雨。
夫からは、何度か「宿はどうなった?」という確認のメールがあった。
私はずっと、「まだ取れてないけど、代理店の人が最悪前日や当日でもたいていキャンセルが出るから大丈夫と言っている」などと返していた。
夫は素直にそれを信じたようで、私が期待する選択肢を提案してくることはなかった。
もし、言ってくれたら、私はホテルが取れたあとでもそれを内緒でキャンセルして、夫の家のお泊まりを選んでいたと思う。
1カ月前。
ネット回線が混み合う中、JRの往復切符を取った。
争奪戦で、帰りは翌日の夕方のになってしまった。
が、むしろ、望むところだ。翌日も半日くらいデートしてもらえるかもしれない。いや、きっとしてくれるだろう。
ところが、ちょっと残念な知らせが二つ来た。
「言うのを忘れていたけど、花火の翌日は朝早くから出張に出かける」
「花火の日は曇り時々雨の予報。降水確率は70%らしい」
もはやここまで来ると、花火よりも、翌日デートよりも、夫の家に泊まらせてくれるかどうか。
私の焦点はそこにシフトしていった。もし泊まらせてくれるとなったら、あとはどうでもよくなった。
はたして、花火当日は朝から雨。
なんとか夜までにはやんで、花火大会が開かれますように。
もし順延になるとしても、その決定がなるべく遅くなりますように。
そう祈るしかなかった。
なぜなら、まったく涙ぐましいほどのバカだけど、私は当日になってもまだ、泊まるところがないことにしていたから。
万一、早めに順延となってしまったら、絶対に「JRのチケットを取り直して、今日のうちに帰った方がいい」って言われてしまうに決まってる。
傘をさしながら、二人で郊外の庭園や自然林を散策した。
雨はなかなかやみそうにないばかりか、時々激しくなったりする。
私が、宿はギリギリになれば絶対取れるらしいから大丈夫と言っていたせいか、夫は1、2回「連絡来た?」と訊いてきたきりだった。
こうなると、「うちに泊まっていいよ」なんてますます言いそうもない。
私はいよいよ作戦の切り替えを迫られていた。
頃合いを見て、「携帯に、ホテルが取れたと代理店からメール連絡が入っていた」と言うつもりだった。
そこへ、夫が「あぁ、花火が明日に順延決定しちゃった」とネットを見て言ってきた。
明日は夕方には私は帰ってしまうし、夫は朝から出張。
花火デートはあえなく消えてしまった。このあとどうするか。
JRを取り直して……などと夫が言い出さないうちに、夜までデートの時間を確保しなくては!
私はそこで「いま、思い出した!」というふうを装って、急いで携帯のメールを開いて言った。
「あ! 代理店から連絡入ってました! 宿、取れましたって!」
もちろん、そんなメールはどこにも届いてない。私のお芝居。
じゃあ、今日は夜ごはんを食べて解散だね、ということになった。
花火もお泊まりの夢も、「雨のデート」に置き換わってしまったけど、夫の口から「お泊まり」の真逆の「早めに切り上げて帰った方がいい」などの言葉を聞きたくなかったし、最低限のラインはキープできたからよしとした。
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