打ち止め。
駆け込みのデートの約束。
はたして、それほど遅くはない時間に会えることになって、天にも昇る気持ちで急いで駆けつけた。
待ち合わせ場所に現れた夫は、とても疲れた顔をしていた。
でも、せっかく来てくれたんだ。
そこを過度に労うよりも、楽しい雰囲気を作って、美味しいお酒と料理で疲れを癒してもらおう。
私はがんばって、明るく振る舞った。
「私、今日のお店、自信あるんです」
「?」
「ふふふ、行ったらわかりますよ」
私はニヤニヤが止まらなかった。
夫がFacebookに上げていた鳥の声を私が覚えていて、その鳥にちなんだ店名のお店に案内する。
デートの演出としては、なかなかいいアイデアだと内心自画自賛していた。
でも、待てよ。
偶然にその店名を見つけてテンション上がって、どんな料理が得意なのか、お店の雰囲気は? 何より口コミの評価は??
などなどの、もっと大事なことをちゃんとチェックしてなかった。
自信あるなんて言っちゃって、大丈夫かな。。。
店の前に着いて店名を指差すと、夫はかすかに反応を示した。
「ね?」という感じで笑いかけると、夫も少し笑った。
「でも、初めて入るお店なので、美味しいかどうかはわかりませんけど」
てへぺろ状態で、一応、付け加えた。
結果から言うと、座席はそれぞれ距離を取って配置してあり、背もたれ付きベンチ風の椅子は落ちついてゆったりと座れて、お酒については私は詳しくないので評価はできないけど、お料理は悪くはなかった。
出張で来ていた夫は、仕事が今どういうふうに面倒な状況なのかを話してくれた。
確かに大変そうで、憂うつな様子をしていたので、「そんな時に会ってくれて…」とお礼を言うと、「食事はどうせ取るものだから」という返事だった。
私は長く引き止めるのは気が引けたし、夫も一軒で帰るつもりらしかった。
とにかく、思いがけず今日突然会えたのだ。それだけでありがたかった。欲は出さないでおこう。
会計を済ませると、一緒に歩き出した。
私はホテルの前まで送るつもりだった。いや、送るというよりも、少しでも一緒にいたかったのだ。
途中、地下に下りる階段があり、夫が立ち止まった。
私は一緒に下りるつもりだったのだけど、彼は立ち止まったまま。
私が、下りようというしぐさをすると、どうして? というような顔をする。
そして、「こっちから行った方が近いでしょ?」と地上の別の方向を指差してくる。
「ホテルまで行きますよ」と私が言うと、「いいですよ、遠回りだろうし、一人で帰れます」とつれない。
ズーンと悲しくなる私。
なかなか会えないのに、会えても、少しでもその時間を長く一緒に、と彼は思ったりしないんだな。
そう思ったら、こっちから行った方が近いと促している夫が、私を拒絶してるように感じられてしまった。
今日はこれでもういい。早く、離れたいんだ、と。
疲れてもいるだろうから、これ以上、煩わせたくない。
私はお礼と「気をつけて」の言葉とともに、一人で階段を下りていく夫を見送った。
明日から、またどうやってこの細い糸をつないでいったらいいだろう?
悲しくて、半ば途方に暮れながら、とぼとぼと自分の帰路についた。
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