赤信号。
次のデート機会として勝手に設定していた、夫の9月の定期演奏会。
花火(のはずだった)デートの最後の夜ごはんの席で、「次回の約束」という意味で予定を固めようとした私に、「もうチケットがないかもしれない」と言った夫。
言葉だけ見ると、積極的に来てほしいとは思ってないのだな、と感じる。
期待していた招待券が発行されないとわかった時点で、連絡をくれるでもなく、有料のチケットを確保してくれるでもなく、どうやら忘れてさえいたようだった。
ボソッと、すみませんと言ってくれたけれど……
私はガッカリした。というより、かなり落ち込んだ。
今はわかる。
きっと、「しまった……」と思ったんだろう。けれど、そういう時にとっさにその場をソツなく取り繕うような器用さが、夫にはない。
実質的にどうにかしようにも、チケットも売り切れかもしれない。
——そのことを、そのまま言うしかなかったんだよね、きっと。
チケットがまだ売っているかどうかは問い合わせればわかることだ。
その結果、まだ残ってれば買えばいいし、なければ団員仲間にチケット余ってないか訊いたりしてくれれば、結局手に入らなくても、私はうれしいと思っただろう。
だけど、そういう申し出もなく、私が自分で問い合わせてみるってことになった。
それはいい。しかたないし、やるしかない。
それより、花火も順延、デートは尻すぼみ、次回の約束は「本当は、会いたくないのかも?」と思うほどの積極性のなさ——その成り行きからの私の落ち込み。傷つく前にこの人は諦めた方がいいかもという後ろ向きな気持ちが問題だった。もはや、危険水域に達しそうだった。
夫の馴染みであるらしい店で、いつもどおり、そんなに会話が盛り上がるわけでもない中、時々は小さく笑ってくれていたけど、この段階ではその笑顔効果も薄かった。
決定的だったのは、それぞれの寝床のあるところへ帰るべく歩いて、私のホテルの前で「着いちゃった」と私が言った時。
こちらに向き直るふうでもなく、「着きました……」と言って軽く会釈したまま、「では」と行こうとしていたこと。
「明日からの出張、気をつけて」と急いで言うと、「明日はご一緒できませんけど、楽しんでいってください」と返してきた。歩みを止めないまま、こちらをちゃんと見ることもなく。
私は立ち尽くして、彼が角を曲がって見えなくなるまで見ていたけれど、こちらを振り返ることはなかった。
その幕切れに、私の胸はまた潰れそうになっていた。
振り向かなかった後ろ姿を思うと、メールなりで「今日のお礼」をすぐに送るのも逆効果に思われた。
もちろん、あちらからメールが来ることもなかった。
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