitter で自分のことは私に全部伝わっているのに、

自分が私のことを知るよすががない、と、要するに不満を持ってるらしかった。


「こちらの気持ちを動かす材料が、不足してるように感じます」


メールは、そう締めくくられていた。


やだー! もう、最初から言ってよー!!


って、お調子者の私は飛び上がった。

望むところだったから。


一方で、今までこんなにがんばって(ほとんど私から)メールしていたのに、「気持ちを動かす材料が……」って。。。

今までの私の努力は!? 人の気も知らないで!! とも思った。


そして、私がいくら夫の Twitter を見て、そこに書かれてることをネタにメールしてもまったく反応をよこさなかったのは、その点が釈然としなかったからということ? と、合点もいった。


わりと初期の段階で夫が(本名で) Twitter をやってると知って、見てもいいかと訊いたら、世界中の人が勝手に見られる仕様なのだからご自由に、みたいな言い方をされた。

その時、私のアカウントは訊いて来なかったので、きっと興味ないんだろうと思って、こちらから言うのもフォローを強要してるみたいでイヤだったし、何より私はあまり更新もしてなかった。

たま〜に投稿する内容も、仕事のグチとか、あまり友だちにも言えないようなことを謎めかして書いてるだけだったから、むしろ、見られたらポイントが下がりそうだとも思ったのだった。

素直に相互フォローすればよかったのかもしれない。



情報の不均衡を解消すべく私が最初にしたのは、すぐにパソコンを開いて自分のブログをチェックすることだった。


私のブログは、リアルの知り合いにオープンにしてる「見られていい話」「私が書いてることがバレても大丈夫な話」ばかりの公式(?)なものと、「ちょっと憚られるかもしれない話」も書いてて誰にも言ってない本音のブログがあった。


もちろん、チェックしたのは公式の方で、翌日の昼までかかってちょっとお下品な表現を書き直したり、好きな人に見られたら恥ずかしい話を非公開にしたりして(笑)、それから夫にURLを伝えた。


Twitter も、あまり更新してないけど……と付け加えて一応教えて、めでたく相互フォローとなり、それ以降は投稿内容に気をつけた。



こんな気難しさ(?)をぶつけられても、好きな気持ちが少しも揺らがないなんて、どうかしてる。

「情報の不均衡」というのが、夫も私のことを知りたいと思っていたのだと(拡大)解釈していいのだとしたら、私にとっては思いがけないですらあった。


惚れた弱みって、呆れちゃうほど恐ろしい。


ともあれ、少なくともこの時点までで、あの(進退を決するための)7通のメールはどれも出さなくてよかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る