ただ飲みに行くだけなのに。

結局、私たちのゴールデンウィークデートは、表向きは何かをはっきりさせるようなものにならなかったように思えた。

次の約束すらなし。


ただ、すでに大好きになっていた私だけじゃなくて、夫の中でも、彼自身はっきりと気づかないくらいかすかに何かが動き出していたみたいで、それは結婚を決めたあとに知った。


とは言え、この時はまだ何も形になっていなくて、私にとってはまた悶々とした日々が始まった。


メールも、もう自己紹介的なことばかり話してる段階じゃない。

こういう時、何をどれくらいのペースで送ればいいの?


四六時中考えてるけど、そんなことはおくびにも出さず、抑えめな頻度で、さりげなさを装って、当たり障りなく近況を手紙っぽく書く。

返事は相変わらず遅い。


実際、夫はその年のその時期、とても忙しかったみたい。


そんな中、出張で私の住む町へ「明日突然」来ることになったと言ってきた。


問題は、ただ「来る」と書いてあるだけだったこと。


さて、これは会えるということなのか、それともただの近況報告?


万事がこんな調子。

私が黙っていたら、何も起きないし、何も進まないように見える。


「会うお時間ありますか?」

「仕事のあと時間が取れたら、食事くらいはできるかも」


素っ気ない。ように見える。

積極的に会いたいと思ってくれてるのか、私が会いたいなら会ってもいいけど…くらいの気持ちなのか。


いちいち私次第な感じ。


あとで訊いたら、「ああいう時、どうしたらいいかまったくわからなかった」らしい。

なにしろ、「恋愛で、好き好き大好き〜と盛り上がってる人の気持ちがわからない。自分は一度もそうなったことがない」人で、おつきあいの進め方——どの時点で何をどうするのか、何か伝えた方がいいのか、だったら何をどう伝えるのか。

何もかも経験がなく、皆目見当がつかなかった、と。


いま思うと、夫の気持ちやスタンスがあまりにもわかりづらかったので、私も積極性の見えない相手に圧を感じさせないように、自分の気持ちを前面に出せずにいたんだと思う。

メールを見ると、明らかに私の方が気があって一生懸命に見えるけど、経験がない奥手な人には伝わってなかったのかもしれない。

だから、どうしようもないくらいまどろっこしく手探りし合っていたのかな。


この出張の時は、会えるかどうか仕事次第で、会えるとしたら何時になるかもギリギリまでわからなくて、私はお店だけ決めておいて、ヤキモキしながら連絡を待った。


ただ、飲みに行くだけなのに、ものすごいエネルギーを使った。


そのころ、夫がFacebookである野鳥の鳴き声がおもしろいと、その音声データをアップしていたのだけど、ちょうどその鳥を意識した名前の店を偶然見つけた。


これは絶対にウケる!

ぜひとも、この店に連れて行きたい!!


どうか、夫の仕事が無事に早めに終わりますように。


祈る気持ちで、私も仕事を片付けていた。

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