運命の店。
ゴールデンウィークの、夫の住む町での初デートも終わりに近づいていた。
夜ごはんをいっしょに食べてから、私は最終の電車で帰る。
電車で数時間の距離の分、最終電車の時間はそれなりに早い。
地元の食材をふんだんに味わえる有名な店へ行こうと思ってると、夫が言った。
もう真っ暗な時間、車の助手席で私の胸は潰れそうに悲しかった。
食べ終わったら、またしばらくお別れなのだ。
ゴールデンウィークで、店は賑わっている。
駐車場に車を停める間、店から漏れる灯りをボンヤリ見ていた。
今の自分の気持ちと相容れない雰囲気。
でも、今日の締めくくりなんだから、楽しく食べて、楽しく話そう。
そう決めた。
夫は、駐車場の車の多さが気になったらしく、先に店内に入って、席があるか訊いてくれた。
すると、なんと、満席!
困った顔をしている。
私は、こんな大事なデートの締めくくりで、予約をしていなかったことに、内心で軽く驚いたりもしたけど、しょうがないねと言った。
それなりの有名店で、ゴールデンウィークなのだから、十分予想できることだった。
不器用というのか、こういうことにあまり慣れていないのかな。
夫は、第二候補があると言って、そちらへ車を向けた。
何度も前を通ったことがあって、いつか行ってみたいと常々思っていた店だそう。
着いてみると、レストランと名はついているけど、ヘルシー、地元食材、有機栽培野菜、地元名物メニューなど賑々しい幟を立てて、かわいらしいコックさんのイラストの看板を掲げ、庶民的ながらこだわりの店という感じだった。
高まる期待。
むしろ、こっちでよかったんじゃない? と思った。
入ってみると、ゴールデンウィークなのにお客が一人もいない。
閑散。
内装は、昔ながらの喫茶店かと思うような感じ。ヘンな重厚感があるかわりに、あか抜けない昭和の匂い。
奥から面倒くさそうに女主人が出てきた。
家でもここまでラフな格好をしてる人はあまりいないというようないでたちだ。
メニューは分厚かった。
あれだけ売りの幟を立てているのだから、そこは期待していた。
じっくりとページをめくって、あれもいいな、これもいいなと私たちは迷っていた。
主人がやってきて、まだ決めあぐねていると知ると、「この鉄板焼きの食べ放題メニューでいいよね?」と言った。
まるで、この店ではそれを選ぶのが当たり前と言わんばかり。
確かに安い。
まあ、地元食材を存分に食べられるならいいかと思って、二人とも女主人の圧に半ば押し切られるような形でそれを頼むことにした。
ちょっとあとに入店してきた若者3人組は、メニューも見ずに即座にそれを頼んでいたので、人気メニューなのだろうと思った。
食材のコーナーへ行くと、縦型の業務用陳列ケースのようなガラス張りの棚に、無造作に食材が入っていた。
手でちぎったようなキャベツ、茹でたようなもやし、ぶつ切りのありきたりな根菜類。。。
そこまでで、もうテンションが下がった。
肉が数種類。魚介類はない。
セルフのスープ2種類とごはん。
それくらいだった。
今になっても、私はその店の前を通るたびに思い出す。
あの時の残念な気持ち。
私たちは今その町に住んでいるけど、二度とその店には行っていない。
その代わりに、時々、懐かしむように話す。
「あの店主、全然やる気ない感じだったよね」
「そうそう。だから、自分は調理とかしなくてもいい食べ放題を全員に勧めてるんだろうね、きっと」
「あの服装にもびっくりしたよね」
「外観はいい感じなのにね」
思い出しながら、私たちはくすくす笑って話すのだけど。
何がどう転ぶか、わからないものなのだ。
こんな見かけ倒しのその店が、実は私たちにとって、とても重要な役割を果たしてくれたということは、お互い、あとになって知った。
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