逃避行。
さて、夜ごはんまでどうしようか。
夫の方から「温泉でも行く?」と提案があった。
お泊まりがなくなったので、私はもともと好きだった「混浴の温泉」に行きたいと言った。そろそろデートにも、多少の色気がほしい。
賭けに出ていた時の感覚が、まだ私の中に残っていたらしい。
私がどうしてもともと混浴が好きだったのか。
温泉ってなかなか公共交通機関を使っては行かないと思う。となると、運転免許もない私は、車を持っている人に連れて行ってもらうことになる。
が、類友で、女友だちもみんな車を持っていない。
その結果。
温泉が好きなのに、なかなか行けない。
行ける時は男性とばかり。すると、入浴の時はバラバラになってしまって、「気持ちいいね」と言い合ったり、お湯につかりながらゆっくりとおしゃべりをしたりができない。
メインイベントが別々って、なんかさびしい。
だから、私の中では、温泉は混浴がいいよねっていう結論に至っていたのだ。
夫はネットで調べてくれたけれど、近場に手ごろな混浴温泉はないらしかった。
いくつかの候補の中で、私は有名な地名に反応して、そこへ行きたいと言った。
けっこう、山奥らしかった。
「山だから、雨がもっとひどくなったら、帰り道が通行止めとかになるかも」と夫が言った。
私は心の中で、いっそ山奥に二人で閉じ込められたい、と思った。
それくらいの不測の事態なら、かえってワクワクドキドキしておもしろい。私はそういう性格なのだ。
「まあ、行けるところまで行ってみよう」
もしかすると夫は、遠路はるばるやって来たのに花火が見られなくなってしまった私に気を使って、私の気が済むような形で時間を潰す、というスタンスになっていたのかもしれない。
まるで、未知の世界への冒険へ二人で乗り出したかのようなスリリングな高揚感があった。
はっきりしない現実から、二人だけの世界という別の既成事実へ逃げ込む——そんな気分だった。
私は車の中で、2カ月くらい前に行った旅行の話をした。
この話は絶対にしようと思っていた。
見て感動した景色。どんなハプニングを乗り越えてそこに辿り着いたのか。どんなものが美味しかったか。
車が山を上るにつれて、雨はどんどんひどくなった。ワイパーがフロントガラスを拭うたびに、かなりの量の水流がザザッと吹き飛ばされる。タイヤは水たまりの水を何度も高く跳ね上げた。
内心、「大丈夫かなぁ」と思った。
帰れなくなることよりも、目的地に辿り着く前に通行止めになってしまうことが心配だった。どこまでも貪欲にワクドキ感を求め続けている自分に呆れる。
それも、夫と一緒に、という条件付きだからこそ、なのだけど。。。
夫は、私のおしゃべりにあまり反応して来なかった。
悪天候の山道での運転に意識を集中しているのか、それとも話がおもしろくないのか。
はたまた何か別のことを考えて、多少、上の空でいるのか。
とっておきの話をしたつもりだったので、私は少し拍子抜けしていた。
だけど、地上の現実に戻るまでは、二人は離れられないのだ。
雨に降り籠められながら、私はむしろ安心して状況に浸っていた。
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